二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

雲の旗手 清明の空高く

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
真新しい木の香が、爽やかな風に乗って微かに漂ってくる。


青々とした山の木々を思わせる初夏の微風を、あたしは満足して、胸いっぱいに吸い込んだ。


ふと、外の景色に目を向けると、南庭の大池の水面が、透明な陽射しに照らされて、チラチラとさざ波のように揺らめいている。
夏本番までにはまだ間があるけれど、こんな初夏の昼下がりをこうやって釣り殿で過ごすのも、悪くはないかもね。


つらつらと思いながら、さして広くはない部屋の中を、あたしはゆっくりとそぞろ歩いた。


去年焼失してしまった三条邸に変わって、この新三条邸が出来上がったのは、つい最近、卯月に入ったばかりの頃のこと。
真新しいこの邸に身一つで入るのと時を同じくして、あたしは、幼馴染にして筒井筒の仲の右近少将・藤原高彬と、長い春を乗り越えて、ようやく結婚したのだった。


つまり、今のあたしは、身も心もオンナになり立ての、新婚ホヤホヤの人妻なのだ。


ほんとホヤホヤもいいところ、なにしろ、高彬と初めて、そのう、結ばれてから、まだようやく10日が経つか経たないか、というばかり。
結婚して三日目には、三日夜の餅や露顕(今でいう披露宴のことよ)もあって、ホント、目の回るような忙しさでさ。

何しろあたしも、人生で初めての経験で何とはなしに気持ちが昂っていたし、その後も数日は何やかやと落ち着かなくて、とても新しいお邸内を散策するどころじゃなかったのだ。

今日あたり、ようやく落ち着いてのんびりと過ごせそうだというので、あたしはこうして、小萩の目を盗んで釣り殿までやって来た。

ホントは、庭をそぞろ歩いたり、お邸の北にある倉庫を覗いたりもしてみたいんだけど、なにしろ出来上がったばかりの邸だもんだから、常よりも多くの人夫がまだあちこちで立ち働いているし、さすがにそんな中に顔を晒してフラフラ出歩くのは憚られて、取りあえず、あたしの部屋のある東の対から建物内をしらみつぶしに当たってみようと思い定めたのだ。


こうしていると、子供の頃を思い出すなあ。


初夏の爽やかな色合いの几帳の帷子を手に取って、あたしはクスっと小さく笑った。

貴族の広い邸宅は、子供だったあたしたちの格好の遊び場で、毎日毎日飽きもせず縦横無尽に駆け回って、色んな所を探検しては父さまやばあやに怒られたものだっけ。


子供の頃の思い出がたくさん詰まったあの邸は、もう影も形もないけれど――――


チクリと、胸の奥が痛んだ気がして、思わず目を閉じる。


・・・・・でも、あたしの隣には、今も、あの頃と変わらずに高彬がいる。


あんなことがあっても、それでも変わらずあたしを待ち続けてくれた、あの泣き虫でベソかきで、ちょっと生意気でお堅くて、でもたまらなく優しい――あの男の子がいるんだわ、これからの人生の伴侶として。


この新しい場所で、これから先、あたしはまた、高彬と色々な思い出を作って行くのね―――


そう思うと、そんな人生の巡り会わせが、何だかほんとうに不思議に思えて来る。

ぼんやりと、夢現のような気持ちで目を開けると。


「!!」


今の今まで頭の中に描いていた高彬その人が、ちょっとだけ怒ったような顔をして、目の前に立っていた。


「たっ、高彬!どうしてここに?」
「どうしてじゃないだろ」


高彬は眉をしかめて、メッという顔であたしを叱った。



「仕事を早めに切り上げてお邸に来てみれば、肝心の瑠璃さんが部屋に居ないっていうんだから。どこへ消えてしまったのかと、ぼくは生きた心地もしなかったよ」



どこまでも真剣な顔で、高彬はいう。


「大袈裟ねえ、あたしがどこに消えるっていうのよ」


ちょっと部屋を抜け出して、目と鼻の先の釣り殿を散策していただけじゃないの。そんな大したことじゃないでしょ。
高彬が余りに真剣にいうもんだから、つい噴き出してしまって笑いながら言うと、



「・・・・・なにか、物思いがあるのかと思って」



高彬は、ふとあたしから目を逸らして、独り言ちるように呟いた。
その言葉に、ハッと目を見開く。


「・・・・・・・・・・」


――あたしがまだ、去年の出来事の傷が癒えていないんじゃないかと、心配しているの・・・・


無言で、二・三歩前に進む。
そのまま、すんなりとした上背に正面からゆっくりと抱き付いた。


「――ばか。心配のし過ぎなのよ。子供の頃みたいに新しいお邸内を探検してみたいって、だたそれだったんだから」


高彬にそんな心配をかけてしまった事が申し訳なくて、でも、それを口に出して素直に謝るのも何だか違う気がして、あたしは高彬の胸に顔を埋めながら、ぶっきらぼうにそう言った。


「――うん」


ほっと安堵したような声が高い所から降って来て、広い胸にゆっくりと抱き締められる。
高彬の温もりに、包み込む香りに、あたしの心もゆるゆると解けて行くのが分かる。


「あんたってほんと、考え過ぎなのよ」


腕の中で身じろぎながら、からかうようにそう言うと、



「仕方ないだろう。もう二日も、瑠璃さんにお預けを喰ってるんだから。疑心暗鬼にだって、なってしまうさ」



どこまで本気か分からない不満げな声が、突然耳元で囁いて、あたしは弾かれたように顔を起こした。


「そっ、そ、それは・・・・」
「ほんとの事だろう?」


目が合うと、高彬はわざと拗ねたような目をして、少しだけ小首を傾げてじっとあたしを見つめてきた。

いっ、いじわる!それを言わないでよお!


高彬の言う通り、実はあたしはここ二日ほど、高彬との、そのう、いわゆる夫婦のイトナミ、を、免除してもらっていたのだ。


だっ、だって、だってさ、初めて結ばれてからというもの、毎晩そういうコトしてさ、痛いしだるいし、あたしはもう、大袈裟でなく満身創痍だったのだ。

いえ、ホント疲れるのよ、夫婦の契りって。

高彬とようやくそういう仲になって、もちろん心は満たされて満足しているんだけど、とにかくもう、身体がついて行けなくて。

なのに、高彬ったら、一線を越えてナニかに目覚めてしまったのか、毎晩のようにやって来ては熱っぽい目をしてあたしを求めるもんだから――――


―――お願いっ!今夜はもう、何もしないで眠らせて!!


七日目の夜、とうとうあたしは、涙目になって懇願したのだった。
高彬は、一瞬呆気に取られたように言葉を失っていたけれど、セツセツと事情を訴えるあたしを見ながら見る見る顔を真っ赤に染めて、


――うん、分かった。


素直に、コクリと頷いてくれたのだった。

そんな高彬の優しさをいいことに、あたしはつい昨日も同じテを使って、高彬の腕の中からのらくらと逃れたばかりだったのだけど―――


さすがに、今夜はそうは行くまいと、ちゃんと心づもりはしていたつもり、だった。


でも、こんな日の高いうちに高彬がやって来るとは思っていなかったから、唐突にそんなことを言われると、おたおたしてしまう。

高彬は、そんなあたしから言質を取ろうとするかのように、相変わらず熱の籠った眼差しで、じっとあたしを見下ろしている。


・・・・・・・観念して、はあっと長く、息を吐いた。

作品名:雲の旗手 清明の空高く 作家名:玉響女