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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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息が苦しい。船外服の酸素残量。どこか漏れているんじゃないかと思うくらいにボンベの中身が減っていた。船外作業は慣れているはずだったのに、緊張のせいで普段より呼吸が増えているのだろう。息をすれば、酸素はなくなる。当然の話だった。

バイザーに警告の表示が出る。船内で作業をモニターしている士官から、耳に通信が入ってきた。『藪。交代だ。中に戻れ』

「了解です」

交代員と入れ替わる。藪はレンガを敷き詰めたような赤い艦底を歩いてエアロックのハッチに向かった。

レンガのような、ではなくて、〈ヤマト〉の舷と艦底を覆っているのはまさにレンガだ。大昔のスペースシャトルと同じように、この〈ヤマト〉もレンガ葺(ぶ)きの船だと言う。墓石ほどの大きさのカーボンナノチューブで強化されたセラミックのブロックをボルトで留めて並べ張り詰め、船を鎧う装甲とする。それらは敵の対艦ビーム攻撃などを一度だけ受け止めるように造られている。

一個のレンガは砲一発に耐えればいいのだ。一度の戦闘で同じ場所にもう一発を喰らう見込みは低いのだから、難を逃れたら後で調べて、『ここのレンガがやられたぞー、代わりを持ってこーい』と言って貼り変える。いま自分が交代になったのと同じように。

そのレンガを一個一個叩いてまわり、ヒビなど入っているものがないかと聴診装置を当てて確かめている者がいる。小さなスペースデブリが当たった程度では傷もつかないはずのものだが、それでも〈ジャヤ〉の作戦に備えて万全を期しているのだろう。

レンガ装甲を採用するのも、〈ヤマト〉は本来戦う船ではないからだ。敵に遭っても逃げるに努め、傷を受けたら航海中に手早く修理できるよう、船の中の工場で常にレンガを焼いておく。あくまでそういう船であり、そのように造られているはずなのだ。それなのに、今は決戦に臨もうとしている。

冗談じゃない、と思った。とても本当と思えない。こんなしょせんは急造の、欠陥だらけのプラモデルシップで、家・土地すべてカタにした大金賭けてのバクチをやりに行こうなんて――そこには必ず、麻雀マンガの闇勝負みたいな果し合いが待っているに違いないのに。

ついていけない。おれにはとても――そう思った。だいたい、戦ってどうなるんだ。地球では内戦が勃発してしまったと言う。だから今日が〈滅亡の日〉になってしまった。〈ヤマト〉がたとえ半年で帰還しても、もう子を産める女はいなくなってると言う。

だから戦う他にない。〈スタンレー〉をいま叩けば、内戦の火を消せるかも――そう言われればさっきまで迂回迂回と言ってた者まで『やるしかない』と頷き出した。

話はわからなくもない。だがどうなんだと藪は思う。〈ヤマト〉が勝てば本当に地球の内戦は鎮まるのか。

狂信的なテロリストどもが考えを変える? 有り得ない。太陽系を出た後で、人類が滅亡を回避したのかどうか知る方法がどこにあるんだ。ないだろう。きっと内戦は止んだだろうとただ言うだけで旅をする気か。

そんなの無理だ。できっこない。地球人類は大丈夫だとアテにできない旅になる。それでやっていけるものか。

いっそのこと、逃げるべきでは? 藪は思った。船尾方向を振り返ってみる。無数のきらめく星の中で、地球は見分けることもできない。

ここで勝っても人類が存続するかわからないのだ。なら戦ってどうするんだ。どうせ人類がおしまいなのなら、勝利になんの意味がある。

無駄にクルーを死なせるだけだ。そうではないのか? ならばいっそ、逃げるべきでは? この船の乗組員が最後の地球人類ならば、ひとりとして死ぬべきじゃない。どこかに住める星を見つけて、生きる。そうするべきなんじゃないか?

〈ヤマト〉が沈めば、そのときこそ人類の終わり――なのに危険を冒すなんてどうかしている。イチかバチかの大勝ち狙って危険牌を投げるより、安全策を採るべきじゃないのか。ギャンブルで負けがこんだら取り戻そうとするのはヘボだ。敵はさあ来いと誘っている。わざと隙を見せてくる。それに乗ったら罠にはまって身ぐるみ剥がされることに――。

そういうもんだろう。違うか。これは間違ってる。おれ達はイカサマ賭場に飛び込もうとしてるんじゃないのか。

藪にはそうとしか思えなかった。どうしておれはこんなレンガの固まりに乗せられることになっちゃったんだよ。

命綱をたぐって歩き、エアロックに取り付いた。あらためて船を眺め渡す。

宇宙戦艦〈ヤマト〉――まるで幽霊船だ。かつての戦争で国のために無駄死にさせられたとかいう亡霊が取り憑いている気がする。その魂が船を護ってくれるとでも信じてすがろうとするまで人は打ちひしがれたか。

そんなものは祟(たた)るだけに決まってるじゃないか。オレ達は海の藻屑にさせられた。魚に食われ貝やヒトデに骨の髄までしゃぶられたのだ。だからお前らもそうなれと人を呪うに決まっている。お偉いさんにはそれがわからないのだろう。平気で特攻部隊を組んで、死んできてくれと顔だけ泣いて見せやがるのだ。今も自分に酔いながら、〈ヤマト〉はきっと勝って帰るとのぼせてやがるに違いない。そのときには計画立てた自分の手柄。栄光を捧げられるべきは我である、とか。

くたばりやがれ。そう思った。靖国神社を地下におっ建て参拝しちゃあ、英霊達よ蘇りたまえとパンパン柏手(かしわで)打っている脳の腐った豚どもでなきゃあ、こんな変な船造るもんか。なんでおれがこんな船に――。

考えながら、藪はエアロックを抜けて船内に入った。無重力区画の中を漂って進む。

「ご苦労だったな。後はいいから、作戦に備えて休め」

機関室に戻ると、徳川機関長がそう声をかけてきた。あと十時間かそこらのうちに敵地に向かう。短時間で勝負をつけねばならないとしても、どうなるかはわからない。となれば交替で休みを入れて全員が睡眠を取らねばならぬのは当然だった。

そうでなくても、船のクルーの誰にとっても今日は長い一日であるような気がする。このおれなんかは麻雀やっていただけど、と藪は思った。徳川などは高齢の身でひどく疲れた顔をしていた。

「機関長もお休みになられた方が」

「わかっとる。わしもすぐ休むよ」

藪は船外服を脱いだ。徳川は部屋の隅を指して、

「そこにおにぎりがあるぞ。食え」

「はい。ありがとうございます」

見るとなるほど、机に皿が並べられ、海苔を巻いたおにぎりが積まれて置いてあった。さらになぜだか、タコやカニの形にされた合成肉ソーセージも盛られている。

おにぎりを藪はひとつ取り上げてみた。あれ、と思う。

「これ、本物の米ですか」

「ああ、このときのために取っておいた最後の米を炊いてるそうだ。いま総出で握ってるんだと」

「こんなにたくさん……」

「全部食うなよ。明日の分もあるんだからな」

「はい」

と言った。巻いてあるのも本物の海苔だ。最後の米と海苔は決戦のおにぎり用――予(あらかじ)め決まっていたことだったのだろう。頬張りながら藪は機関室を出た。