二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

浮かれて飛んで世界は終わる

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
 ああ、俺は負けるのだなと思った。
 それは今考えればおかしな話で、負けようにも勝負ではないのだから、負けも勝ちもあるはずがない。それなのにまるで焼き付けたように皮膚から差し込まれた感覚の全てが、負けることを俺に伝えた。
 俺は、どうしようもなく立ち尽くしていて、坂の上は夕日で真っ赤に染まっていた。


 刀を鞘に収めてふと顔を上げると、ただそこにへらりと立っていた。唐突すぎる。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないの」
「嫌そうな顔じゃねえよ。嫌な顔してんだ」
「相変わらず愛情表現が下手ね、多串君てば。そんなんだからグッピーもなつかねんだよ」
「金魚じゃなかったのかよ」
「俺過去にはこだわらないんだよねー」
「…ここで未来も無くしてやろうか、てめぇ」
「あー悪い。断る。俺明日予定あんだわ」
「どうせろくでもねえ予定だろ」
「バッカ。月曜だぜ?死ぬより大事な日だっつの」
「何だよ」
「ジャンプ」
 殺してえ、と呟くと、こんだけ殺っといて?と笑われた。足下に積み上がった幾人もの体を銀時のブーツのつま先がつつく。
「殺してねえよ」
「ふうん?」
「二人しか」
「それ殺したって言うんだよ、バカですか」
 銀時は笑いながら言って、子供のようにしゃがみ込んだ。そのまま足下の体の腕を持ち上げて、俺に向かって振ってみせる。
「コンバンワ。ゲンキ?」
「笑えねー。前から思ってたけど、お前趣味悪ィよな」
「失礼な。これ死んでンの?」
「いや、そいつは気絶してるだけだろ」
「でも脈無い」
「じゃあ死んでんだろ」
 投げやりだなおい、と非難がましく呟かれたが聞こえないふりをした。お互い様だろが。
ポケットから煙草を引っ張り出してくわえると、舌の上でじわりと煙草の味とは違う何かが広がって気持ちが悪い。昼と夜をつなぐこの時間は影ばかり濃くて、その味にしかめた俺の表情を隠した。すぐそこに手を伸ばせば何か得体の知れない秘密に触れそうなほど、夕闇はどんよりと境界をかき消している。
火を点けようと反対のポケットを探ったが、指に当たる物は何もなかった。どうやら戦っている最中に落としたらしい。ついていない。何がついてないって、ここでこいつに会ったことだろうが、まぁ。
「おら。被疑者勝手にいじってんじゃねえよ」
 銀時の背中を軽く蹴り飛ばすと、まるで立たせてくれとでもいうように左手を差し出すので、ついでとばかりにそれも蹴り飛ばしてやった。
 そういう触れ方を、まるでこいつはすべて謀ってやっているようでもあったし、何も考えていないようでもあって、どうしてか苛ついた。正直俺はこいつのそういうところも嫌いだ。右手は開けて、いつでも抜刀出来るように絶対に左手しか差し出さないところも。
夕暮れの切り立つ影に、こいつの意図が隠れている。隠れているふりをしている?
「そんな目ぇしちゃって」
「あん?」
「べっつに」
「なんだそれ。どんな目だよ」
「いつもと変わらねえからさ」
「じゃあいいじゃねえか」
「うーん」
 膝に手をついて、ゆっくりと銀時は立ち上がった。さして変わらない身長の体躯が夕日を遮って、俺の目の前に影が落とされる。懐に入れられた右手は、飛び出す瞬間を待つようにきっと握られているのだと思った。覗き込まれるが、逆光で銀時の表情は見えなかった。口元だけが足下の死体だか人間だかの持っていた刀の照り返しに当たり、奇妙な白い斑点を作っている。
