かじみちぱらだいす
ある日の医局
フリーランスの外科医である大門未知子が、国立高度医療センターの戦略統合外科の医局に出勤して来た。今日も華やかな服装で、丈の短いスカートからは長くて美しい脚がのぞいている。まるでモデルのよう。颯爽としている。
外科副部長の加地秀樹は自分の席でソワソワしていた。そして、未知子が医局に入ってくるのに気づくと勢いよくそちらのほうに顔を向け、さらに立ちあがった。
加地は未知子へ近づいていく。
「デーモン、話がある。ちょっとこっちに来い」
「えー、なによ?」
不満そうな未知子の腕を引っ張って加地は打ち合わせなどに使うスペースへとつれていく。
広いテーブルの近くにあるイスに未知子は加地にうながされる形で腰をおろした。その隣にあるイスに加地は座る。
「で、話ってなに?」
「デーモン、おまえ、これ読んだか?」
加地はその胸のあたりになにかを持って行く。雑誌だ。最先端医療の論文などが掲載された米雑誌である。
「最新号?」
「ああ、そうだ」
「まだ読んでない」
「そうか」
加地はパッと顔を輝かせた。うきうきした様子で雑誌のページをめくり始める。
「おい、これ読んでみろ」
探していたページにたどり着いたらしく、めくるのをやめて、ページを開いた状態で雑誌を未知子へと差し出した。
未知子は素直にそれを受け取る。興味をひかれたようだ。そして、その視線を開かれたページにずらりと並んでいる英文へと落とした。
やがて、未知子は眼をあげた。読み終わったようだ。
待ってましたとばかりに加地は未知子に話しかける。
「その術式、いいだろ!?」
「たしかにね。取り入れやすそうだし、従来の術式より患者への負担が減りそう」
「だろ!?」
加地は嬉しそうに声をあげた。その未知子に向けた眼は活き活きしている。
「あ、そうだ、香川の蜜(み)柑(かん)食うか?」
「うん」
未知子は雑誌をテーブルに置き、空いた手で加地から蜜柑を受け取った。
ふたりそろって香川の蜜柑の皮をむき始める。
むきながら、加地は話を雑誌に掲載されている術式へともどす。
「実際にこの術式を取り入れるとしたら……」
加地は頭に自分がその手術をしている光景を思い描いている様子で話す。
未知子は蜜柑を食べながら、加地の話を熱心に聞き、相づちを打ったり意見したりする。
「加地先生と大門先生はなにをしていらっしゃるんですか?」
用があって医局を訪れていた白木淳子看護師長は外科医の原守にいつもの硬い声で問いかけた。
「ああ、あのふたりですか」
原は答える。
「たとえるならば、同好の者が少ないジャンルにハマっているオタクが、他の者があまり関心を示してくれなさそうな、でも本人たちにとってはものすごく関心のあることを、熱く語り合っているところです」
「つまり手術バカふたりということですね」
「じゃあ、この術式で初トライするときは、私が執刀医で、あんたが第一助手ね」
「なんでだよ!? 俺が先にこの術式に眼をつけたんだから、俺が執刀医でおまえが第一助手だ!」
「……そして、いつもの言い合いが始まるわけですね」
「あのふたり、帝都医科大学付属第三病院時代からそうでしたよ。いつのまにか医局の恒例になってました」
「なにそれ、早い者(もん)勝ちってヤツ? その発想、子供っぽーい!」
「子供っぽいのはおまえだろ! ぜんぜん空気読まないし、致しません致しませんって言って、普通、大人だったら内心やりたくないと思っててもやることをしないじゃないか!」
「僕から見ればふたりとも子供っぽいです」
「同感です」
重々しくうなずくと白木看護師長は言う。
「つまり似た者同士で、今のあれは犬も食わないというやつでしょう。放っておいて、仕事にもどりましょう」
「そうですね」