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外道死すべし

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「あんた達の頭がおかしいのよ」
 彩子は言い捨てて席を立ってしまった。ほどいて下ろした黒髪は緩やかなのにきつい不思議なパーマで揺れて、肩の少し下で鎖骨を掠めて風を見せる。短いスカートはそれでもきっぱりと清潔で意志を持ち、彩子の生き方そのままのように綺麗だった。それを目で追いながら、宮城は動かない上履きの底を少しだけ上げて、もう一度下ろす。追いかけることは出来なかったし、追いかけようとも何故か思えない。教室の床はすり切れて光り、空気の中に漂うざわめきには幾多の年月を経て輪郭を失い書けている執着が入り交じっていた。
「おまえまた怒らせたのかよ、彩子のこと」
 背中を叩かれて見上げると、斜め後ろに座っている男子がニヤニヤと嫌な顔で笑いながら立っていた。わざと強調された、また、という言い方にも、卑屈に歪む視線にも、彼が宮城に抱く理由もない妬みやひがみが見え隠れしている。意味もなく敵対視されることの多い宮城はこんなことには慣れてはいたが、かと言っていちいち相手をする気にもなれなかった。曖昧に笑ってごまかし、その男を遮断して窓の外に目をやる。二時間目の休み時間だというのに、外は考えるのも鬱陶しいほどに暑そうだった。
「何したの、おまえ」
 後ろから再び声が飛んで、まだおまえいるのかよ、と言いたい声を呑み込んだ宮城は答えずに窓の外を見続けた。校庭に落ちた雲の影がゆっくりと動き、わずかばかりの生温い風を思わせる。
「なあ宮城、何したんだよ彩子に?」
「別に何もしてねーけど。聞きてえの、おまえ」
「どうせまたバカなことしたんじゃねえの?」
 形を変えた見当違いの優越感が滲むその声は、宮城の耳にざらざらした質感で響いた。こんな男の言葉に苛つく価値もないとはわかっていたが、理性とは全く別の所で反応する感情を押さえることは出来ない。宮城は窓の外から視線を引きはがして、椅子を引きながら立ち上がった。自分より身長の高いクラスメートを射抜くように見ると、彼は少し顎を引いて「何だよ」と呻くように言うので、にやりと笑ってやる。
「俺が何したか聞きてえの?」
「んだよ、そう言ってんだろ。何して怒らしたんだよ」
「セックス」
 自分の答えに、その男が開きかけた口が呆気にとられたようにだらしなく固まるのを見ながら宮城は教室を出た。彩子としたのではないということを、あの男に言ってやる必要などない。次の授業のことなど気になりもしなかった。



「やっぱここにいた」
 体育館の裏は雑草がぼうぼうと我が物顔で茂り、この時間は完全に日の光が当たらないのでひんやりと涼しい。うだるように汗を浮かせていた背中が冷やされて、宮城の血の温度が下がっていく。体育館の石段にべったりと座り込んで目を閉じていた三井は寝ているようにも見えたけれど、わずかにリズムを取るようにして膝を叩く人差し指だけが彼が起きていることを宮城に教えた。
「三年の教室いったらいないから、ここじゃないかと思ったんスよ」
 屋上でサボると日射病になる、と二人で額を付き合わせて考え出したのがここだった。七月に入ってからはもっぱらここが根城のようになっていて、理由をつけてはここに来るし、理由がなくてもそれは当然のように二人の間で決まり事になっていた。その意味について考えることを、昨日まではまるきり放棄していたのだ。宮城はそれを今となっては純粋に不思議に思う。わざと考えなかったとは思えないのに、どうしてそれを考えなかったのだろう。
 答えず、目も開けない三井の隣にいって、宮城は躊躇わずに腰を下ろした。制服の袖がわずかに触れるその距離が、妥当なのかそうではないのか正直なところよくわからない。
 二人の座っている場所から見えるのは、草むらと、それから灰色のブロック塀しかない。視界は限られていて、背後にそびえる体育館はまるで底なしの空洞のようにも思えた。宮城はゆっくりと体育館の扉にもたれて足を投げ出す。黙っていることが苦痛ではないけれど、違和感だけはどんどん肥大した。三井も同じだろうかとこっそり横目で伺うが、三井はやはり動かない。思わず、手を握りしめた。
「今日、学校来ないかと思いました」
「…何でだよ」
 ようやく聞くことので来た三井の声は、長い間黙ってでもいたのかわずかに掠れている。夏の暑さが何よりも似合うのに、去年もその前も三井はこの場所にはいなかった。そのことを思うたびに、宮城は肺が苦しくなるほどのいい知れない感情を抱く。
「昨日の、今日だし。俺のせいで来ないかと思いました」
「バカか。自惚れてんじゃねえよ」
「そういう訳じゃないですけど。ねえ、目ぇ開けてよ」
「嫌だ」
 断りながらも、三井はゆっくりと瞼を開けた。ナイフで切り裂いたようにくっきりとした目は、いつでもまっすぐに前を見ているようでいながら実は今も少し揺れる。部活の最中には絶対に見せない三井のそれを、宮城はどうしたらいいのかわからず戸惑うしかない。けれど三井の隣にいることは、それだけでさっきクラスメートのおかげで汚くささくれた宮城の神経を静めた。
「彩ちゃんにさ、」
「あん?」
「おかしいって言われた、さっき。あんた達がおかしいのよって」
 三井はぎょっとしたように宮城の方を向いた。がん、と肩が扉に当たって音が空辣に響く。
「おまえ彩子に言ったのかよ!」
 宮城はその慌てた様子に苦笑しながら、首を横に振る。すぐ側で煩いほどに鳴いていた蝉がぴたりと鳴き止み、じぃっと耳障りな音を立てて飛び立ったようだった。
「まさか。何も言ってないけど。でも何かあったのはわかったかもしんないスね。女子って勘、変なとこで鋭いじゃないスか。三井サンとは正反対」
 遠回しに鈍いと言われたことには顔をしかめ、彩子に知られていないことには安堵のため息を漏らしながら三井は力を抜いた。そのまま、宮城と同じように体育館の扉に背を預ける。
「驚かせんじゃねえよ、バカ」
「三井サンが勝手に驚いたんですよ」
 掌を握り、開く。じっとりと汗ばむ手も凍り付いた喉も、どうしてこんなに自分の言うことを聞かないのかと宮城は唇を噛む。いつもなら考えることなどしなくても滑り落ちる数限りない宮城の言葉は、三井の前では大抵意味を失ってしまう。だからと言って喋らずにいることも出来ない。
女の子には俺ってウケいいんだけどなぁ、と場違いなことをぼんやりと宮城は思った。
「ったく紛らわしい言い方すんじゃねえよ。大体彩子も彩子だ。何だよ、あんた達って。おかしいのはてめーだろ。俺を巻き込むなバーカ」
「うん、ごめん」
 宮城の静かな答えに、三井は肩すかしを食らったような表情になった。それから、自分の言葉の迂闊さに気付いたように視線を飛ばす。宮城は息の下でほんの少し笑い、三井に少しだけ体を寄せながらさっきの言葉を繰り返した。
「今日、学校来ないかと思いました」
 三井は宮城の動きに居心地悪そうにちらりと目をやったが、遠ざけることはしなかった。体育館の裏は学校の喧噪からきっぱりと切り離されて、時折こぼれる日差しも今は届かない。耳の奥に静けさが染み渡って、それよりも鮮やかな三井のため息が宮城の感覚を奪った。
「自惚れてんじゃねーよ」
作品名:外道死すべし 作家名:尾坂棚