あゆと当麻~クリスマスケーキ~
結局、たかられるのは自分だとわかっていたからだ。それなのに今度はケーキ。
夏に気持ちを確かめ合ってからやたら出費が増えている。
別に高価なものをねだるわけではない。
が、気を許した証拠なのかケーキやらアイスやらやたら買わされる。もちろん、亜由美と迦遊羅の分も一緒に。
女の子、と言うのは摩訶不思議だ。何がそんなにケーキに走らすのだろう?
「だって。クリスマス・イブにケーキないのは変だもん。クリスマス・イブの夜は鳥さん食べて、ケーキ食べて、それから教会行くんだもん。かゆだってケーキ食べたいよね?」
斜め前で遼と歩いている迦遊羅に問う。
迦遊羅もええ、と頷く。
そしてこの半年で完成された双子の必殺技、瞳でおねだり攻撃をまともに食らった当麻はわかった、と言って降参した。
双子が歓声をあげ、手を取り合って喜んでいる。
早速、何を買ってもらうかなど口々に話す。
「女の子というのはわからん」
一人呟く当麻にナスティが声をかける。
「女の子にとって甘いものは特別なのよ。特にケーキはね」
「みたいだな」
当麻が苦笑する。
そこへ亜由美のケーキの種類を数える声が聞こえ、慌てて釘をさす。
「買うのはデコレーション一個だけ。ショートなんぞ買ったらいつもと同じだろうが。それに皆で食べるんだからな」
はーいと亜由美がしぶしぶ納得する。
その様子に安堵しながら、遼に声をかける。
「かゆの彼氏なんだからたまにはお前も出資しろ。俺はお前の分までたかれてるんだ」
その言葉に思わず遼も同情して頷いた。
再び、傍らの亜由美が足を止め、さらには横道にふらふらそれていくのに気付いた当麻は慌てて後を追う。
まったく、あいつは夢遊病か?
そう思ってつかつかと背後に近づいた当麻は思わず、動きを止めた。
その背中がぽつんと取り残された子供のようであったから。
最近はそんな感じはみせる事はなかったのに。
眉根を寄せて脇に立ち、表情を盗み見る。
亜由美は懐かしそうにそして哀しそうに見ていた。
その視線の先にあるのは暖かな光のともった小さな教会。
そこから人々が出てくる。その中には小学生ぐらいの子供が大勢混じっている。
ふっと我に返った亜由美は当麻が黙って立っているのに気付いた。
「ごめん。ごめん。またよそ見しちゃって」
謝って元の道に戻ろうとする。
「もう一回、ミサあるかな?」
その言葉に亜由美は振りかえった。
「ほら、普通は夜中にするんだろう? クリスマスのミサは」
そう言う当麻に亜由美が首をかしげる。
「さぁ? 私が行っている教会じゃないからわからないけど・・・?」
どうしたのだろう? と亜由美はいぶかしげに小首をかしげる。
「俺、ちょっと聞いてくる」
それだけ言うと当麻は教会の中に消えた。
二人がいないのに気付いた皆がやってくる。
だが、そこに亜由美はいても当麻がいない。
その答えに亜由美はあそこ、と言って教会を指差した。
ものの数分もしないうちに当麻が戻ってきた。
「やっぱ、12時にもう一回あるってさ。どうせなら寄り道でもしていくか」
その言葉に亜由美が驚く。
「寄り道って・・・皆と別行動なんてしていいの? それに12時まであと二時間近くあるよ?」
その亜由美の頭をくしゃくしゃ当麻が撫でまわす。
「そこらへんでぶらついていたらいいし、中で待っていてもいいと神父さんが言っていた。それに、たまには自分ん家の宗教を尊重しろ。・・・ということで俺たち、ちょっと寄り道していくわ」
当麻ははじめ亜由美に言い、最後は皆に言った。
亜由美が首を振る。
「だめだって。皆と一緒にいられる最後のクリスマスだよ。私と当麻だけ二人っきりと言うのは皆に申し訳ない」
