敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
と生物学員は言った。〈インテリジェント・デザイン論〉とは、創造論と進化論の〈折衷論〉とでも呼ぶべきものだ。19世紀にダーウィンが『人は猿から進化した』と唱えたとき、キリスト教会は猛反発した。そして22世紀末の今でも、頑として進化論を認めていない。聖書には『神がすべてを創造した』と書いてあるから進化論は間違いとし、恐竜の化石を見てもこんなもの異教徒が作って埋めたまやかしだと言って聞かない。我らは決して悪魔の嘘に騙されないゾと未だに言い張っている。
しかしキリスト教徒と言っても、日曜日に必ず教会に行く人間ばかりじゃない。むしろ普通の一般人は普段は進化論で生きて、クリスマスや結婚式や葬式の日にだけ創造論者になる。そんなコウモリ信者にお薦めなものとして考えられたのがインテリジェント・デザイン論。この世界は確かに神が造ったが、生物は菌から始めて人の形になるように徐々に進化させていった。そしてとうとう、猿に神の姿を似せた〈アダム〉を産ませた。人は人になるように神に設計されていたのだ、という考え方だ。聖書はやはり正しかった。これですべてが疑問の余地なく説明できるワケなのです――。
こういう考えの者達が、世界のすべては神が白人キリスト教徒のためだけに用意したものと唱えて自然を破壊し小国から資源を奪い、代わりに武器と麻薬を与えた。自分が良ければそれでいい。隣りの国や地球の裏や人間以外の生物はどうなろうと構わない。だって神は〈息子〉のオレだけを愛しているはずなのだから――などと言って恥じないのがインテリジェント・デザイン論者だ。そして異教徒に対しては、この地上から抹殺あるのみ。ちょっと考えればどれだけ都合のいい理屈かわかりそうなものなのだが、
「生物進化に謎が多いのも事実です。何より最初の生命が地球でどう生まれたのかがわかっていない。『実は宇宙から来たのかも』という考えも決してバカにできませんよね。特にもしエウロパやタイタンなどに生命がいたら、どこか宇宙の同じ場所から太陽系にやって来た同じ〈種〉から生まれたのかも、と……昔から、けっこうマジメにそう言われてきてるんですから」
「まあな」
「『生命誕生の奇跡は一度だけでいい。百億年前にどこかで生まれ、宇宙に広がりさえすれば』というやつです。真空にも耐えられて何億年も死なない微生物はいくらでもある。そいつらには十万や二十万光年なんてなんでもない。眠ったまま宇宙を旅して、海のある星に着いて初めて目を覚まし、分裂して自分を殖やす……」
「それが地球とイスカンダルでほぼ同時に起きたと言うのか。さらにガミラスでも……」
真田が言うと、斎藤も、
「マゼラン星雲は天の河銀河のまわりを二十億年かけて回っている。つまり二十億年あれば、この三十万光年くらいの範囲に〈種〉が広がるには充分てことだな。地球もガミラスもイスカンダルも同じ〈種〉から進化した、と」
「ですから、仮の話ですよ。こんな話は〈オッカムの剃刀(かみそり)〉だというのはよくわかってます。でももし、最初の命の種に、〈ヒト〉の姿になるように進化するプログラムが予(あらかじ)め書き込まれていたとしたら……」
「サーシャとガミラス人が地球人そっくりである理由が説明できる、か。なるほどSFアニメにでも出てきそうな話だな」と真田は言った。「科学者は安易な仮説に飛びつくべきじゃない」
「はい。もちろんそうです」
「その考えはつまり神がこの世に在るということだろう。イスカンダルとガミラスの他、この銀河にまだいくらでも〈ホモ・サピエンス〉がいるということになるかもしれん。それが神が百億年前に計画したこととするなら、目的はなんだ? 〈星人〉同士で殺し合いでもさせようと言うのか?」
「さあ、それは……」
「ガミラスとの戦いに勝っても、また別の宇宙人が地球に攻めてきたりするのか。そんなことになってほしくないものだがな」
と言った。神か、と思う。科学者がそんなものを信じるようになってしまったらおしまいだ。キリスト教では神が人を創ったとされる。神に似せて。だから宇宙で我々だけが神に愛されているのだと。
しかしどうだ。宇宙に同じ〈ホモ・サピエンス〉がいくつもいるとしたら――キリスト教徒はかつては白人だけが〈人間〉であるとして、ユダヤ教徒やイスラム教徒を殺戮し黒人や黄色人種を奴隷にしてきた。原理主義者は今でもそれをやろうとしている。ヒトラーがそうであったように――百万種の〈神に似ている〉異星人と出会っても、彼らはなおも言うのだろうか。地球の白人だけが神に選ばれた民であると。だって聖書にそう記されているのだからと……。
そうして、銀河の覇権をめぐり異星人種と殺し合うのか。元は同じ〈種〉から生まれた兄弟なのかもしれないのに、肌の色が違うとか、思想が異なるとかの理由で――何より、他にも〈神の子〉がいるのが許せないからと。神が他の〈人種〉を愛することがあってはならない。だから宇宙から抹殺せねばならないのだと。
そういうことを言う者は必ず出てくるだろう。それが地球人類だ。ヒトラーがかつて支持され、今も崇拝されるように、〈神の名〉により人は侵略を正当化する。なるほどガミラスが地球人を恐れたとしても当然だ。イスカンダルは何を知っている? サーシャが自分の眼で見ろと言っていたのは、もしかするとそんな……考えてから、真田はいいやと首を振った。今はこんなことに悩むときじゃない。ともかく、行けば、コスモクリーナーをくれると言うのだ。真実もそこで教えてくれると言うのだ。ならばおれは行くしかない。サーシャの想いに応えるためにも。
なのに〈ヤマト〉は、太陽系を出られない。〈スタンレー〉を攻めることも迂回もできず、黄道面を回っている。地球の社会はガタガタで、誰も〈ヤマト〉を信じていない。
おれは何を信じるべきか? 真田は思った。機械の腕の一本を見る。指は動くが感じない。人の手によく似せられた作り物だ。
あの事故で、おれは手足を失った。しかしもっと大切なものも……。
どうすればいいんだろうな、姉さん、と思った。おれは神を憎んでいるのかもしれない。それに、科学もだ。この手足がおれは憎くてたまらないのに、外して捨てるわけにもいかない。隕石やスペースコロニーの落下から人を救う道だと信じて波動砲の研究者になった挙句が今このザマだ。おれは自分がしたことの許しが欲しいだけなのに。
サーシャはイスカンダルに着けば、何もかもがわかると言った。しかしどうだろう。〈答〉というのが恐ろしいもので、〈ヤマト〉と地球人類が新たな敵と次から次に戦わされるようなものなら。
まさかな、と思った。そんなことだけは、願い下げにしたいものだが……。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之