敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
波動砲を撃った理由
沖田はクルーを見渡した。その向こうのスクリーンには、ガミラスの船団が冥王星から逃げる状況が映されている。
「地球を出てすぐ、わしは波動砲を撃たせた。それはみんな覚えているな」
「ええ、もちろん……」
と真田が言う。当然だろう、あんなこと、誰も忘れるはずがない。しかし今は、細かなことまで全員にすべてを思い出してもらわなければならないときだ。沖田は一度頷いてから、
「あのときわしは、なぜそうするか本当の理由を話さなかった。しかしこのためだったのだ。波動砲は、あのとき撃たねばならなかった。それも全出力でだ。すべては〈スタンレー〉の敵を逃げさせるためだった」
一同はア然とした表情だ。艦長は一体何を考えている……そんな声は、そこかしこから聞こえていたものだった。なんでいくらデカブツと言っても、たかだか空母一隻相手に波動砲を使うのか。それも全出力で。それも発進早々に地球のそばで……艦内でクルーが噂していたし、テレビのニュースで解説者がくだらぬことを語っていた。そのおかげでタイタンでコスモナイトを採らねばならなくなってしまったし、船は危険にさらされた。火星の徹底抗戦派が〈メ二号作戦〉をやろうと言い出し、日程に大きな遅れを出すことになった。そして地球の狂信者を刺激する結果を生んで、遂に内戦を勃発させた。すべてはあの一撃のせいだ。こういうことになると言うのが、艦長はわからなかったのか、と。
いいや、すべて計画のうちだ。わしはこのときを待っていたのだと沖田は思った。今こそ、なぜ波動砲を撃ったのか真の理由を話すときだ。
「ガミラスは地球人類を恐れている。だから太陽系に来た。だから我らを殺そうとしているのだと言われてきたな。その仮説が正しいとして、やつらは一体、地球の何をそんなに恐れているのだと思う? 『人類を皆殺しにせねばならぬ』とやつらに考えさせているのは、具体的に一体なんだ?」
「それは」と真田が言った。無論、答は決まっていた。「波動砲……」
「そうだ、真田君。君が何より知ってるだろう。人類はかなり前から波動砲が造れるだろうと言ってきた。十年前に基礎的実験を行った。ガミラスを呼ぶ結果を生んだのは、その実験だったのではないかと言われているな。地球人類は波動技術をまだ持たないが、もう少しで波動砲付きワープ船を建造できるところにあった。一方、ガミラスはワープ船を持っているが、なぜか波動砲がない。これがやつらに脅威を感じさせたのだろうと、そう考えられてきた」
これはさんざん、繰り返して言ってきたのと同じ話だ。ガミラスが恐れているのは何より地球が造れるだろう波動砲。なぜかやつらは、同じものが造れない――ならばなるほど、恐れるのも当然だろうが、
「やつらは地球に波動砲が造れそうだと知っていた。だが完成したときに、それがどれほどのものになるか知っていたとは思えない。威力がやつらの予想を超えるかそうでないか、予測しようもないのだな。富士山ほどの隕石を破壊するのがせいぜいなのか、木星すらも消し飛ばすのか、それすらわからん。撃ってみなければわからない――造っている地球人の開発者でもそんな調子だったのだから、ガミラスに予測できるわけがなかった」
「ええ……」
と言って真田が頷く。そうだろう。二十世紀の昔に原子爆弾を造った当時の科学者も、試さなければ原爆がどの程度の威力があるかわからなかった。ひょっとして宇宙がまるごとなくなることもあるのじゃないかと言いながら、実験の起爆ボタンを押したのだ。波動砲が実際どれだけの威力があるか、造った人間のひとりである真田も知らないでいた。なのにガミラスが知るわけがない。
その真田が言う。「造れぬとは言え、ガミラスは波動砲のなんたるかは知ってるのでしょう。それでもやつらは、地球を見くびっているかもしれない。地球人にできたとしても、せいぜい小惑星ひとつ壊すのがせいぜいだろうなどと侮っているのではないかという推論もありました」
「そうだろう。それどころか、やつらは〈ヤマト〉の艦首を見ても、考えるに違いない――あの大げさな穴は飾りじゃないか、とな。波動砲はまだ完成してないかもしれないぞ、コケ脅しに乗ってたまるか――地球人ならそう考える。人はそういう生き物なのだ。そしてどうやらこの点で、ガミラスは地球人とそう変わりはないらしい。やつらは地球を恐れる一方、どこかで侮ってもいるのだ」
「侮っている……」南部が言った。「恐れるどころか、侮っている? 波動砲はきっとたいしたことはない。やつらはそう考えてもいた?」
「そうだ。当然のことだろう。だからあのとき、わしは敵に見せつけるなら、全出力でなければならぬと言ったのだ。それに南部よ、撃つのは一度だけとも言ったな。後から半分で撃ったりしたら、最初に撃ったのが最大だとやつらに教えることになってしまう。それでは困る。やつらには、波動砲をどこまでも恐れさせねばならないのだと」
「はい」と南部。眼鏡の奥の眼を驚きに見張っている。
「しかしだ。やつらにわからぬはずのことがもうひとつある」沖田は言った。「波動砲で冥王星は撃てないことだ。やつらがそれを知るはずがない」
さらに眼が大きくなった。南部だけでなく、全員のだ。沖田には皆が自分の狙いを理解し始めているとわかった。
「〈ワープ・波動砲・またワープ〉と、〈ヤマト〉は連続してできない。だがガミラスにどうしてそれがわかると言うのだ? 徳川君や真田君でも、実際にテストしないとわからなかったことなのだぞ。波動砲を造れもしない敵が知りようもないではないか」
「それは……」
と徳川。波動砲とワープを続けてやれないことは、最初からある程度は推測されていた。しかし試してみないことには、具体的なことは知れない。もしも結果が良好ならば、冥王星を撃てる希望さえあったのだ。あいにくやはり、そうはいかなかったわけだが、しかし、どうしてガミラスにそれがわかる?
「そうだ。やつらにわかるわけがないのだよ。まあ、考えているかもしれんな。連続してやるなどできるはずないと――しかし本当のところはわからん。ましてワープと砲術の間に、どの程度の時間を開ける必要があるかなど、推測すらしようがない。ゆえにやつらは、最悪の想定のもとに行動するしかなくなる。〈ヤマト〉はワープしてすぐに波動砲をぶっぱなし、またすぐワープで消え去れる――たとえ『まさか』と思っても、そう仮定するしかないのだ」
「敵は〈ヤマト〉の性能がどんなものであるかを知らない……」新見が言った。「波動砲の威力の最大がどこにあって、射程の長さがどの程度かも……知っているのは、冥王星を一撃に吹き飛ばすだけの力があること。ただそれだけ……」
「そうだ。わしはそのために、地球で波動砲を撃った。冥王星に〈ヤマト〉が来たらおしまいだと敵に思わせたかったのだ。それにはあのタイミングが最も効果的だろう」
「だから、空母一隻に対して最大出力?」
「そうだ。危険な賭けであり、弊害が大きいこともわかっていたが、しかしやらねばならなかった」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之