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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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クリップボードに何ページも挟み込まれた膨大なリストの項目を、ひとつひとつ何度も何度も何度も何度も確かめてからボールペンでチェックを入れる。どんな小さな項目もおろそかにはしないという態度だった。無論このミサイルは、古代がボタンを押したときちゃんと〈ゼロ〉を離れねばならない。そして火を噴き飛ばねばならない。それまでは、どんなにGに振り回されても外れることがあってはならない。レーダーに誘導されて獲物をめがけ、狙い違わず進まねばならない。

ためにあらゆるセンサーが、千分の一秒単位で己の状態を把握できるようにしておかねばならない。整備員はそれを確認せねばならず、ネジ一本締める圧力まで気を遣い、慎重に作業に取り組んでいるのがわかる。

三浦の家で母が巻き寿司を作る姿を子供の頃に横で見ていた。なんとなくそれを思い出した。何よりこいつは不発に終わることがあってはならない。命中したとき確実に起爆しなければならないのだ。そのときまでは何重もの安全装置が撃鉄を押さえ、最後の瞬間にだけ外れる。ここでわずかな誤作動があればすべて一巻の終わり。

ゆえに慎重のうえにも慎重にならねばならないのだろう。無論たった今ピカリなら〈ヤマト〉はここで宇宙のチリだ。このミサイルは一基がヒロシマ型原爆数発分の威力があるに違いなかった。

整備員の名札には《大山田》と記されていた。古代は言った。

「もしおれが墜とされても、こいつは爆発しないんだよね」

「そうですね。それに射った後、機のすぐ前で敵にミサイルが殺られたとしても、核の起爆には到りません。核物質がバラバラに散って落ちるだけです。もし核が弾けるようだと、その火の玉に〈ゼロ〉が突っ込んでしまうわけですが……」

「ああ。そういうことにはならない」

と言った。確かにそんなことになってはいけない。おれ自身は痛みも感じず死ぬだけかもしれないが、後をついてくる山本もヘタすりゃその〈小さな太陽〉に飛び込んでしまうことだろう。

核は定めた標的に命中したときだけ力を解放せねばならない。不発同様、暴発も決してあってはならないのだ。絶対にそのどちらもないように整備員――大山田は神経を集中させているらしかった。

〈ヤマト〉には整備員や炊事係の類でもボンクラ要員はひとりもいない。その道のスペシャリストが集められたエリート船と言うわけだ。〈ゼロ〉は今、ここにいる者達の手で彼らの言う〈スタンレー〉に向かうべく完全な状態に整えられようとしている。乗機するのがおれみたいなハンパもんでも関係なしに。

おれだけがこの〈ヤマト〉の乗組員でただひとりの落ちこぼれ――半日前にやったばかりのシミュレーター訓練を古代は思い起こしてみた。どうにかこうにかタマは避けたがその後に姿勢を戻せず空中分解させたこと。

あれが実戦ならおれは死んでる。こんな大作戦をやるのに、とても充分な訓練を積んでいると言えない。冥王星でこの核を射てだと? おれはそんなことができるトップガンじゃない。

おれは兄貴とは違うんだ。渾名どおりのがんもどきなのは自分がよく知っている。一度に三機墜としたなんて言っても敵がおれを見くびったからだ。十五機から逃げたのだって似たようなもんだ。やつらはたいして腕のいい敵ではなかった。あれがプロなら墜とされていた。

『フン、逃げてただけだろうが』とあの白ヒゲ艦長は言った。四機墜としても負け犬だ。エースになんかなれるわけない。そういう眼をしておれに言った。けれども、ちょうどそういうやつが欲しかった、とも……。

急にそれを思い出した。あれはどういう意味だったんだ? 考えながらふと気づくと、大山田がこちらの顔を覗くようにして見ていた。

「古代一尉、その……」

「何?」

「頑張ってください。戦果を期待してます」

「え?」

と言った。本気で言ってんのか? 判断がつかなかった。社交辞令じゃないのかと思う。

「あ、うん」と応えた。「どうもありがとう」

そして気づけば格納庫の全員が自分を見ている。みな複雑な表情だった。これが隊長で大丈夫なのかと思いながらも、『頑張れ、オレも期待している』と嘘でも言おうとしているような。

「えーと……」

困った。どうすりゃいいんだ。古代は言える言葉もなく、ただ彼らを見返した。

「その……」

士官であるなら、毅然とすべきなのだろう。『みんなの期待に応えるよう努力すると約束しよう。共に戦いに勝とう』とでも言うべきなのか。おれが。

いやまさか。任務背負って戦場へ赴いたことなんかないと言うのに、そんなことはやはりとても……。

言えない。何も言えなかった。格納庫に沈黙が流れた。古代は喉がつかえたようになって突っ立っているしかなかった。

――と、そのときだった。扉が開いて、クルーが数人、格納庫内に入ってきた。緑と黄色の船内服で、女ばかり。その中に、黒地に赤の服で目立つ山本も混じっていた。

山本は言う。「どうかしました?」

「いや、別に」

「これ、どうぞ。食べてください」何か差し出してきた。「おにぎりです」

「は?」

「最後の米だそうです。『地球の命を繋ぐ種を戦いの前に腹に納めよ』と言うので、今みんなで握ってるんです」

「えっと……」

タッパー容器におにぎり。なるほど本物の銀シャリとわかる。命の種だと? 確かに米とはそういうものに違いないが……なぜかタコとカニの形にされた合成肉ソーセージが一緒に器に詰められていた。一体なんのつもりだ、これは?

それを持ち古代の方に伸ばしている山本の今の両手は素手だった。普段、手袋に護られているせいもあるのか、肌のきめ細やかな女らしい手に見える。

山本と一緒に来た者達が、部屋の机におにぎりを盛った皿を置いた。さらに飲み物が入ってるらしいポットなどを並べ始める。古代はそれと山本の手にあるものとを見比べた。

「これ、山本が握ったの?」

「はい。隊長と自分のくらい作ろうと思って」

一同がまた自分を見ている。今度はみな笑顔だった。

「ええと……」と古代は言った。「ありがとう」