敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
アキレス腱を探される
「おれだって、きっと勝てると思っているわけじゃないよ」
南部が言った。まだ航空隊のシミュレーター管理室だ。〈ヤマト〉の模型を手にしていじりまわしているが、オモチャじゃないので砲塔は回るようには出来ていない。波動砲の砲口部分に指を突っ込む。
「波動砲がやっぱり無理となった時点でこれはダメかもと思ったもんな。〈スタンレー〉に敵は百隻。どう考えても勝てっこない。なのに艦長は、おれ達が行く頃には敵はそこにいないと言う。いてもほんの数隻だと……」
古代は山本に連れられて〈ゼロ〉のシミュレーターに入ってしまい、残ってるのはさっきからいる人間だけだ。
加藤は話を聞きながら、モニター画面に眼を向けた。古代の〈アルファー・ワン〉と山本の〈アルファー・ツー〉。二台の〈ゼロ〉のシミュレーターが訓練課程を始めようとしている。
古代進。この〈隊長〉は、とりあえず〈ゼロ〉を乗りこなした。誰しもそれは認めなければならないだろう。けれども次の段階はどうだ。二機・四機の味方とともに編隊行動が取れるのか。できないのなら、どんなに腕が良かろうと隊長の役は任せられない。
が、しかしどうだろう。できるできないと言う以前に、指揮官としてあまりに頼りない感じだが。このパイロットはがんもどきだ。グーニーバード、荷物運びの間抜けな鳥だ。やはりあらためてそう思う。宙を器用に飛びはできても、敵と闘える人間だとは……。
しかし沖田艦長は、顔をひと目見ただけで古代を隊長にしたという。一体――。
「どんな根拠があって、艦長は敵はいないなんて言うんだ?」南部が言った。「いてもほんの数隻だと言うのなら、それは決して戦えない数じゃないだろうが……」
聞いて加藤は考えてみた。〈ヤマト〉は十と戦える。同じ大きさの戦艦なら三隻と――確かにそう言われている。〈タイガー〉もまた、一機が三機と闘えなくはないだろう。敵がそれだけであるという艦長の言葉が本当ならば、勝ち目がないわけではない。
だが、数だけのことだろうか。一対三であろうとも一対十であろうとも、数の不利をひっくり返して勝った戦(いくさ)は古来いくらもあるだろう。勝つか敗けるか。分けるのは、結局のところ指揮官だ。指揮官がダメであるなら戦いに敗け、優れていれば勝利が得られる。歴史は常にそれを繰り返してきたのであり、ガミラスとのこの戦争でもまた変わることはない。
沖田十三、機略の男。この〈ヤマト〉の艦長は、ガミラスとの戦闘で幾度も不利を覆(くつがえ)し味方を勝利に導いてきた。しかしその沖田でも、冥王星は落とせなかった。なのにどうして、その沖田が、失敗した同じ作戦をやろうというのか。
これはまったく、ダメな指揮官のやることだ。ダメな後方指揮官がダメな現場指揮官の背中を押して、ただ信じよと精神論のみの言葉を部下に怒鳴り、敵に万歳突撃をかける。それが死中に活を見た例などひとつもあるわけがない。すべて無駄な玉砕に終わった。
〈機略の沖田〉もヤキがまわった? 古代のような男を使おうとするのを見ると、そう思ってしまいそうな気になるが。
しかしそれでも、古代はよくいる学校の成績だけは良かったような〈今日から士官〉とは違う。『ひとりの部下も決して無駄に死なせない』などとおっしゃる新米隊長さんは、必ず顔に《だってそれだとオレのキャリアに傷が付くことになるからな》と書いてるものだ。ひとり死んだらもうどうでもよくなって、『みんなオレと一緒に死のう』と叫んで敵に突っ込もうとする――しかし軍のお偉方に好まれるのは、おおむねそんなタイプだったりするのだ。坂井一尉の代わりなど本部に要請していたら、どんなカミカゼ隊長が来たかわかったものではなかった。
それに比べたら、少なくともマシ? そうかもしれない。そして確かに、何か得体の知れないものを持ってる。あの古代が隊長としてもし頼りになるのであれば――。
勝てる。そういうことになる。沖田艦長の見込みが確かであるのなら。艦長が古代の中に見たものを、自分もまた見出して信じられるのならば。そのとき部下も全員が古代についていけるだろう。
「『〈ヤマト〉は十と戦える』と言うけれど、それは条件のいいときだ」南部が言った。「もしも敵がテレビのチャンバラものみたいに一度に一隻が一隻ずつ、デタラメに砲撃ちながら突っ込んでくるだけなら、これは〈ヤマト〉の敵じゃないよ。砲は千発も撃てるんだから、一発ずつ千隻ぶっ飛ばしてやればいい――でもそんなことあるわけないから一隻殺るのに百発撃たなきゃいけないだろうっていう想定なんだからね。何より敵はバカじゃない。まともにやれば百対一でも敗けるのは必ず計算するはずだから、不利をカバーする戦術を練るに決まってる」
「そう。タイタンがそうでした」
新見が言った。
「バレーボールの試合みたいなもんですね。選手の背が高いとかの、ちょっとした差で大きな有利不利が出て、強い方がバシバシ大量得点する。しかしそれが覆(くつがえ)ると、去年はすごく弱かったチームが前回の敵に雪辱を果たす。地球とガミラスの関係はこれと同じです。ゆえに〈ヤマト〉は勝てるけれども、だからと言って油断はできない。僅差(きんさ)で有利なだけなのだから、敵は必ずアキレス腱を探しにかかる」
「それを見つかるとおしまいなわけか」航空隊員のひとりが言った。「沖田艦長はこれまでに不利をハネ退ける戦術をいくつも編み出してきた。今度は敵が〈ヤマト〉に対して同じことをしようとする……」
「そう。だからそのためにも、本来ならば交戦はやはり避けねばなりません。たとえ勝っても、戦うたびに、〈ヤマト〉のデータを敵に与えることになってしまいますから。けれど……」
「〈スタンレー〉については別か」加藤は言った。「冥王星だけは叩かなければ、やはり人類の未来はないから。しかし……」
しかしだ。それだけではないように思う。交戦は避けなければならないという。戦うための船でないからというだけでなく、戦えば戦うほどにデータをさらし、己の首を絞めるからと。しかし、決してそうはいくまい。〈ヤマト〉はいずれ、どうしても戦わなければならなくなる。そのときは必ず来ると考えるべきだ。
冥王星をいま避けるのは簡単だ。航空隊の損耗も出すことなく済むだろう。しかしどうする。イザというとき、それで果たして戦えるのか。
いいや、と思った。今がイザというときだろう。今このときに戦わず、〈ヤマト〉が今後の戦いに勝ってゆけるとは思えない。
やらねばならないときはやらねばならないのだ。問題は、まさに〈ヤマト〉のアキレス腱なのではないかと思えるのが、自分達を率いるはずの航空隊長古代進一尉であるということだが……。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之