あゆと当麻~真夏のファントム前編~
五月に視線に征士が気づく。征士に近づきかけた五月の足が止まり、後ろを振り向く。亜由美は大丈夫、と言ってとんと軽く五月の背中を押す。
「あの、兄様・・・」
五月が毎夜見る夢のことを話し出す。
「お前、五月ちゃんに何をしたんだ?」
当麻が亜由美の背後から近づいて肩をちょんちょんとつついた。
「ん。五月ちゃんにお兄ちゃんに相談してごらん、って」
「彼女が自分で話そうと決めるまでなにもしなかったはずなんじゃないのか? 第一、お前が感じたことと五月ちゃんの問題とは別かもしれないじゃないか」
「だって、あんまりかわいそうだったから。あの子、ずっと怯えていたのよ」
まったく、と当麻がため息をつく。
「お前のおせっかいはほとんど病的だからな。ま、そこがいいんだけど」
亜由美の頭をくしゃくしゃ撫で回す。臆面もなく好意を表されて少々照れる。
「ちょっと、ポニーテールが崩れるじゃない」
照れながら小声で亜由美が当麻に文句を言ったその時、ナスティが驚きの声をあげた。
「黒い犬のようなもの?」
征士と伸も驚く。
まさか・・・。
「亜奴弥守?」
三人の脳裏に彼が扱う山犬が思い浮かんでいた。
「なわけないだろう?」
当麻が言葉を挟む。
「亜奴弥守は妖邪界の守りについているのだから」
当麻の言葉にナスティがそうね、と頷く。
「それでは五月ちゃんの夢はなんなのかしら?」
ナスティも伸も考え込む。妹が言いかけていたことはこのことだったのだ。
征士は妹の様子がおかしいと思ったとき、きちんと聞いてやれなかったことを悔やんだ。
「ともかく。話してくれて良かった。今後はこのような事は隠し立てせず、きちんと言うのだぞ。気の迷いと思ったことも真実かもしれないのだから」
征士が五月に語る。うん、と五月が頷く。
「よし。このことは私がなんとかするから、心配するな」
静かに微笑んで五月の髪をなでてやる。
「それでは家へ戻ろうか? 日も暮れてきた」
征士が皆を見回して言う。
一行が階段を降りるとき、当麻は今日の夕食のことを口にした。
「お前ときたら話すのは食べ物のことばかりだな」
あきれた口調で征士が切り返した。
夕食の後、当麻、伸、ナスティは征士の自室に集まった。
開口一番、征士が当麻に礼を言った。
「あゆが気づいてくれなければ、私は見逃すところだった。
妹の、五月の危機に気づかず通り過ぎるところだった」
「礼なら本人に言ってくれ。俺が気づいたわけじゃないから」
「ああ、そうする。だが、正直、兄としては情けない。
妹の行動を不審に思ったときに聞いておけば良かったのだ」征士が押し黙る。
「征士、あなたのせいではないわ」
ナスティが征士の腕に手をかける。
「あたし達だってきづかなかったし。五月ちゃんは懸命に隠していたんですもの。あゆでなければ気づかなかったはずよ。私達は今は普通の人間なのだから」
鎧は輝光帝が粉々になったときに失せてしまった。彼らはもうサムライ・トルーパーではない。普通の少年と少女なのだ。
「そうだね」
伸も頷く。
「幸か不幸か、あいつは一生鎧と共に生きていかねばならないからな」
辛そうに当麻が言う。
「こんなこと、と言っては悪いんだが・・・」
当麻が言葉を続けた。
「できれば、この件にこれ以上、あいつを関わらせたくない。俺のわがままで悪いんだが」
このまま関われば力を否応無しに使うことになるだろう。本の少し程度であっても当麻は嫌だった。亜由美はお人よしと言うかおせっかいと言うかいろんな事件に巻き込まれ、首を突っ込んできた。その結果、力を際限なしに使うことになり、そのことが彼女の体を弱めていたからだ。
