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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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「〈戦闘機〉なんて言ったって、ミサイル持ってガミラスに突撃かける対艦攻撃機なんだから。船を護るエース部隊に行けるのは何千人にひとりって話だ」

「だろうね」

と言った。医者や弁護士、大学教授や高級官僚などよりはるかに狭き門。それがトップガンパイロット。何かを勘違いしたバカが『オレを戦闘機に乗せろ』と言えばなれるものでないくらい、キモヲタでもなきゃわかることだ。無論古代も、そんな話がしたくて言ったわけではなかった。『こんなものも飛ばせるように』と言ったのは、まさにこの、客を乗せて海を見ながら飛ぶバスのことだった。速度は時速百キロなのだが、ごくゆったりとしか感じない。窓の外、相模湾の向こうに富士の山が見える。振り返れば三浦の大根畑が見える。

子供の頃から乗り慣れた横浜行きの反重力バスは、遊覧飛行船とも言えた。いつも乗るのが楽しみで、窓に張り付いて景色を見ていた。今も遠くに貨物輸送型らしいタッドポールが浮いて進んでいるのが見える。オタマジャクシはカエルの子と言うけれど、これは決してカエルにならずに這うように空を泳ぐ運び屋だ。

でも、それでもいいんだと思った。おれはやっぱり兄貴のように上を目指して昇る人間じゃないのだから、いつまでもこの三浦の海を眺めて往復する仕事でも、三宅島や八丈島まで荷物を運ぶ仕事でも……今日も家に帰ったら、父母が待ってて寿司の残りが食えるだろう。そう思っていた。だからそれでも別に構いはしなかった。何も誰もが偉い人間にならなくていいだろう。三浦の海で海苔を作る仕事だってあるだろう。大根農家でもマグロ漁師でもいいだろう。

古代はこのとき高校生で、学校では日々、教師や級友が進路がどうのと言っていた。そしてみんながこう言った。軍に入るのだけはやめろよ。もし万が一、戦闘機パイロットコースなんか入れられたら、ガミラス艦に特攻かけるカミカゼパイロットにされちまうぞ。宇宙じゃそんな戦争が始まったと言うんだから……。

みんな、怖いねこの町に遊星落ちたらどうしようと言いながら、誰も本気で心配してないようだった。ガミラスなんて海に百個も石落としたら、きっといなくなるんじゃないか。なのに慌てて軍に志願入隊したり、逆に『降伏』と叫んだりするのはバカのすることだよ。

だから将来を考えて安定した職に就くか、大学へ行って――そんなことを大人は言った。今、目の前の兄を見る。まさにエリート士官候補と言う気配を漂わせている。

無論、この兄にしても、異星人と戦うために士官学校なんかに入ったわけでないのを古代はよく知っていた。兄は宇宙に出るために軍人の道を選んだのだ。

こんな乗り合いバスでなく、人類が外宇宙に乗り出すための宇宙船に乗り組むために――人はあと数十年でワープ技術を獲得し、外の宇宙に旅立てるものと考えられていた。そのときに宇宙に出ていくひとりになりたい。銀河系をこの眼で見たい――その思いから、兄は士官学校に進んだ。ガミラスなんてものが来るとは誰も想像もしていなかった。

「想像もできないよなあ」

兄は言った。窓の外を眺めていた。

「遊星があんまり落ちるとこの海が干上がるかもしれないなんてさ。そんなバカな話があるかと誰だって思うよな」

「兄さんが止めるんだろ」

「そうだけどさ」

ゴツゴツとした海岸線。三浦の海は岩礁の海だ。下を覗けば、海底の岩のようすも見て取れる。

波が打ち寄せ白く砕かれていた。タッドポールはその上を飛ぶ。行く手に丸い逗子(ずし)の湾。ハーバーにヨットの帆柱が立ち並んでいる。

「あれなんかも、ひょっとして、大昔に隕石が落ちた跡だったりしてな」

「そうなの?」

「いや、知らんけど」兄は言った。「北方領土の択捉(えとろふ)島に、あれよりもっとでかくて丸い湾があるんだ。昔、日本が世界を相手に戦争したとき、まず最初に艦隊をそこに集結させた……その湾てのは、人がまだ猿だった頃に隕石が落ちた跡だそうだよ」

「ふうん」

と言った。言いながら、兄が一体なんの話を始めたのかわからなかった。遠くの富士を眺めてただ、この反重力機であの山のすぐ上まで飛んで行けば、雪を被って広がる裾野はまるで渦巻銀河のように見えるだろうなと考えていた。最初にそれを見、写真に撮った人間はきっと『どうだ』と叫んだだろう。この国のまだキモノを着ていた人らに向かって、『これがオレの見たものだぞ』と言ったのだろう。まだ白黒の印画紙に自分でネガを焼き付けて、海苔を梳(す)くように現像し、高くかざして見せたのだろう。古代はそう考えていた。

兄はいつもそんな話をしていたものだ。人はこの天の河銀河が太巻寿司を薄く切ったみたいな形であると知っている。けれどもそれは知識として知ってるだけで、眼で見た者は誰もいない。だから行くんだ。行って見るんだ。この眼で〈でっかい海苔巻き〉を見て、写真に撮ってくるんだと……別にそれで銀河がぜんぶ地球のものになるわけじゃない。宇宙を征服しに行くのじゃない。ただ、どうだ行ってきたぞ、おれは見たぞと言うために行くんだ。

〈アルカディア〉とはギリシャ南部の美しい高原の名前なんだと兄は言った。おれはおれのアルカディアをただ見るために宇宙へ行くんだ。

「『北の四島は古来からの日本の領土だ』なんてことを政治家やマスコミは言うけどあれは嘘だよ」兄は言った。「明治の頃にアイヌを殺して奪った土地さ。日本人は北海道に住むアイヌを同じ人間と思ったことは一度もなかった。明治政府はガトリングガンを手に入れると、『これで神武の時代からの〈アイヌ問題〉を解決できる』と言って笑った。武器を持たないアイヌは択捉に追い詰められて、『なぜだ、どうしてオレ達が殺されなけりゃならない』と言った。抵抗できない最後の女子供まで日本人は殺して言った。『それは二千五百年前から天皇陛下のものだった土地に、お前達が三千年も勝手に住んでいたからだ』と――」

街宣車が流す声が空の上まで聞こえてきていた。『降伏すればガミラスがワタシ達を殺すことはありません! 武器を持たねば襲われることはないのです!』

「ハワイへ行く昭和の艦隊は、択捉島で錨を揚げた」兄は言った。「浜辺では、百万人のアイヌの霊がそれを呪って見送ってたかもしれないな。『〈ヤマトの民〉などみんな焼き殺されてしまえ。オレ達と同じ思いを味わえばいい』と言って……」

『憎しみは何も生みません! 話し合えば異星人ともすぐ分かり合えるのです!』

「十一月の択捉は雪で真っ白だっただろう。杭を抜けばアイヌの血が吹き出してみんな真っ赤に染まっただろう。『古来からの日本の土地』――恥ずかしげもなくよく人に言えるもんだよ」

兄がなんの話をしてるか、古代にはやはりよくわからなかった。ただ黙って、海を見ながら話す兄の顔を見ていた。兄は戦いに赴く前に、自分が育った三浦の海を眼に焼き付けているようだった。

この日、遊星がここに落ちる。だから古代もよく見ておくべきだったのかもしれない。