雲の旗手 清明の空高く
「いつもいつも申し訳ございません。高彬さまにまで、このようなお手数をお掛けして・・・」
「いや、いいよ。いつものことだから・・・」
そういう高彬の声は、明らかに言葉だけが上滑りしていて、きっと、心底そそけた貌をしているんだろうと思うと、可笑しいやら恐ろしいやらで、後ろを振り向くことも出来ない。
「では、お二人とも、お部屋の方へ・・・・」
言いながら、先に立って歩き出した小萩の後に、大人しく従う。
それにしても。
ほんとうに、間一髪だったわよ。
あれ以上のことをされている所を小萩に見つけられでもしたら、女主人としてのあたしの威厳なんて、木端微塵に砕け散っちゃうところだったわ。
改めて考えながら冷や汗を流していると、
「瑠璃さん」
突然、耳元で低い声がして、あたしは大袈裟でなくビクっと肩を震わせた。
弾かれたように振り返ると、高彬は、狙いを定めた有無を言わせぬ目で、じっとあたしを見つめていた。
「この貸しは大きいからね。二日分と合わせて、長期返済を覚悟して」
「!!!」
それだけ言うと、呆気に取られて立ち止ってしまったあたしの返事も待たずに、歩調を上げてスタスタと先に行ってしまう。
「あっ、あ・・・・」
あまりのセリフに、パクパクと魚のように口が泳ぐだけで、すぐには声が出てこない。
そんなあたしを尻目に、高彬は何事もなかったような風情で、軽やかに透渡殿を歩いてゆく。
「あたしのせいじゃないわよーーーーーっ!!」
どんどん遠ざかるすらりとした背中に向けて、両の拳を握り締めて喉も裂けよと叫んでやると、
「早く行かないと。また小萩が心配するよ、奥さん」
高彬はふと立ち止まり、いと優雅な声としぐさで、にっこりとそう言ったのだった。
fin.
作品名:雲の旗手 清明の空高く 作家名:玉響女