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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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捨てられた命



『君がため 惜しからざりし 命さえ――』

耳元の小型スピーカーから和歌を詠む声がする。百人一首の中の一首だ。山本は灯りを消した自室の中で、ベッドに横になりながら子守歌がわりの音を聞いていた。藤原義孝(ふじわらのよしたか)の『君がため』。これが競技かるたなら、この上の句が詠まれたならば、下の句の〈なかくもかなとおもひけるかな〉を取らねばならない。

『夜もすがら 物思ふころは 明けやらぬ 閨(ねや)の隙(ひま)さえ つれなかりけり――』

とまた次の歌。これもまた百人一首だ。人を想って寝付かれぬまま、天井の板の隙間を見ている女の心を詠んだものであると言う。とか言いながら、読み札に描いてあるのは坊主の絵だが。

山本は寝付かれずに狭い個室の天井を見ていた。歌はランダムに選ばれて、次に詠まれる札が何かはわからない。

今の時代に宇宙戦闘機パイロットが百人一首の札の取り合いに鎬(しのぎ)を削るようになると、いつの時代に誰が果たして想像したろう。少なくとも、鎌倉武士はよもや考えなかったはずだ。電光石火の早取り競技が生まれたのも、サムライの時代が去った明治のことであると言う。それは最初は賭けで始まり、いい大人がやがて本気でやるようになった。

そして今だ。宇宙戦闘機乗りの訓練にかるた取りが使われている。敵より早く札を取れ。早く。速く。正確にだ。札の位置を覚え込み、決まり字とともに手を伸ばせ。それができれば、空戦に勝てる。勝つと言うのは、生きることだ。敗けたときにお前は死ぬ。生きたければ限界を超えろ。

これはそのための訓練だ。惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。惜しくはない命でも長くあろうと思わねばならん。敵と闘い、死なれては困る。お前達には勝ってもらわねばならないのだ。

かるた取りは敵に勝てる人間を見つけるためにあるのだと、山本はトップガンになってから知った。この戦争で我はガミラスと戦うと志願する人間などはいくらでもいる。その誰もが戦闘機に乗りたがる。戦闘機なら性能は地球の方が上と聞けばなおさらだ。

そういうやつは概ねアニメの見過ぎか何かで、墜とされたら死ぬことも、一機がいくらするのかもわからないほど頭が悪い。操縦法など知らなくても、コクピットに座りさえすりゃ超能力が目覚めて宇宙を本来の性能の三倍の速さで飛ばせると思い込んでる。だからオレをアタシを戦闘機に乗せろと叫ぶバカは軍では要らないから工場ででも働いていただくとして、しかしだ、適性試験を抜けて訓練に耐え、機を操れるほんのひと握りになれるようなら、よかろう、機を与えてやろう。そこに男女の別など問わん。十年後にはどうせ誰もが死ぬと言うのに、命を大事にしろと言っても始まるまい。女に子を産み育てろと言えるときではないのだから、放射能にやられて死ぬより戦場で死ね。宇宙に神風吹かせて死ね。この戦争で戦闘機に乗ると言うのはそういうことだ。それを承知で満足ならば、思う存分に死んでこい。

そういうものだと思っていた。別に構いはしなかった。山本はそう言われて訓練に耐えた。別に望んでパイロットになろうとしたわけでなく、男女構わず受けさせられるテストで〈適正有り〉というハンコを捺されただけのことで。

戦闘機乗りはすぐに死ぬ。それに気づいて、それでもいいと思わなければ、訓練になど耐えられはしない。多くの者が途中で脱落していった。命は惜しくないと思う人間だけが後に残る。その者だけに機が与えられる。けれどその前にあったのが、かるた取りの訓練だった。

そこで死んでいい者と、死なせるには惜しい者とに分けられる。だが山本がそう知ったのはずっと後になってからだ。お前には戦闘機でなく別の機を与えると言われたときに山本は聞いた。なぜです。わたしが女だからですか。わたしは敵と闘えないと思うのですか。

いいえ、わたしは戦えますと山本は言った。戦闘機をわたしにください。それに乗って宇宙で死にます。

いつかはな、と教官は言った。しかしなんのために死ぬのだ。地球に守るものでもあるのか。それとも、親や兄弟を敵に殺され、仇を討つとでも言うか。

山本よ、お前は誰のために死ぬかと教官は言った。わたしは孤児です、親の顔など知りませんと山本は応えた。わたしが死んで悲しむ者はありません。地球のためにいつでも死ぬ覚悟です。

そうか。お前が取るかるたは、おれにはそうは見えないがなと教官は言った。山本は「は?」と聞き返したが、しかし対する返事はなかった。その代わりに教官は、今はこういう時代だと言った。誰かのために死ぬのなら、それも無駄と言えはすまい。けれどそうでないのなら、お前の死は犬死にだ。せめて誰かひとりくらい、大切な人を持って死ね。せめて誰かひとりくらい、お前が死んで悲しむ者を持って死ね。山本、お前には闘う者の背中を護って飛んでもらう。

そうして死にゆく者達を後ろで見届け自分は帰る任務を山本は負わされてきた。いつの間にか乗る機体は新鋭の〈ゼロ〉に替わったが、する仕事は同じだった。

あのときもまた……と山本は思った。古代の乗る〈がんもどき〉を護る加藤の四機編隊を護るため、高空で敵を警戒して〈ゼロ〉が飛ぶ。その隊長機〈アルファー・ワン〉を護って飛ぶのが山本だった。山本は常に殿(しんがり)で、勝手に前に出ていくことは許されない。誰かに背中を護ってもらうこともない。

あのときもそうして飛びながら、どうしていつもこうなのだろうと思っていた。そこへ敵がやってきた。古代が〈ヤマト〉に必要なものを、それなしには旅が成り立たないほどに重要なものを運んでいるのは、詳細など知らされなくとも察しがつく。そうでなければ自分達があんな任務に駆り出されはしない。

古代の機は命に代えても護らなければならないのだ。誰もがそれをわかっていた。古代を救いにダイブしていく〈アルファー・ワン〉を眼で追いながら、山本は何もできなかった。隊長が脱出できずに死ぬことになるのは、山本にはすぐわかった。自分もまたそうなる覚悟で後を追おうとしたけれど、そこで『来るな』と通信で言われた。山本、お前はそこに残れ。坂井一尉はそう言い残して真っ逆さまに突っ込んでいった。〈ゼロ〉の加速にモノを言わせ、音速を越える衝撃波を散らし、自(みずか)らを一個の弾丸と変えて。

山本は上からそれを見ているしかできなかった。

隊長、と叫ぼうとした。しかし思い浮かべていたのは、教官としての彼であったかもしれない。坂井はヒヨコの山本を育てたあのときの教官だった。

〈ヤマト計画〉にあたって航空隊長を任じられ、山本を僚機に選んだのだ。再会したとき、笑って言った。ひょっとしていつかこういうことになるかもしれないと思っていたよ。おれの背中を預けるとしたらお前だろう、とな。

このためにわたしを生かしたのですかと山本は聞いた。だが、まさかなと坂井は言った。〈ヤマト計画〉なんておれもこないだ聞いたばかりさ。ただ、死なすには惜しいとしていた何人かのひとりがお前だっただけだ。