静臨逢瀬@ホテル
抱えた枕に顔を半分だけ埋めた
その時に
空耳のように
聞こえた
台詞
『なァに心配してやがんだ』
「このクソノミ蟲が。」
「・・・シズちゃんさぁ。ノミ蟲にクソまでつける意味は何?」
「あぁ聞こえたか?聞こえるように言ったんだけどよ。」
「ていうかどんだけ貶めれば気が済むのかな?俺もさすがに」
キレるよね
そういうのって!!
と
折原臨也がナイフを振るったのと
平和島静雄がテーブルを振るったのはほぼ同時
素裸での戦いは
気が付けば
ベッドの上での第二ラウンドにもつれ込み
やがて翌朝
ではお電話のご利用、ミニバーのご使用などございませんね
朝食ルームサービスのお支払いのみ承りますお客様
と
にこやかにPC画面を確認しつつ言うフロント係に
にっこりと
ハイ
と
クレジットカードを差し出す折原臨也が
にっこり微笑み返す
そして
ご利用ありがとうございました
と
丁寧に頭を下げて見送られ
玄関を出て少し行った先
先に出ていた平和島静雄が煙草をかみ締めながら問う
「手前・・・あれ、言ったのかよ?」
「冗談。言うワケ無いでしょ?」
「あれ、あのベッドもテーブルももう使いモンになんねぇぞ?」
「さぁ?まぁまた後で請求くるかも知れないけど、」
あの口座とカードは
「もう凍結されちゃってるだろうから。俺の懐は痛まないね。」
「手前には良心てモンが無ぇからな。俺の良心は痛む。」
「またまたぁ。自分だけいい子ぶっちゃってさぁ。」
「手前と一緒にすんじゃねぇ!!」
「でも、」
ちょっと残念だな
と
折原臨也が
後ろに遠ざかる高層ホテルを振り返る
「あそこ、結構気に入ってたんだよねぇ。もう俺ブラックだな。」
あのホテルが
一番最初に
自分と臨也が逢瀬に使った場所だったと
平和島静雄は気付いていたが
それを言うことは無く
ただ
朝の空気の中に
煙草の煙を吐き出しただけ
「じゃあね、シズちゃん。」
「あぁ。」
二人手を挙げて
振り返らずに分かれる歩道
しばらく歩いて
平和島静雄が振り向いて見ると
折原臨也がポケットに両手を入れて
ホテルをじっと
見上げている姿が
小さく
見えた
馬鹿なノミ蟲だ
そんなに思い出が大事なら
手前の心ん中にだけしまっとけ、
ホテルなんざ
何処でもいいだろ
と
平和島静雄はその瞳に苛立って
まぁでも
給料が入ったら
一度くらいは
自分が予約してやってもいいか
と
決して安くは無いだろう
高層ホテルの宿泊料を思って
平和島静雄は
溜息とともに煙草の煙を吐き出して
まだ
ホテルの高級なシャンプーの香りのする髪に
手を突っ込んで
ガシガシ
かき乱したのだった