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綾瀬しずか
綾瀬しずか
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あゆと当麻~クリスマスケーキ~

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クリスマスケーキ1

2002/12/11


なぁ、と秀は傍らの伸をこづいた。
なんだい?、と伸が答える。
「あの、二人一体どうしちまったんだ?」
小声で尋ねる。
あの二人とは秀のほぼ前にいる当麻と亜由美だ。
「いつもの通りだよ」
伸がこともなげに答える。
「いつも・・って」
言って秀が絶句する。
会話の贄とされている二人は秀から見ると異常なほど仲がいい。
先ほどなど、揚げたての春巻きを口にしてやけどしそうなった亜由美を見て、
当麻がその春巻きを自分の息でさましてやっていたのだ。
この調子ではいつ、あーんと口を開けて食べ物を食べさせあうかわからない。
いくらなんでも仲間内とはいえ、そこまでいちゃつくだろうか。
秀にとっては二人の様子は劇的変化であった。
確かに昔から仲はよかった。
が、どこか亜由美が当麻を避けているふしがあった。
その癖、次々に問題に当麻を巻き込み、秀としては腹立たしかったのだ。
一度などは当麻の命さえ危ぶまれたのだ。
大事な仲間を奪われそうになった秀としては許しがたい。
そんな事で秀と亜由美は仲が悪かった。
その仲の悪さもこの夏の終わりに解決したのだが。
夏、遼の誕生日にいつものメンバーが集まった。
その後、皆、ナスティの小田原の家で合宿生活が始まったが、数日もしないうちに、亜由美は帰ると言い出し、当麻がそれに付き合ったのだ。ほっておけばいい、という秀に対して当麻は悪い、と一言言って帰ったのだ。
それから一週間とちょっとしてまた当麻と亜由美が小田原に戻ってきた。
しかも、秀の誕生日が九月で学校が始まるから今のうちにケーキでもと言って亜由美の手作りケーキを持ってきたのだ。普段、およそ料理とは縁遠い亜由美が作ったと言うだけで驚くのに、そこで      亜由美は今までの非礼を許して欲しいと秀に言ったのだ。
秀は飛びあがるほどびっくりした。
わびを入れる亜由美は頼りなさげで、今まで皆を邪険に扱ってきた様子など皆目見られなかった。
そしてほんとうに小さな、今にも消え入りそうな声で当麻を時々貸してほしいと言ったのだ。
二人は皆に語った。
亜由美が亜遊羅として動くときに当麻を巻き込んで皆が嫌でないかと率直に聞いたのだ。
当麻は巻き込まれるのではなく、自分から首を突っ込んでいるんだと言ったが。
皆、それぞれの答えを出した。
だが、共通点は亜由美が皆の元へ帰ってきてくれたことを喜ぶ声であった。
二人で考え込むのではなく、皆に相談した。
それは亜由美が築いていた壁を取り払って皆に心を開いたと言う証拠であった。
秀も別に心底嫌っていたわけではない。
わびを入れる女の子にわざわざ目くじらを立てるほど秀も心は狭くない。
二人が直面している難しい問題は秀にとってあまり理解できなかったが、少なくとも今後、亜由美が独断行動を取るつもりもなく、当麻を避け、自分達を避けるつもりがないことは理解できた。
秀はやや照れながらぶっきらぼうに仲直りしたのだ。
そのとき、泣かれて大いに困った。
なんせ、自分が答えを告げ、仲直りの握手の手を差し出したとき、ぼろぼろ泣き出したのだ。
後から聞くと自分との関係のことをかなり悩んでいたらしい。
それから当麻との仲も変わったらしい様だったが、横浜の実家にいる秀はそれをまともに目にするのが今日までなかったのだ。
「あいつらもう結婚でもしてんじゃねーの」
