敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
なぜです、とまた聞いた。わたしより腕の立つのが他にいくらもいたはずです。なのにどうしてそちらを行かせ、わたしを残したのですか。それに、どうして今このときに、わたしを選ばれたのですか。〈ヤマト計画〉。子を救う? わたしはそんな――。
『計画のためには死ねない』と言うのか?と坂井は言った。お前は以前、自分の命は地球のために捨てて惜しくはないと言ったと覚えているが。地球のためになら死ねても、子供や子を産む女達のためには死ねないと言うことか。
『そうは言いませんが』と応えた。だが顔にはその思いが出ていたかもしれなかった。山本はどこかの女に産み捨てられた孤児だった。ゴミの日に袋に詰めて出されていたのを、どういうわけか救われた。一体全体どこのバカが余計な真似をしてくれたのか、生きたくないのに生かされてきた。
小学校でも中学校でも、〈子供〉など、自分をいじめる存在以外のなんでもなかった。〈大人〉はもっとタチが悪くて信用できない生き物だった。教師は学校のカネを盗んでその犯人を自分にした。中学では『いいバイトを世話してやる』と笑う男が寄ってきた。どいつもこいつも死ねばいいんだ。人間なんかひとり残らずこの地球から消えればいい。山本はそう思いながら生きてきた。
そこへガミラスがやって来た。遊星が落ち人が何万と死ぬのを見ても、山本はこれでいいのだとしか思わなかった。このままでは女が子を産めなくなって、子供がみんな白血病になると聞いても、それでいいのだとしか思わなかった。孤児の身では軍しかいくところがなく、戦闘機乗りの訓練を受けたが、人類を救う気なんかサラサラない。生きていたくはないのだから、敵に突っ込んでサッサと死ぬ。望むのはただそれだけだ。
『地球のために死ぬ』と言ったが、本当のところどうでもいい。『人類のために』などとは口が裂けても言いたくないから、代わりにそう言っただけだ。だが山本が後方で死を見届けるパイロット達は、みんな笑って『人類のために死ぬ』と言った。家族のために、友のために、飼ってる犬や猫のために。青い海を取り戻し、子供達が遊べるようにするために――山本は『なぜ』と思わずいられなかった。人間などなぜそんなに大切だと思えるのだ。あんなのは穢らわしく下劣な生き物だというのがわからないのか。
それとも、違うと思ってるのか。わたしが今まで見てきたようなナメクジ以下のゲス共と……わたしに向かって『親を恨むな』と諭していい気でいるような自惚れ屋のバカ共とは。『親を恨んだことなんか一度もない』と言っても信じず、『「お金を盗ったのはワタシです」と〈本当のこと〉を言いなさい。それが人を愛するということなのよ。生きてることを幸せだと思いましょう』などとのたまう大嘘つきと。
『親の顔など知らないのに親を恨むわけがない。憎んでるのはわたしを自分の目的に利用するため生かしているだけのくせして恩人ヅラするお前達の方だ』というのがどうしてわからんと言ってやっても、『アナタはまだ子供だから何もわからないのねえ』と言って堪えぬカラッポ頭と――あれが人間だ。自分が生物学上はあれと同じ生き物だと考えただけで、銃を咥(くわ)えて引き金引いてやりたくなる。あれが〈大人〉と言うものなら、子供を成長なんかさせてはいけない。白血病でみんな死ぬならその方がいいんだ。
そうだろう。なのに違うと考えてるのか。人類には救う価値がある、子供は大人にする価値がある。〈成長〉とやらはそんなにも素晴らしいものと考えてるのか。くだらんガキがそのままくだらんオトナになって、ガキを作っていいかげんに育てることじゃないと言うのか。正しく生きれば誇りを持って死ぬ人間になれると言うのか。
チャンチャラおかしい。世迷い言だ。そうとしか思えなかった。なのに、みんな、笑って敵に突っ込んでいった。山本は彼らが散るのを眼で見てきた。そのたびに坂井から聞いた言葉を思い出した。大切な人を持って死ね。お前が死んで悲しむ者を持って死ね。せめて誰かひとりくらい……。
そのときには笑って死ねる? イヤだ。冗談じゃないと思った。どうあろうとわたしだけは、そんな心境になるものか。わたしは死んで惜しくない。長くあろうと思わない。誰かのためになんか死なない。
君がため惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。こんなのは自己愛男の寝ぼけ歌だ。無責任な〈オトナ〉の歌だとしか山本には思えなかった。こんなものでなぜ死んでいい者と生かしておくべきパイロットが決まるのだ。坂井はどうしてわたしを選び、自分は死んでいったのだ。
わからない。どうしてなのだと山本は思った。今は古代と言う男の背中を護らなくてはならない。それも一体どうしてなのか……。
古代進、と山本は思った。どこか自分と似た男だ。あれもかるたで生かされたのか。けれどもどうして生きているのかわからない男。
人類のために死ぬなんてまるで考えてないような……見ればひとめでそうとわかりそうなものなのに、沖田艦長もあれを選んだ。
なぜだ、と思う。あの男を見ていれば、自分が生かされてここにいる理由もわかるものなのか。似ているようでまるで自分と正反対な気もするような男だが。
一体どうして、あの男におにぎり握って持っていこうと考えたのかなと山本は思った。それも自分でよくわからなかった。古代のために死んでもいい。どうせ惜しくはない命だ。人類のために死ぬのはイヤでも、どうせ未練などあるじゃなし……。
いや、と思う。せめて誰かひとりくらいと坂井は言った。わたしは死ぬとき悲しんでくれる人が欲しいのかなと山本は思った。古代に――自分に似ているようで正反対の男にと思いながら山本は眠りに落ちていた。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之