敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
旧友
寝酒を一杯、と言うわけにはいかないだろうなと考えながら、古代は通路を歩いていた。〈ゼロ〉の整備の立ち会いを終え、ベッドに潜って寝なきゃいけない。それで自室に向かっているところだったが、ちゃんと眠れる気がしない。
とは言ってももちろん決して、睡眠薬など使うわけにもいかない。パイロット服のポケットにはイザと言うときの薬がいくつかキットとして入っているが、しかし睡眠薬はなかった。
佐渡先生の酒の味を思い出し、あれが飲めたら何も要らないんだけどなと思う。遊星止めたら地上にまた田んぼ作って米を育てて酒が飲めるのか。いいなあ、熱くしたやつを、キューッとやってみてえなあ。そしたらきっと、作戦なんかどうでもよくなっちゃって……。
となっては困るから、何もやらずに寝るしかないのだ。血にわずかでもアルコールや薬物を残して〈ゼロ〉に乗るわけにいかない。古代はしかし眠れるかなと考えながら自分の部屋にたどり着いた。するとドアの前にひとり立っている者がいる。
緑のコードの船内服の肩に一尉の階級を示す記章を付けた男。島だった。古代を見て頷いてみせた。
「よう」
「島?」と言った。「どうしたんだ、一体?」
「お前に会いに来たんだよ。いないようだから、やめて行こうかと思ったけど」
個室のドアは部屋の主が在室か否か常に表示されるようになっている。今は当然、〈不在〉のサインだ。鍵は通常は掛からないので勝手に中に入ることもできなくはないのだが、
「まさか、ずっと待ってたのか?」
「まさか。だから、どうしようかとちょうど思っていたとこさ。ちょっといいか?」
「ああ……けど、お前……」
「明日に備えて寝なきゃいけないとこなんだが、眠れる気がしなくてな。お前の邪魔になるんなら……」
「いや、だったら、おれも同じだけど」
「そうか」と言った。「古代、お前、よく生きてたよな」
「なんだよ、それは……」
このあいだ、おれがお前に言ったことじゃないかよと思った。おれが生きてるのは当たり前だ。ずっと戦場に出ることなく、後方で荷物を運んでいたのだから。しかしかつての候補生仲間で、生きてる者が他にひとりでもいるかどうか。
あのタイタンの後で再会したとき島は、笑っただけで応えなかった。今度も笑って、「まあお互い様かもな」と言った。
「古代。けれどもおれは、お前の方こそとっくに死んでると思ってたぞ。腕のいいパイロットなら戦闘機に乗せられて、ミサイル抱いて敵に突っ込まされてるか、船の盾にされるかだもんな。おれみたいにデカい船を任されたり、教官になるタイプとも思えんし……」
「悪かったな」
と言った。確かに今は、戦闘機より戦闘機乗りが不足してきていると古代も聞いていた。もともと自分が志望しないのにパイロットコースに入れられたのも、大量に養成しないと機体より操縦できる人間が少なくなるとわかってたからだ。いずれ自分も戦闘機隊に戻されて、船を護る盾にされるかもしれないとは思っていた。
しかしまさか、こんな船で〈ゼロ〉なんていう指揮官用戦闘機に乗せられて、地球人類を救うのはお前だと言われることになろうとは。船の操舵士や教官になれと言われる以上に想像もしていなかった。そんな覚悟が持てる人間なんかじゃないのに。
戦闘機の性能は地球の方が上だから、これまではガミラスと戦ってこれた。しかしそれは戦闘機乗りにロシアン・ルーレットを強いるのに等しい。十機出ていけば一機か二機はどうしても殺られる。次のミッションでまた一機、次のミッションでまた一機……どんなに腕が良かろうと、どんなに機の性能が良くても、殺られるときはいつか来るのだ。この戦争で戦闘機に乗る者は、その事実とイヤでも向き合うことになる。
腕利き中の腕利きである〈ヤマト〉のタイガー乗りにしても、明日の戦いで全員生き残れはすまい。それを承知で出撃する者達に、どんな顔しておれは向かえばいいのだろう。
「まったくな」島は言った。「古代、お前が生きてるなんて想像もしなかったけど……でも、どこかでお前なら、何かやるんじゃないかという気がしていたよ。いつか他の誰にもできないことをやってのけるんじゃないかってな」
「え?」
と言った。旧友の顔をマジマジと見る。ふと、あの日に最後に見た兄の顔を思い出した。今の島は、あのときの兄貴とほぼ同じ歳だ。何しろ自分と同い年で、あれから七年経つのだから……しかし、訓練生の頃から、どうも年上の人間を見てるような気がしていた。『俺・お前』で呼び合いながらも、自分の方が歳下のような気がしていた。島にはかなり歳の離れた弟がいて、自分にあの兄貴がいる。そう知ったときに、そのせいかなと思ったりしたが……そうだ。どこかで、自分は島という男に、兄の姿を重ねて見ていたのかもしれないと古代は思った。
訓練生時代の島は、士官学校を目指していた頃の兄貴そっくりだった。おれはこいつにとても敵わないと思った。そもそも、どうして自分が選ばれこんなエリートどもと一緒にシゴキを受けなきゃいけないのかわからなかった。かるたで勝てるくらいなもので、他はまるでついていけない。
途中で篩(ふる)い落とされる者は、毎日のように出たのにどうして。エリート中のエリートコースになんで自分が組み込まれるのか。もっと成績が下の者でも、鉄砲玉のカミカゼ攻撃機隊コースにどんどん送り込まれていくのに、なぜだか最後の最後まで島と同じ組にいた。自分と島以外はみんな、敵と戦って死ぬこと以外考えてないようなやつらだった。
だから古代は考えていた。島――こいつは、おれの兄貴と同じ種類の人間なんだろうな、と。ガミラスを負かせたならば地球人は外宇宙に出て行けると言われている。天の河銀河の渦を眼で見るところまで行けるものと言われている。そのとき、こいつは兄貴と共に、星の海に旅立つ船に乗っているのかもしれない。
おれなんかとは人間の出来が違うのだから……そう思っていた。だから〈ヤマト〉の艦橋で姿を見たときも、意外という気はしなかった。いつかガミラスを打ち負かし、〈外〉へ出ていく者がいるならこいつ――そう思っていた通りだったのだから。
その島が、おれに対して今こんなことを言う。『お前ならいつか』と思っていただと?
「一体、何言ってんだよ島。おれが何を……」
「もう何度もみんなを救ってるじゃないか。お前がいなけりゃこの旅にも出られなかった。お前がいなけりゃ〈ヤマト〉は地球に引き返さなきゃならなくなってた。そしたら金持ちの逃亡船だ。今こうしてられるのは、みんなお前のおかげなんだよ」
「違う」と言った。「そんなのはたまたまだ」
「そうさ。けれど、そのどこがいけない? 大事なのは結果だ。お前は他の誰にもできないことをやったんだ」
「いや、違う。そんなんじゃない。おれは何もしてないんだ。人が戦っているときに、ただ荷物運んでて……この船を造ったわけでもないし、今だってただ乗ってるだけで……そんな資格なんてありゃしないのに……」
「それがどうした。今までの全部が全部そいつのおかげなんてやつがいるわけないさ。とにかく、〈サーシャのカプセル〉とコスモナイトを〈ヤマト〉に届けたのはお前だ。それでいいじゃないか」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之