半ばやけになって言う。
二人ののりはもう新婚ほやほやと言ったところである。
見ているほうが恥ずかしい。
「さぁね。でも本格的に自分達で婚約したらしいよ」
言って伸は亜由美の手を見た。
つられて秀も見る。
亜由美の左手の薬指には青い小さな石がついた指輪がはまっていた。
「気付かなかったのかい? 夏の終わりに小田原へ来たときにもうはまっていたよ」
そうなのか?、と秀が驚く。
「あの夏の一週間で何かあったらしいね。今は当麻もあゆもいい顔しているし、それでいいんじゃない?」
「お前、あんなの毎日見て平気なのか?」
うんざりしたように秀が言う。
「慣れだよ。慣れ。別に喧嘩しているわけじゃないし、いいと思うよ。それにあゆの精神状態も安定したようだから」
伸は平然と言ってのける。
その時、亜由美がエビチリを食べて感涙にむせんでいるのが眼に入った。
その素直な反応にやはり秀は驚いた。
以前、彼女は気持ちを本当に押し隠していたからだ。
それを心の奥底まで察知できるのは当麻以外にいない。
何はともあれ、やはり店の料理をおいしそうに食べてもらえるのはうれしい。
今は、クリスマスパーティを秀の店でしているのだ。
クリスマスに中華はいささか変だったが、店を安く使えるし、秀も店を離れずにすむためここに決まったのだった。
感動していた亜由美が秀に声をかける。
ややびくついて秀が答える。
別に怖いわけではなかったが、また泣かれたらと思うと少し気がひけるのだった。
「このエビチリのレシピ教えてくれる?」
その頼みに純粋にうれしくなった秀は胸をドンと叩いていた。
「おうよ。いくらでも教えてやる」
ありがとう、とにこにこして亜由美が言う。
「それじゃぁ。当麻に教えてくれる? 筆記用具ないから」
おいっ、と当麻が声あげた。
「俺はお前のハードディスクじゃないぞ」
「いいじゃない。それとも・・・」
と言って亜由美はちろん、と当麻を見た。
「このおいしーぃ、エビチリが将来、我が家の食卓に並ばなくてもいいのかなぁ〜?」
「あ〜。はいはい。わかりましたよ。進んで覚えさせてもらいます」
あきらめた様子で当麻が答える。が、その顔は嫌そうではない。
その答えに亜由美は心底うれしそうな笑顔を浮かべる。
秀にはそれを見た当麻の鼻の下がやや伸びているような気がした。
当麻が秀の名を呼ぶ。
「悪いが、「後で」レシピを教えてくれ。この状態じゃ、何品か覚えなきゃいけなからな」
ああ、と秀は答える。
やっぱり、あいつ鼻の下伸ばしてやんの。
いちゃつくカップルを見るのは好かないが、当麻のすました顔が崩れるのを見るのは案外楽しかった。
後でからかえそうだ。
秀の思惑を知ってか知らずか、当麻は秀に大いにネタを提供してくれたのであった。

あゆ、と呼ばれて亜由美は我に帰った。
十メートルほど先に当麻達が歩いている。
いつの間にか足を止めている亜由美に当麻が気がついたのだ。
慌てて当麻達の方へ駆け寄る。
「ごめん。ごめん。よそ見しちゃって」
皆がまた歩き出す。ここには純、伸、秀はいない。
純とは先ほど別れ、伸は秀の家に泊まった。
馬鹿ップル三組を目にするよりは秀の弟妹と遊んでいた方が気が楽だから、と伸は言ってのけた。
「何見てたんだ?」
当麻が問う。
その答えには答えず、唐突にケーキ買ってとねだる。
当麻があきれたように言う。
「お前、さっき山ほど食ってただろうが。俺の杏仁豆腐まで食っているのに、まだ足りないのか?」
秀の店でデザートとして杏仁豆腐が出された。
プリンやヨーグルトに目がない亜由美はそれこそ世界で一番幸せといった風に食べていた。
その顔をもう少し、見ていたかったというのもあるが、その様子ではきっとあと一週間は杏仁豆腐が食べたいと言い続けると確信した当麻がわざわざ自分の分を譲ったのだった。