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Real Fake

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なんとなくわかってはいるのだ。この違和感の元となっているものを。
目元に手を伸ばし、そっと眼鏡を外す。
度の入っていないレンズは、ほんの僅かの厚さしかないくせに、彼女がそれを通して見る世界を別のもののようにして見せている。
きっと、どうして良いのかよくわからないのだ。マーゴットとして、どう彼と接していいもなのか。
彼と二人でいると、どうしてもマーゴット・オレンジ・ページーを装っている中に、リザ・ホークアイの感情が姿を見せようとする。二人の女が彼女の中でせめぎあう中で、ロイ自身も公人なのか私人なのかわからない曖昧な態度をとるものだから、果たして秘書としての姿と部下である軍人の姿と、彼の前でどちらでいればいいのか曖昧になってしまう。
一方にとって、もう一方の姿は偽りであるのに、今はどちらも真実の姿だ。
「難しいわ……」
潜入捜査というだけでなら、こんなにも考えることなどなかったのに。
なんだか途方に暮れてしまって、深くため息をついた。
食事の時に彼が投げかけた問いは、きっとこうして彼女が戸惑っていることに気がついたからに違いない。カモフラージュでもデートができて嬉しいのだと、さっきの言葉が胸に刺さる。
「私だって……」
ホテルのラウンジで引き留められた時、彼の誘いを偽りなのだと知りつつも、確かに嬉しいと感じていた。あの胸の高鳴りは嘘ではない。
外した眼鏡は、彼女の手の中で口をつぐんで大人しく収まっている。
これが偽りであるけれど仮初めでも真実であるというのなら、いっそのことそれを隠れ蓑にして、偽らざる一片の真実を紛れ込ませてしまえばいい、と何かがそう囁いた気がした。
カランと軽やかなベルの音に、とっさに眼鏡を胸ポケットに隠した。
いつかの彼の言葉を引き合いに出すのなら、この眼鏡を無くした仕草一つで、彼女は仕事中から、プライベートな時間を過ごす一人の女性へと変わる。潜入捜査中の軍人でもなく、錬金術師の秘書でもなく、彼の部下でもなく、どれであってもどれもない者へとなる。ただの女性に。
眼鏡を外した意図に気がついてくれればいいと、ほんの少しの期待を胸に込める。
「待たせたね。さて、食事も済んだことだから、駅まで送って行こうか」
「いいえ」
彼女はロイの腕にそっと手を添えた。さっきまでのぎこちない芝居ではなく、ごく自然な動作で。
突然の事に驚きの表情を浮かべるロイから恥ずかしそうに視線を逸らし、ぽつりと呟くように告げた。
「もう少しだけ、デートを……。
貴方さえ、構わなければ」
彼に断る理由はなかった。
ほんの少しだけ思い切ってみれば、もう何を気に欠けることもなかった。偽らなければならないことなど、二人の間にはもうなかった。
一緒に並んで歩くことがこんなにも心躍ることなのだと、初めて知ったような気がする。
夕食は昼に立ち寄ったのと同じ店に入った。ほんの少しのアルコールの手助けもあってか、弾む会話はまるで昼間のやり直しのようで、食事に彩りを添えた。
ゆっくりと食事と会話を楽しんだ後、そろそろ戻らなければいけないと、二人並んで歩きながら駅まで戻ってきた。
帰りの列車は既に駅舎へ到着していた。
列車に乗り込み、その内と外とに隔てられながら車窓越しに出発までの僅かな時間を他愛もない会話で過ごしていた。
本当に他愛もない話―今日見た店に置いてあった他国の雑貨のことだとか、食事をした店のことだったりで、少しでも仕事や自分たちの現実に触れることは決して口にしなかった。
そうやって別れの時間を惜しんでいる二人の姿は、どこにでも居るただの男と女でしかなかった。
「ねえ。どうして途中で眼鏡を外したりしたんだい」
会話が一瞬途切れた合間に、ふと思い出したようにロイは疑問を口にした。
ああやはり気がついてくれていたのだと嬉しく思いながらも、僅かに視線を膝元に落とし、彼女は静かに答えた。
「眼鏡が無ければ秘書ではありませんから……。だけど、今の私は軍人でもありません。ただのプライベートな時間を過ごす一人の女です。少なくとも、私はそのつもりでいました」
「そうか……」
ロイはそれで十分だと頷いた。彼女の言わんとすることを、彼なりに察したようだった。
「楽しかった。本当に」
ぽつんと落ちた呟きは、純粋に一日を惜しむ響きだった。
「大佐。私を秘書にしてくださってありがとうございます」
きっと、こんな状況でもなければ、何かもを忘れた一人の女性とはなれなかっただろうから。
浮かぶのは心の底からの感情をそのまま映し出した、柔らかな表情。
「リ……」
言いかけた名前は、呼ばれることなく途中で途切れる。何故なら、彼の言葉を遮るように彼女が再び眼鏡をかけたから。
たったそれだけの動作で、彼女はまた一人の女から秘書に、そして軍人に戻る。
「マーゴット……」
少しばかり残念そうに彼は彼女の名前を呼びなおす。
一言では言い表せない、複雑な感情が入り混じった声色に、彼女は彼の頬へと手を伸ばした。
「またいつか、こうしてデートできたら良いのに」
明るく冗談めかした言葉とは裏腹に、名残惜しそうに頬を撫ぜる指先の熱さにたまらない感情を呼び起こされているのは、恐らく彼だけではない。
互いにそれ以上の言葉が出てこないのは、きっと胸が詰まってしまっているからだ。
このまま列車を止めることができないのならば、せめて一緒に何処かへ戻ることができればいいのに。それが今は無理な願いであり、到底口にすることのできないものであると分かりながらも、心の底では望まずにはいられなかった。
言葉もなく見つめあう二人を引き裂くように、汽笛が別れの時間をけたたましく告げた。
「今日は本当に楽しかったわ。マスタングさん」
「いえ、こちらこそ。
……どうかお気をつけて」
ゆっくりと動き始める列車をロイが追いかけることはなく、ホームに立ち尽くしていた。頬を去る温もりに向けて手も振らないまま、ただ黙って見送っていた。
秘書へと戻ったマーゴットは、そんな男の姿をいつまでも車窓から見つめていた。彼の姿が見えなくなって、いつしか列車が彼女の戻る街に到着するまで、ずっとずっと見つめていた。
作品名:Real Fake 作家名:ヒロオ