敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
良くない状態
「悪魔め」
と沖田が言った。第二艦橋。会議の後、今は沖田と真田だけが残っている。冥王星の立体画像はまだ映し出されたままだ。
「見ていろ、決して貴様らに地球を奪わせはしない……」
「艦長」と真田が言った。「やはりこの星を攻略するおつもりですか」
「そうだ。避けてゆくことはできん。基地を潰していかなければ、やはり人類に明日はない。たとえコスモクリーナーを持ち帰ってもだ。我々が戻る頃には人は残らず殺されてるよ」
「かもしれませんが……」首を振った。「しかし、この作戦は……」
「〈メ号作戦〉そのままか。そうだ。あえて、勝つ見込みのない作戦を立てさせた」
「どういうことです? 冥王星にはガミラス艦が百隻いる。〈ヤマト〉が行けば、その百隻がワッと出てくるに決まっている――この作戦は、それをまったく考慮に入れていないとしか思えません」
「いや。その点は問題にならん」
「は? いえ、しかし……」
「〈ヤマト〉が行く頃、船はいない。しかし必ず、別の罠をやつらは張っているはずだ。それをどう切り抜けるか……この戦いはそこで決まる」
「ええと」と言った。「なぜそんなことが言えるのです? いや、それはともかくとして、罠とはどんな?」
「それはわしにもわからんよ。わかるようなら罠にならんじゃないか。だがある。必ず、地球の船がワープ能力を持ったとき、外宇宙に出ていかせぬために仕掛けているものが……やつらは決して地球人類を見くびっておらん。だから遠いこの準惑星に基地を構えねばならなかったのだ。そして白夜の圏内に造るしかないとなれば、決して攻撃させないための備えが必要になる」
「だから罠があるとおっしゃる? 敵は地球がいつか〈ヤマト〉のような船を造って、基地を叩きに来るかもしれぬと考えていたと?」
「そうだ。当然のことだろう」
「それは……しかし、だと言うなら、その罠とはまさにこの〈ヤマト〉を一撃に沈めるようなものということになりませんか?」
「当然だろうな」
「そしてまた、それが何かはわからない。そう考えていると言うのに、迂回せず敵に向かうとおっしゃるのですか」
「そうだ」と言った。「作戦など立てようがあるまい。波動砲が使えぬ以上、航空隊を送って基地を探させて、核で攻撃するしかないのだ。それ以外は考えるだけ無駄だ」
「そんな……いえ、それならそれで、なぜ先ほどの会議で何もおっしゃらなかったのです? この〈ヤマト〉が沈んだら……」
「そう。何もかもおしまいだ」
「それがわかっているのでしたら……」
「そうだな。〈ヤマト〉は戦うための船ではない。イスカンダルに行くための船だ。しかし君こそ、それがどういうことであるのかわかっているか」
「何を質問なさっているのかわかりませんが」
「人だ。人の問題だよ。さっきの会議、君は見ていてどう思ったかね」
「それは」
と言った。応えようにも、考えをまとめるまでにしばらく時間を必要とした。しかし沖田は黙って待つ顔だった。真田は言葉を選んで言った。
「あれは良くない状態です。航海部員は日程しか頭になく、戦闘部員は戦うことしか考えていない。この〈ヤマト〉が沈んだらすべて終わりであることを誰もが忘れているようだ。地球人類を救うという思いは同じであるはずなのに……」
「そうだな。互いに互いのことを『非現実的』となじっている。このままではどちらを取ってもうまくいかんよ。〈スタンレー〉を叩くことも、イスカンダルに向かうことも」
「ですから、あそこで艦長が何か……」
「いいや。これはわしが上から押さえつけてどうなるというものではないよ。君の言う通り、人々を救う思いはみな一緒なのだからな。こういうときは下に対して決して『ダメ』と言ってはいかん。ヒトラーと同じ間違いを犯すことになる」
「だから何もおっしゃらなかった? しかし、ではどうするのです?」
「どうもせんよ。わかってたことだ。ほっておく」
「いえしかし、それは……」
「フフフ」笑った。「確か、前にも同じことを君に言ったな。あれは古代のことだったか」
「はあ……しかし、それもお聞きしたいことです。また古代のことですが……」
「ほう。なんだ」
「その前にまず伺います。〈スタンレー〉に行くとなれば、航空隊の損耗は避けられないでしょう。基地を叩き潰せたとしても、〈ゼロ〉と〈タイガー〉をすべて失ったらどうするのです? 一度戻って戦闘機とパイロットを補充しますか?」
「フム」と言った。「いや、できんな。その場合は航空隊なしでマゼランへ向かうことになる」
「でしょう。我々はそうせざるを得ない。にもかかわらず、古代は部下をまったくまとめられていません。あの古代に隊を任せて〈スタンレー〉に送るのですか」
ニヤリとした。「心配だな」
「艦長、これは笑い事では……」
「そうだな。地球の運命が、あいつにかかっていることになる。あのまったくどこの馬の骨なのかもわからんようなパイロットに……しかし、腕がいいことはこないだ証明されたろう」
「腕の良し悪しの問題ではありません。古代に隊が率いれるかどうかです」
「心配だ」とまた言った。「しかしなるようになるさ」
「艦長……」
「冗談だよ。古代なら心配要らん」沖田は言った。「やつの闘争心はただ眠っているだけだ」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之