あゆと当麻~真夏のファントム前編~
去年の春から初夏にかけて亜由美は当麻達の前から姿を消していた。その直前彼女はある事件を解決するために奔走していた。以前なら何が何でも当麻がついて回っていたが、彼らがサムライトルーパーでなくなったと同時に亜由美は当麻の同行拒むようになっていた。その頃の事を思うと当麻はいても経ってもいられない。華奢なこの傷つきやすい少女は孤独に闘い、あまつさえ異次元に飲まれてたった一人でこちらに帰ってきたのだ。彼女はその時のことをあまり多くは語らない。ただ異次元に飲まれてしまった、と語るだけだった。戦いはいつも厳しく辛い。だが、当麻にはどんな戦いでさえも大切な仲間がいた。
同じ鎧の絆で結ばれし者達。一方、彼女に正確な意味での仲間はいない。彼女の鎧はたったひとつのみ。その亜由美が瀕死の状態で帰ってきてもう一年になる。その間に亜由美は入院と退院をした。その後、当麻の指導で高校を受験し、今年の春一年遅れて入学した。亜由美ははじめ、高校に行くことを良しとしなかった。日常生活とかけ離れた世界に住んでいる彼女にとってそれはとるに足りない事だったからだ。だが、当麻にしてみれば、亜由美は今すぐにでも自分の前から消えてしまうかと日々不安になるのだ。あれほど何度も側にいると約束したのにいつの間にか亜由美は当麻から離れようとしていた。当麻にとってその気持ちの変わりようは大きな謎だった。亜由美は基本的に約束を破る人間ではない。去年必死に帰還した折も約束を守ることに固執して戻ってきたのだ。
亜由美は今、ナスティの家にいることを望んでいないふしがある。まして両親のもとへもどる気などさらさらない。
だからこそ、当麻は無理やりにでもナスティの家にいさせるのだ。
そうでなければ共にいて守ってやることもできない。
自分にはする役目があると彼女は言い張った。
だが、それに当麻達を巻き込むことを心のそこから嫌がっていた。
彼らが戦いを好んでいるわけではないと知っていたからだ。
亜由美は事に当麻達を関わらせないようにするため進んで憎まれ役を買って出た事もある。その計画は少しは成就しているといえるだろう。秀と亜由美の仲は最悪ともいえる状態だったからだ。そして、頑なに皆を拒絶しようとする。そうすることで皆を事から守っているのだと当麻は理解している。当麻にだけは素顔を見せることが多かったが、それも年々隠すようになってきている。放っておけばいずれ本当の姿を見せることはなくなるだろう。五月に見せた人なつっこさも彼女の天性の性格というよりも今は演じているという方が正しい。彼女はいつしかその場その場のキャラクターを演じることに慣れてしまっていた。その状態が良いことでないのは誰の目にも明らかである。素の自分でいられる空間がほとんどないなど狂気の沙汰である。なんとかせねばと当麻は思うのだが思うように行かない。当麻が自分のことで仲間たちと意見を違えることも亜由美が当麻から離れたがる理由の一つだった。当麻が一生の友としている仲間達との言い争いに亜由美は胸を痛ませていた。自分がいなければ当麻は大切な仲間と言い争うこともないのだから、と言う。当麻まで孤立する必要はない、と。
その事で当麻と亜由美は今でもしばしば言い争う。どちらが大切かなどと当麻は両天秤にかけたくはなかった。どちらも欠けては困るもの。
亜由美はだってを数回繰り返した後、わかった、と納得した。
ほっとして当麻は抱きしめる腕の力を抜いた。
「ところでお前、五月ちゃんについているんじゃなかったのか?」
「五月ちゃんなら大丈夫。部屋に結界張ったから」
言い終えて、はっと口をつぐむ。
「お前なぁ〜。力を使うなとあれほどっ・・・」
くわっと当麻が目を見開く。
亜由美はだって、と先ほどから口癖のようになっている言葉を言う。
「あんなに怯えていたんだもの。それにずっと眠れなかったのよ。ちょっと結界を張ることぐらい別に何でもないじゃない」
そのちょっとが危ないんだ。
そう言いたいところだが、必死になって言いつくろう亜由美の姿に思わず苦笑する。
こういう姿を見ると結局のところは言いなりになってしまう。
ゆっくり息を吐いてからともかく、と念を押す。
「使ってしまったものはしかたがない。だが、今後一切、力は使うな。いいな」強く言い聞かす。何度言ってもあまり効果がないことは当麻も十分知っていたが。
うん、と素直に亜由美が頷く。
よし、と当麻は言って腕から亜由美を解放する。
「部屋まで送る」
「いいよ。別にすぐそこじゃない」
「目を離すとお前はすぐに何かしだすからな」
信用ないな、と不満そうに亜由美がつぶやく。
「観念しろ。日ごろの行いが悪いせいだ」
「別に私は・・・」
ストップ、と亜由美の唇に人指し指をあてる。
「これ以上言い争う気はない」
そう言って亜由美の手を引く。
ほんの何十歩の距離を手をつないで歩く。部屋の前までくると当麻はおやすみ、と言って亜由美の額に軽くキスをして去っていった。亜由美の心に切なさがあふれる。
当麻が一途に想ってくれるのに自分はただそれをおとなしく受け取るしかできない。気持ちを返せない。
はっきりしない自分が当麻を苦しめているのも知っていた。
迦遊羅から当麻を奪っておいて今度は当麻から離れようとしている。
確かに自分は当麻の側にいると約束した。だが、次々に振りかかる出来事にもう側にはいられないと感じていた。
いや、目の前で起こることを黙って見過ごすのができなかった。だからあえて自分から事件に首を突っ込む。それに自分が側にいるから当麻は自由になれない。自分が側にいるから当麻はいつまでも自分を忘れることが出来ないのだ。嫌い、と言ってしまえばいいのかもしれない。本当に好きならば彼が傷つくのあえてこらえるべきだとも思った。だが、自分は果たして嫌いだと言い切ってしまえるだろうか?
かつて当麻達に邪魔者だと言って切り捨てようとしたですら当麻は信じなかった。亜由美が張った結界を必死に破って側にやってきた。亜由美自身の戦いだというのに当麻は背中に自分をかばって闘ってくれた。
あれから三年。当麻への想いは深まるばかり。
で何を言っても気持ちは知られてしまう気がして何も言えなかった。
嫌い、と言ってしまえば瞳が逆のことを伝えてしまう。言葉でなんとかするのはあきらめていた。その代わり、少しづつ当麻から離れるようにしていたがそのたくらみも当麻の前では何の役にも立たなかった。離れているはずなのにいつの間にか当麻が側にいる。そしてその状態に安心している自分がいた。
離れなければならない、と強く想うのに反比例して側にいたいと想う気持ちが強まる。何かあるとこうしてすぐぐずぐずと側にいて頼ってしまう。
人の心をもてあそばないで。
いつか、迦遊羅に言われた言葉が脳裏に響く。
自分はなんてひどい人間なのだろう。
力なく廊下にしゃがみこんでひざに顔をうずめる。
嗚咽がこぼれる。
人気のない廊下で亜由美は声を押し殺して泣きつづけた。
泣いてる。
五月は人の気配にふすまを開けようとして戸惑った。
何の悩みもないように見えた彼女が泣いている。
必死に声を押し殺して。
どうしたらいいのかわからない。こんなとき兄はどうするのだろう?
作品名:あゆと当麻~真夏のファントム前編~ 作家名:綾瀬しずか