敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
ミダスの神殿
こんな男が〈アルファー・ワン〉のわけがない。そうは思う。そうは思うが……誰もがそんな眼で見るなか、古代はひとり通路を歩き、〈ゼロ〉の格納庫に着いた。
整備員が何人も機に取り付いて作業している。古代は台に載せられたミサイルに眼を止めた。
このあいだの貨物ポッドに比べたら小さいが、それでも航空機搭載用ミサイルとしては巨大だ。それが二基。古代の〈アルファー・ワン〉と山本の〈アルファー・ツー〉、それぞれの脇に一基ずつ置かれている。
古代は言った。「それが核?」
「そうです」と整備員。
「重そうだね」
「はい。こいつは〈ゼロ〉と〈タイガー〉の各機体に一基ずつしか吊りません。それ以上は機動に影響しますので」
無論、今度は、ちゃんと真ん中に懸架するわけだ。さらに対地と対空用のミサイルを翼にズラリと並べ、完全装備で敵地に赴く。
古代は言った。「あれは都知事の原口だっけ。『冥王星のガミラスは皆殺しにせねばならぬが、核を使ってやるのはダメ。必ず通常兵器で』とか……」
整備員はクククと笑った。「〈ぐっちゃん〉はねえ」
どうせ全員ブチ殺すのに核も通常もありはしない。冥王星で核を使うに道義上の問題など無論あるわけがないのだが、地球にはそれがわからぬ狂人が少なからずいると言う。〈地下東京のおっぱい都知事〉と呼ばれる男は、『市民を無差別に殺すのならば地雷とか焼夷弾とか毒ガスといった人道的な武器がいくらでもあるだろう』と論を述べあげているのだとか。
アニメの見過ぎはやはり心に悪い影響があるのだろう。古代は自分の〈アルファー・ワン〉に眼を向けた。垂直尾翼に《誠》の一文字が大きくマーキングされている。見れば揃いの同じマークが山本機にも描かれていた。
舵に四つの《巳(み)》の字型の撃墜マーク。キャノピー下には《古代進》と自分の名が記されている。どれも皆、この前のタイタンのときはなかったものだ。
戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉。まさに敵を打ち砕くために造られた兵器。今は点検パネルが開けられ、無数のケーブルやチューブが繋がれ、整備員が手を突っ込んでいじっている。巨大な猫がうずくまりつつも、戦いたくてウズウズしている。顎を撫でられ背中を丸め、機嫌良くゴロゴロ喉を鳴らしながらも爪や牙の状態を確かめ、耳やヒゲや尻尾をヒクヒク動かしている――まるでそんなふうに見えた。美しくも獰猛な獣。これはそういうマシンなのだ。
あらためて、こいつにおれが乗るのか、と思った。習熟のための飛行ではなく、ミサイルを抱いて敵に向かう。それもただのミサイルじゃない。核だ。それでしか殺せぬような強大な敵に突っ込めと言う。
体が震えるのを感じた。恐怖なのか、武者震いなのか、自分でもよくわからなかった。
タイタンで見た〈ゆきかぜ〉を思い出す。兄貴にできなかったことを、おれが? 何をやってもまるで敵いやしなかったのに。年齢の差ばかりじゃない。どこへ行っても、『今のお前の歳のときにお前の兄ちゃんがどれだけ凄かったか』なんてことを言われた。学校では教師が兄貴を覚えていて、『そうかお前、あの古代守の弟なのか』と言った。兄さん今どうしてるんだ。士官学校? なるほどなあ。お前も兄を見習ってちょっとは……。
最後に会ったときに兄貴は、三浦の海を眺めていた。遊星があんまり落ちるとこの海が干上がるかもしれないんだってな、と言った。ちょっと信じられんけど、と……。
三崎の漁港にマグロ漁船が浮いていた。その上でカモメの群れが舞っていた。古代もこれが無くなるなんてとても信じられなかった。
だがあの日、それからほんの数時間後に三浦は消えて無くなったのだ。今の地上は昼に気温が上がっても、夜は氷点下の世界。
砂漠化。わずかに生き延びた塩害や放射能に強い生物もそれで死んでしまったと言う。あの日に兄貴と見たものはもうすべて消えてしまった。あるのはクレーターだけだ。
クレーターか。そうだ。ガミラスに殺られたのだ。父さんも母さんも、あのカモメ達も……そして、結局、兄貴も殺られた。だからお返しにクレーターをくれてやれ。やつらを〈穴〉にしてしまえ。核ミサイル。これはそのための物であり、おれは元々そのための訓練を受けた者なのだから……古代はそう思おうとした。だが、どこかでやはりまだ、すべてが信じられない気がした。対艦ミサイルを抱いて敵の宇宙戦闘艦へ――それさえ、とても自分にできるだなんて思えず脱落してしまったのに、今度は核で誰も知らない基地を探して射ってこいだと。隊長として? 選りすぐりのトップガンを率いてなんでこのおれが。
そんなこと、兄貴でさえできなかった。あれだけなんでもできた兄貴にできなかったことなのに、一体なんでボンクラのおれがやることになるんだよ。
やはりそんな思いが消えない。せめて隊長でないのなら……どうしても〈タイガー〉でなく〈ゼロ〉に乗る者が指揮を取らねばならないのなら、山本にすればいいじゃないか。少なくとも、おれよりずっといいはずだ。そう思った。思ってから、その山本がいないのに気づいた。格納庫内に姿が見えない。
「山本はどうしたの?」
聞いてみた。整備員が「さあ」と言って、
「主計科に行ったみたいですよ。科員だけじゃ足りなくて、おにぎり握る人間を募ってるんだとか言って」
「はん?」と言った。「おにぎり?」
「ええ。戦闘食と言えば、結局それになりますからね」
「って、そうかもしれないけど」
首をひねった。戦闘食がおにぎりで、握る者が必要と言うのはわかるが、山本が? あの筋肉女がか? ちょっと想像しようとしてみた。山本が黒い革ツナギのようなパイロット服にエプロン着けて、ボサボサの髪の頭に手拭いでも被ってるところ。で、外したところを見たことのない手袋を嵌めたまんまの手でセッセとおにぎりを握っている――。
まさかあ。なんかの冗談じゃないのかと思った。だいたい、
「そんなの、他に黄色や緑のクルーがいるでしょ。山本がやんなくていいんじゃないの?」
「おれもそう思うんですけどね」
そうだろう。山本はパイロットだ。それになんと言っても士官だ。戦闘食作りのボランティアに参加するなんて話はない。やることが他にいくらでもあるはずだし、ミッションに備えて休みを取らねばならぬ身でもある。
いつもいつも何考えてるかまるでわからない女だけれど、今度という今度はほんとに何を考えてんだ、と思った。だがいないものはしょうがない。また核ミサイルを見る。
おにぎりと言えば、これも節分の日に食べる太巻きの寿司のようだ。生きてた頃によく母さんが作ってくれた――先に紅生姜(べにしょうが)付けたみたいに、赤い帯が垂れている。安全装置のタグだろう。ピンを引き抜かない限り、決して核が起爆しないようになっている。出撃前に抜き忘れることがないよう、目印として垂らすものだ。
もしこいつが付いたままだと、敵めがけて射って当たったとしても核はピカドンとはいかない――はずだ。古代はミサイルを点検する整備員の手元を覗き込んでみた。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之