「んだよ」
「ほんといつもと変わらないのな、土方」
「で?」
「いや、お揃いだと思って」
「誰と」
「俺と」
「…意味わかんねーよ」
「またまた、そんな」
 銀時の左手が伸ばされて、俺の刀の鞘に触れた。ぐしゃりと音がしたように聞こえたが、それは踏み出された銀時の足が、俺の斬った人間の何かを踏みつけたからだ。俺は、罪を罪とは思わないし、それにこれは罪ではない。足下に積み重なるのはただの結果で、血の臭いすら煙草のそれにも敵わない。
 確信を揺らがせるのは人を斬った感触ではなかった。それは。
「触るな」
「怖い?」
「馬鹿か、てめえ。俺の商売道具に触るんじゃねえよ」
「商売道具?」
「生きるためのな。てめえにゃ関係ねえ」
 容赦ねえのな、と銀時が笑うのが息でわかる。夕日はさらに傾いて、銀時の肩の向こうでもっともっと赤く影を突き刺していた。遠くでパトカーのサイレンが響いている。俺が呼んだ部隊だろうかと、他人事のように思った。火を点けないままくわえていた煙草のフィルターが、重く湿り始めるのがわかる。
 ゆっくりと鞘から這い上がった銀時の指が、俺の右手をきつく掴んだ。
「触るな」
「ん?これも商売道具?」
「斬られたいのかてめえ」
 言い終わらない内に、まるで赤を切り裂くようにして空気がひゅう、と音を立てた。前髪が閃光のように閃いたそれに流されて、夕日を反射して目に突き刺さった。同時に首につめたい木刀の切っ先がぴたりと当てられると、押し込まれた喉仏に空気が逆流するような衝撃が走って、吐き気がこみ上げる。木刀が抜かれた瞬間に反射的に動かなければいけないはずだった俺の右手は銀時に掴まれて、何の役にも立たずに体の横にぶら下がるだけだった。
「はい、これで多串君、葬式一回」
 これ以上はないというくらいに冷たく張りつめた緊張は、その一言であっという間にほどけた。俺は言葉を発せない。横面を張り倒されたような屈辱と、得体の知れない感情が体の中で渦巻いて、掴まれたままの右手が焼けついた。
「てめぇ」
 ようやく俺の喉から出た一言は知らない声をしている。頭の芯が煮えくりかえるようだった。
「んな顔してもさ。こんな時でも、ほんと同じ目なのな、お前」
「ふざけてんじゃねえぞ、こら。殺す」
「できるならどうぞ」
「離せ」
「はいはい」
 解放された俺の右手は、まるで言うことをきかない。ぎこちなく刀の柄を握ると、さっきまでこれで人を斬っていたことがにわかには実感として届かなかった。
「怒ってんの」
「怒ってねえ。殺意抱いてんだ」
「あー、まぁ、今日はもういいじゃん?こんだけ殺ったんだしね」
「人数制限ねえよ」
「知ってるけどさ」
「もうてめー消えろ」
「俺、お前好きだよ」
 唐突な銀時の言葉に一瞬言葉を失って、負けるかもしれないと、どこかで思った。どうしてかはわからない。
「お前好きだよ。今思ったわ。いつか死ぬなら、俺お前になら斬られてもいーわ。それか、お前死ぬなら、俺が斬ってやるくらいに、好きだよ」
「…殺すぞ、てめえ」
「多串君にできるならね」
言 いながら銀時は、俺の額に手を当てて前髪を掻き分ける仕草をする。動けないのは、その手が右手だったからだ。真っ正面から目が合って、俺は確かにそこに、見てはいけない何かを見たようだった。
「好きだよ、俺、お前のこと」
ああ、俺はこいつに、負ける。
 不意に手が引かれ、銀時は一歩俺から距離を取った。その途端音が戻ってきて、俺は自分が銀時の声しか聞こえていなかったことに今更気がつく。サイレンが近い。
 見たと思った何かはすでに坂の上から姿を消して、あるのは死体と気絶した体と、銀時と迫る夕闇。へらりと笑った銀時には、さっきまでその体を覆っていたものの名残さえ見えなかった。