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【弱ペダ】会えないあなた

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 勝手知ったるクラスの戸を開けて、目的の席までぶらぶらと近付く。そして、目的の席の前の席へ行くと、椅子に後ろ前に腰掛けた。そう、目的は後ろの席だからだ。当然のように寛いだ態度でぷすりと紙パックへストローを刺して、じゅる、と一口牛乳を飲む。相手は自分が目の前に来たことに気付いていない。メガネをかけた少年は、なんだか今日は少し嬉しそうな顔をしている。
「なんや、ご機嫌さんやな、小野田くん」
「あ、鳴子くん。そ、そう? そうかな」
 鳴子章吉の問いかけに、小野田坂道は教科書とノートを机に仕舞いながら、誤魔化すような勢いで話し出した。
「そう言えば、イギリスは凄い寒波だって。巻島さん元気かな。あっ、いや、きっと元気だよね。向こうでも自転車、乗ってるのかな。あっ、じゃなくて! そ、そうだ。ニュースで見たんだけど、クリスマスの演説でエリザベス女王が退位を発表するかも知れないって噂が流れて、本当かどうか賭けてるんだって。あっ、あー、こんなのどうでもいいよね……」
 慌てて巻島の話題を誤魔化すが、全てが巻島に関連している坂道の態度はバレバレと言うものだ。鳴子は牛乳をズルズルと飲みながら、軽く苦笑する。
 夏休みにインターハイが行われ、その後二学期が始まる前に巻島祐介はイギリスへ行ってしまった。坂道にとってはひどくショックな出来事だったらしく、その後暫くまともに走れなかったくらいだ。何とか立ち直った以降から、国際ニュース、しかも特にイギリス方面の情報を中心に収集しだし、今では聞かずともこうやって教えてくれる。坂道には申し訳ないが、さっぱり興味のない鳴子には右から左へ抜けていく情報だったが……。
 それだけ先輩に対して素直に、憧れて、尊敬している、と露わに出来るのは、目の前の少年だけだろう。そして、小野田のそれだけの気持ちを投げられる巻島も、確かに相当にすごい先輩だった。
「あン人のことや、きっと自転車乗ってるやろ」
 うん、と少し寂しそうな顔をして頷く。
「もうすぐ冬休みやなぁ」
 鳴子は首元に巻いたマフラーをかき寄せる。
「なんや、こっちの方が寒い気ぃするわ」
「それは牛乳を飲んでるからじゃ…」
「でっかくなるんやったら、牛乳飲まな。当たり前やろ」
 ふふん、と鳴子が鼻で笑う。
「成果が出てるようには見えねーがな」
 いつの間にか小野田のクラスに来た今泉が呆れたように言う。
「やかまし。今にお前なんかあっちゅーまに追い抜かしたる! 見下ろされて泣きなや」
 思わず今泉の言葉に言い返してしまう。
「泣かねーよ。と言うか、まずムリだろ」
 冷静な表情を崩さずに、ふん、と鼻で笑われた。その顔がもの凄くもの凄く腹立たしい。
「ムリて何や! やってみな判らんやろ。ははーん、お前ビビっとるんやな? この鳴子章吉様がムキムキでドカーンてデカくなったらどないしよ、思うとんのやろ?」
「あ、あの…。二人とも落ち着いて」
 坂道がいつものようにオロオロしながら仲裁に入ってくる。
「い、今泉くん、なんか用事あったとか? あっ、あー、もちろん用事なくても全然! と、とも…」
「なんやスカシ、サミシクなってワイらに会いに来たんですかぁ?」
「バカか。練習の伝言を伝えに来ただけだ」
 思った通り、表情は変わらないのに、もの凄く不機嫌だと判る空気でぼそりと呟く。どうしても今泉とはソリが合わない。なんのかんのとつっかかってしまう。
 坂道がまぁまぁ、と鳴子と今泉を仲裁する。
「あの、あのっ。練習の伝言て?」
「今日は各自好きなコースを走って良いそうだ」
 途端に坂道が嬉しそうな顔をした。恐らく峰ヶ山を走りに行くのだろう。一度は巻島の不在で登れなくなっていたのに、今はむしろ最後に巻島と登ったコースと言うこともあってか、裏門坂と並んで好んで走っているコースだ。一応総北高等学校、自転車競技部の練習コースはまだ他にもあるのだが……。
「坂道、山だけ練習すれば良いってワケじゃないぞ」
「あれ、僕どこ走るか言ったっけ。もしかして、口に出してた!?」
 今泉の呆れたような言葉に、坂道が慌てる。
「あの、その。けっして山だけ走ろうと思っているワケでは……。もちろん、他のコースも練習しなきゃと思ってるんだけど。って、あ! あの、思ってるだけじゃなくて、最近の自主練では、平均的に色々走ったりしてるんだよ。今は好きに走って良いって言われて、つい思い浮かべちゃったって言うか」
 あわあわと言い訳をした。言い訳をせず、ずばんと大胆に強気なことを言うこともあるのに、普段はよほど自信がないのか、見ているこちらが落ち着け、と思わず宥めなくてはならないと思ってしまうほどに言葉を重ねようとする。
「落ち着きや、小野田くん」
「落ち着け」
 今泉と図らずも言葉がピタリと重なった。
「うわ、マネすんなや。キショいわ!」
「それはこっちの台詞だ」
 互いになにを、とまたしても睨みあいになる。自分でもこんなにつっかかるなんておかしいと思うのだが、もう条件反射のようなものになっているらしい。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
 逆に坂道に宥められる始末だ。
「で、お前は何でいるんだ」
「友達のトコおったらアカンのかい」
 気勢を殺がれた今泉に即座に悪態を返して、そうだと思い出す。一つ気にかかっていたことがあったのだ。
「坂道、なんか変なこと聞いても、気にするなよ」
 今泉は鳴子の言うことに取り合わず、謎の言葉を吐く。坂道が変なこと? と首を傾げる。今泉は練習の伝言を伝えに来たのと同時に、鳴子と同じ用事で坂道の元を訪ねてきたのだ。こいつと一緒やなんて気に食わん。けど、これは小野田くんのためや。
「スカシの言う通りや。しょーもないことや。気にせんとき」
「う……、うん……?」
 坂道は全然わからない、と言う顔をしたまま頷いた。



 今泉と鳴子の言葉の謎が解けたのは、数日後のことだ。
 終業式では校長先生が年末年始への諸注意、高校生としての心構えを、最近話題になった事件を交えて長々と喋っていた。寒い体育館の中は最近やっと入れ替えたエアコンがせっせと暖かい空気を吐き出していたが、天井が高すぎるせいか生徒たちの方へは全く暖気が回って来ていない。生徒たちが寒さと退屈な話に飽きて、早く終わってくれないかなぁ、と言う無言の希望を全身から立ち昇らせていた。
 坂道は欠伸を堪えつつ、年末の日程を思い出して整理を始めた。もうすでに何度もやりつくしているのだけれど、楽しみにし過ぎてより満喫出来るようにあれこれと調整するのがここ数日の楽しみだった。