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恋より痛い愛より切ない

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恋より痛い愛より苦しい 









睦言のように佐助が笑いながら、あんたは俺が死んだら嬉しいでしょうと言ってきた。
二度目の情交は夜が更けるまで続き、それこそ獣のように交わった後でも相変わらず腹の不快とがらんどうのような空虚な心地は消えはしない。小十郎はほとんど憎むほどの苛立ちを込めて佐助を睨んだ。事実、この男が消えれば嬉しいかもしれないとすら思った。
一体なにを考えてこんなことを問うのだろう、と思う。
飾り窓からしろい月明かりが差し込んでくる。佐助の肌のしろがより際立ち、ひかりに照らされた赤い髪はひとのものではないほどに鮮やかに浮かび上がる。この肌がしろくなければ、この髪がこんなに鮮やかでなければ、あるいは自分はこの男に気を取られずにいられただろうかと小十郎は一瞬だけ考え、すぐに考えるのを止めた。
考えることは無意味である。
実際佐助の肌はしろく、髪は赤いのだ。
小十郎は佐助から目を逸らし、嗤った。

「かもしらんな」

佐助も釣られるようにけらけらと笑った。

「だよね。あんた、俺様のこと嫌いだもんねえ」
「あァ、そうだな」
「でもさ、俺が死んだら、どうする?」
「どうもしねェよ」
「目の前で俺が死んでたら、ってこと」
「なんだそりゃァ」
「例えば、戦場でね」

俺が死んでるんだ。
なんなら、あんたが殺したってことでもいいけど、ともかく俺が死んでるんだと佐助は言う。小十郎はその情景を想像してみた。佐助が死んでいる。目の前で、倒れ、血を流している。そういうこともあり得るだろう。目の前で平らな腹を無防備に晒して寝転がっている男は、他愛のない草である。代りがいくらでも居る、消えたところで誰も困りはしない、そういう歯車なのだ。歯車が欠けることもよくあることであり、欠けた歯車は用途を果たさないので処分される。そしてその場所にはおんなじ形の他の何かがきっちりと当てはめられる。
それもまたよくあることである。
もっとも、小十郎にとっては佐助は歯車ではない。
佐助は小十郎の役に立つものではない。むしろ害にしかならない。佐助が回るのは小十郎のためではなく、彼の主のためである。歯車ではなく草でもなく、だから小十郎は佐助が消えてもそこに新しく彼の形をした何かを当てはめることはしない。元より佐助の入る場所など、小十郎のなかには存在しなかったのである。
佐助が死んだら。
小十郎は想像する。
清々するだろうか。
そういう心地もするだろう。様ァ見ろと思うかもしれない。けれどもそれよりも遙かに多く、小十郎は自分が途方もない息苦しさに襲われるであろうことが易々と思い描けた。薄いいろをしたあの目が虚ろになり、肌はしろから更にいろを落とす。そしてよく回る口はもう永遠に開かなくなる。
小十郎は想像するのを止めた。
そして嗤いながら口を開いた。

「どうもしやしねェよ」

佐助の薄いいろの目を覗き込み、すっと目を細める。

「足下に転がっていたって、おまえかどうかなど気付くわけがねェだろう」

そんなことは有り得ないだろうと言いながら苦々しく小十郎は思った。
なにしろ佐助の見てくれはしのびにあるまじき派手さで、赤い髪も赤い目も、どれもが遙か遠くに居ても目に付かないわけがないものばかりなのである。戦場で転がっていればすぐに目に付くだろう。そしてきっと自分は佐助をどうしても見つけてしまうだろう。
例えそのときに熱が収っていたとしても、

「それとも踏みにじってほしいか?」

自分はきっと、冷えた、かつて佐助であったものに駆け寄るだろう。
嗚呼、こんなに癪なことがあっていいんだろうか?
小十郎は皮肉げに口元を歪め、佐助の顔を見下してやった。佐助が自分の言葉でどういう反応をするかは、口を開く前から解り切っていた。うっとりと目を細め、膝に縋り付いてくるか、そうでなければまた童のようにはしゃいで、恋うただのすきだだの、紙より薄い睦言を喚くのだろう。
小十郎はそう思った。
だからひどく、混乱した。

「―――あ、ああ、そうか」

佐助は目を丸め、すこし戸惑うように口ごもったのである。

「そうか、そうだね。そうだよな」

何かを確認するように、あるいは納得させるように意味のない言葉をつぶやき、視線を落とす。小十郎は黙り込んで、佐助をじいと凝視した。目を伏せている佐助の顔には、見間違えでなければどこか落胆したようないろが浮かんでいるようだった。

「なんて面してやがる」

戸惑いが声に滲まぬように、小十郎は吐き捨てた。
佐助は慌てた様子で両手を振り、へらりと無理矢理に笑みを浮かべた。

「いや、うん、なんでもねえよ」
「そんな面じゃねェだろう。言いたいことがあるなら、言ってみろ」
「なんでもねえですって、ただ」
「ただ?」
「ただ」

ああ、そうか。
あんたは俺のことを嫌いだったンだなあって、

「思ったンだ。俺が死んでも」

手を合わせちゃくれないんだね。
佐助は切なげに言った。そして笑った。仕様がないねと、諦めるようにつぶやいた。小十郎は意味が解らなくなった。何も口にすることができないほどに、激しく混乱した。
此奴は何を言ってるんだ?
解らない。
まったく解らなかった。
ますます解らなくなった。
嫌いではないと、此処で言っていいものだろうかと小十郎は一度は止めた思考を再びもたげかけた。嫌いではない、嫌いであれば抱けるわけがない、おまえのような阿呆に、僅かながらにでも情を持っていなければ決して付き合えるものではないと言ってしまっていいのか。戦場で転がる赤毛を見つければ、手を合わせるどころかもう腐っていくしかない肉塊であれども抱き上げてしまうことさえしそうな程には執着しているのだと、
恋など。馬鹿げている。
おまえのそれが恋であってたまるか。
俺のほうこそ、
言っていいのか。
途端、またこの男は逃げるのではないか。

「かなしいな、なんか。なんでだろうね。息が苦しい、えらく」

佐助が笑いながら眉を下げる。

「苦しくって、胸の辺りがひしゃげちゃいそうだ」

痛い、と言う。
馬鹿じゃないのか。小十郎は呆れた。
呆れたが腕が自然と持ち上がる。佐助のほうへ伸ばしかけた腕を、しかし寸でのところで小十郎は自分の膝に落とした。佐助は痛みを堪えるように俯いている。小十郎は顔を歪め、伸ばしかけた腕をもう片方の腕で膝に押さえつけた。腕の代りに小十郎は口を動かした。
笑みで口元を歪め、言ってやる。

「そういうのがお好みだろうが、おまえは」

佐助はのろのろと顔を上げて、くしゃりと崩れた笑みを浮かべた。

「その筈なんだけど、おかしいね」
「おかしいな」
「ほんとうに」
「意味が解らん」
「そうだねえ」
「どうしたいんだ」
「あんたと」
「うん」
「あんたと一緒に居たいんだ」
「それはもう、何遍も聞いた」
「他はよく解ンないんだ、俺にも、実際のところ」

困ったように佐助が髪を掻き上げる。