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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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「もう堪えられない。こんな家にはいられない。あたしもう、こっから出ていく」

「何言ってんのよあんた。バカなこと言うんじゃないわよ。若い娘がひとりでどうするって言うの」

「それは……」

と言って言葉に詰まった。確かにそれに困るから、今日まで家を出るに出られなかったのだ。しかし雪はテレビの画面に眼を向けて、そこに答があるのを見つけた。

「ここに行くわよ。ボランティアが必要でしょう。あたしにも何かできることがあるはずよ」

言いながら、しかしどんなものだろうと思った。現地は外の人間が足を踏み入れられるような状況なのか。軍や警察に途中で止められることはないのか。

が、構うものかと思った。この地へ人を救けに行こうとする者は大勢いるはずだ。それに合流できるだろう。後はそれから考えればいい。

「バカかお前は。一体何を考えてる!」父が言った。「許さん! 絶対に許さんぞ! そんなことしたらそれこそ楽園に行けなくなるのがわからんのか!」

「そうよ、バカ言ってんじゃないわよ!」母も言った。「あんたがいま言ったことは、教えに背(そむ)くことなのよ!」

その通りだった。両親の信じる宗教は、慈善の類に関わることを戒律で厳しく禁じていた。そこらの店のレジにある募金箱に小銭を入れるのも許さない。そして言うのだ。世界のどこかで苦しむ人がいると聞いたら、手を差し伸べたくなるかもしれません。しかしそれは悪魔の罠です。人はどうせすぐ滅びて正しい者だけ甦るのだから、いま苦しむ人間は見捨てて構わないのです。つまり、それこそ本当の優しさ。募金するお金があるなら全部教団に献金しなさい。人はそれでのみ救われるのだから。

神はあなたを試されているのがわかりますね。偽りの善に惑わされてはいけません。ましてや――。

「あんた、人に血をあげようとか思ってんじゃないでしょうね!」母は言った。「それだけはダメよ、ダメなのよ!」

「そうだ!」と父も叫んだ。「こんなところ行ったらお前、献血しろと言われるに決まってるじゃないか! そんなことになっていいのか! 献血だぞ! 献血だぞ!」

「そうよ、献血よ! 献血よ!」

ふたりして献血献血と叫び出した。父母の宗教は戒律で輸血を禁じてもいるのだった。あまりに厳しく禁じるので、〈敬虔な〉信者はこの親どものように、異常なまでの拒否反応を示すようになっていく。自分の子供が大ケガしても、医者に向かって輸血なしで手術しろと迫るのだ。

世の人々はこんな話がニュースになると驚き呆れ、なんでそんな変な教えがあるのかと首をひねって言うのだが、むろん雪はそのカラクリを知っていた。

「ユキ、死ぬやつは死んでいいんだ!」父は叫んだ。「救けるのは間違いなんだ! 今そこでもがいているのは神を信じなかったやつらなんだから、ほっときゃいいんだ! ほっておけ! 救けるのは神に対する裏切りなんだぞ!」

「そうよ、まして輸血なんて! 恐ろしい! 神がお許しになるわけがないのよ!」

つまり、こういうわけなのだ。〈輸血禁止〉の戒律は人から血をもらうのを禁じるためにあるのではない。他者に血を分け与えるのを禁じるための策略なのだ。人が死にかけていても構うな。救けようとするな。そんなヒマがあるのなら、一円でも多く稼いで教団に貢ぎ、一冊でも多く冊子を配れ――この理屈で成り立っている宗教では、当然、自分や自分の子がケガしても他人の血をもらってはならないものとしなければならない。

でないと教義が矛盾するのだ。だから言う。あなたの子供がいま死ぬとしても、それは神に召されるときが来たということなのです。なのにどうして、その権利を放棄するのです? 輸血によって生き延びさすのは、神を裏切ることであるのがわかりますね。あなたの子は地獄に行くしかなくなるのです。むろん決断をしたあなたも、もう楽園に行けません。だから献血もしちゃいけません。

というわけなのだ。これで信者は人が苦しむのを見てもほっておけるようになる。人間の心を失くして鬼になるのだ。教団の狙いはそこにあった。雪の両親はもうどのみち人の血を体に流していなかった。

この人でない者達に今日まで育てられてきた。愛情を感じたことなど一度もなかった。それも今日でおしまいだ。今日を境に、この夫婦は今まで曲がりなりにも顔に貼り付けていた人の仮面を剥ぎ取るだろう。どうだよく見ろワタシ達が正しかった、世の終わりがやって来た、今から神を信じたとしても遅いのだぞと道を叫んでまわるだろう。だからわたしは、この家にはいられない。この町にはもう住めない。どうせ出ていくしかないのだ。

「どいてよ」と言った。

「輸血する気ね」母は言った。「死ぬべき者を輸血で生かす気なんだね。そんなことは許さない。あんたはよくても、あたし達まで楽園に行けなくなってしまう。あたしには、あんたを正しく育てる義務があったんだ。なのにそれを果たさなかったことになってしまう」

「『どいて』って言ってるでしょう」

「ユキ、なぜだ」父も言った。「なぜお前は、そんなにも歪んだ考えを持てるんだ。父さん達が人を救うためだけにこうして生きてきたというのに、お前は自分のことばかり……お前のせいで父さん達が協会でどれだけ肩身の狭い思いをしたか……お前は自分さえ良ければいいのか!」

「あはははは」笑うしかなかった。

「何がおかしい!」

「悪魔よ」母が言った。「やっぱり……ああ、なんてこと……この子には悪魔が取り憑いてるのよ。そうでなきゃ――」

「そうか」と父。「そうなのか。そうなんだな? そうなんだな?」

「うん、まあ、そういうことにしといていいから」雪は言った。「お願いだからそこをどいてよ。楽園でもどこでもふたりで行けばいいでしょ?」

「お前というやつわあっ!」父が怒鳴った。

「悪魔あ――っ!」母も絶叫した。「こいつを、こいつをこの家から出しちゃいけない! 殺すのよ! こいつは殺さなければダメよ!」

掴みかかってきた。雪は慌てて廊下に逃げた。しかし狭い家の中だ。ドタバタ追いかけ合いになった。そのうち母が包丁を持ち出してきた。

振りかざす。雪は隅に追い詰められた。

「悪魔めえ」母は言った。狂った顔にニタニタ笑いを浮かべていた。

「悪魔めえ」父も言った。逃すまいと手を広げている。

飛び掛かってきた。