そう、来年には実家に戻ることになっている。
保護者役の当麻が京大を受験することになり、必然的に亜由美と迦遊羅の東京生活も幕を下ろすのだ。嫌だと言っても許してもらえなかった。それに、亜由美とてようやく両思いになったのに関東と関西に別れたくはなかった。だから今夜が皆とずっといられる最後のクリスマス。
あゆ、と当麻が名を呼ぶ。
「お前、さっき自分の過去を失ったとでも思っていたろう? そうじゃないっていうことをこの際確認しておけ」
その言葉に亜由美が言葉を失う。
どうして、この人は考えていることがすぐにわかってしまうんだろう。
切なくなる。
当麻の言う通り、暖かな光がともる教会を見て、かつてただの幼い子供だった過去を思い出していた。
でも、それは亜由美の思い出であゆの思い出ではない。
というかもう自分はあの頃の無邪気な何も知らない子供ではいられない。
そんな思いがして過去を失ってしまったような気がしていたのだ。
「俺と二人じゃ嫌か?」
その問いにぶんぶん首を振る。
「じゃ、決定」
当麻が笑う。
この人には永遠にかなわない。
諦めとうれしさの混じる思いがこみ上げる。
でも、とやはり気後れしてしまう。
二人きりになりたいのはきっと他の皆だって山々だろう。
自分だけ特別に扱ってもらうわけにはいかない。
そんな亜由美の姿に迦遊羅が声をかける。
「もし、よければ私もご一緒していいかしら?」
亜由美がはっと視線を向ける。
「だって、家がキリスト教だと聞いても姉様、一度も教会など連れていってくださいませんでしたから。この際、私も勉強したいと思うのですけれど」
その言葉に亜由美は戸惑う。
そうか、と当麻が笑う。
「この際、かゆも実体験しておいたほうがいいな。と言うことは遼も付き合え」
俺も?、と遼が聞きかえす。
「お前、曲がりなりにも今日は世界中の恋人達が待ちに待ったクリスマス・イブなんだぞ。恋人を兄弟に預けて放っておくやつがいるか」
その答えにそっか、と遼が納得する。
「ねぇ、あたしも一緒していいかしら? 久しぶりに教会に行ってみたいわ」
ナスティも言い出す。
「そう言えば、ナスティもクリスチャンだったか。じゃぁ、皆で参加決定だな」
征士はすでにナスティの付録として当麻は数えていた。
征士にとっては失礼極まりない。
亜由美が頼りなげに当麻を見る。
「ほら。皆、一緒だから遠慮するな」
皆の気遣いに亜由美は誰にも見えないように涙ぐんだ。
小一時間ほどぶらついて、教会に入る。
まだ、人はあまり集まっていない。
聖堂の椅子に腰掛けながら待つ。
亜由美はいつになく饒舌になった。
昔の事を話し出す。
小さいとき、クリスマス・イブの夜、夢うつつに鈴の音を聞いて本当にサンタクロースがいると信じたが、実際は父親が鈴を片手にやってきたのだと話す。
そんな話を皮切りにクリスマスの思い出を語り出す。
「私、これでもマリア様をやったことあるんだよ」
その言葉に当麻が噴出した。
「お前が聖母マリアだと? えらいミスキャストだな。エルサレムの町を駆けずりまわっているガキの間違いじゃないのか?」
「なんでそんな役が聖劇に必要なのよ。私のデビューは東方三博士の一人だったんだからね。天使だってしてるし、大天使ミカエルもやったんだから」
「どれも似合わない」
当麻がくつくつ笑う。
ひどい、と言って亜由美は頬を膨らませた。
キャンドルサービスからクリスマスのミサは始まる。
暗闇の中、火が灯った蝋燭を持って神父たちが教会堂に入ってくるのを迎える。
作品名:あゆと当麻~クリスマスケーキ~ 作家名:綾瀬しずか