「せっかく、体が元に戻りかけているんだ。できることなら力をこれ以上使わせたくはない」
「当麻の気持ちは痛いほどよくわかるよ。僕たちだってあゆは大切な仲間なんだから」
伸が慰める。
「悪りぃな」
再び、当麻が謝った。
「五月はあゆが私なら解決できると言ったそうだ。だから彼女の手を煩わせることはない」
征士も頷く。
「私、明日、早速図書館で調べてみるわ。何かわかるかもしれない」
ナスティが言う。
「すまない」
「何を言うの。征士の大事な妹さんではないの」
「僕は何をしたらいいかな?」
伸が問う。
「俺は一応、逐次刊行物をあたってみる。ナスティは文献を調べるだけで手がいっぱいだろうからな。どうせ、歴史から深層心理学まで調べるだろうから」
「私は家に何か言い伝わっていないか調べよう」
そうだな・・・、と当麻が考える。
「さしあたって、このあたりの人に黒い犬の情報がないかそれとなく聞いてくれないか。
それと俺達がいない間、征士と一緒にあゆと五月ちゃんを見ていてくれたら助かる。あの馬鹿はなにをしでかすかわからんからな」
「それ、当麻のほうがいいんじゃないの? 逐次刊行物って新聞とかの事だろう? それぐらいなら僕にもできるよ」
「いや。聞き込みは人当たりの良い伸のほうが向いているだろう」
「わかった」
伸が頷く。
「それじゃぁ。私達は戻りましょう。あんまり長く征士の部屋にいては疑問に思われてしまうわ」
そうだね、と伸も腰を浮かす。
三人が部屋を出て行く。
ナスティの後姿に征士は思わず声をかけていた。
「どうしたの?」
ナスティが舞い戻る。
当麻と伸は目配せをしてその場を去った。
「いや、当麻の手前、ああは言ったが、今の私に何ができるのだろうかと思って・・・」
自信なさげに征士がうつむく。
「できることからはじめましょう。大丈夫よ。きっと解決できるわ」
ナスティが征士の腕に手をかけて慰める。
「ありがとう。ナスティの言葉を聞いて少し安心した」
こて、とナスティの肩に額を乗せる。ナスティの髪からふわり、と柔らかな香りがする。こうしていると不安も何もかもが消えていくようだ。ナスティの存在がこれほど力になるとは思いもしなかった。こうしてことあるごとにナスティへの想いは深まっていく。
「しばらくこうしていて良いか?」
ええ、とナスティは答えて両手を彼の背中に回した。
部屋の前で伸と当麻は亜由美と出会った。
「なにかあったのか?」
当麻が聞く。
そうじゃないんだけど・・・、と亜由美が答える。
「何か私にできることはないかと思って。話そうにもナスティも伸も当麻もいないんだもの。征士のところへ行こうかと思ってたの」
やっぱりね、と伸が当麻を見て部屋に入っていく。
当麻が亜由美を人気のない廊下に連れ出す。
「この件にはこれ以上首を突っ込むな」
でも、と口を開きかけた亜由美を当麻が制する。
「お前は征士なら解決できると言ったんだろう? 自分の言ったことが信じられないか? これは俺たちで解決する。これは命令だ。この件に首を突っ込むな」
仁王立ちになって当麻が宣言する。
「なんで当麻に命令されなきゃいけないの!」
亜由美が声を荒げる。
「命令は命令だ」
きっぱり言う当麻に亜由美がむっとする。その瞬間、ふわっと空気が動いたかと思うと亜由美は当麻の手の中にいた。
搾り出すような声で当麻が言葉を続ける。
「頼むから。おとなしくしててくれ。これ以上お前に何かあったら俺の命がもたない・・・」
作品名:あゆと当麻~真夏のファントム前編~ 作家名:綾瀬しずか