敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
「昔の日本はやはり間違ってたんだろうな。でも、そう言えるのは、今ならものが食えるからさ。昔の日本は大根しか食えなかった。アイヌを殺してカニを獲っても、三崎の漁師がマグロを獲っても、みんなアメリカに持って行かれた。缶に詰められ、英語のラベルを貼られちまって……みかんは〈マンダリン・オレンジ〉だ。日本のみかんはアメリカ人の缶詰になるため日本で実を付けるもので、日本の子供の分はなかった」
「だから」と言った。「それを奪い取る……」
「ああ」と言って兄は笑った。「おれが海賊になってな」
そしてふたりで笑い合った。ハーロック。それがおれだと子供の頃に廃漁船で兄が叫んだ名の〈船長〉は、圧制者の船を襲って荷を奪い民に与える男だった。一度は宇宙スペインの虐殺部隊の〈尉〉となりながら、帝国に反旗を振って自分が殺してしまった者らの妻子を護るために立ち上がる。それが宇宙の海賊キャプテンハーロック。
その名前は、古代進と守の兄弟ふたりだけの秘密だった。兄は決して、まだ幼い弟の前以外ではその名を口にしなかっただろう。同年代の友を相手にそんな話をしたならば、『中学生にもなって何を幼稚な』と笑われたに違いない。
「日本は昔、日本のマグロをツナ缶にして持ってくやつらと戦った。日本のマグロは日本の子供の寿司にするために獲るものだ。お前達のツナサンドになるために海を泳いでいるんじゃない、と叫んでな……でもまあ、無理な話だよ。肉でもなんでもタラフク食ってる連中相手に、タクアンしか子供に食わせられない国が向かって勝てるわけがない。いくら強い戦闘機を造ったって……」
「戦闘機?」
「ああ」と言った。「あったんだよ。〈零〉って言うのが」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之