絆 【DOD カイアン】
屋外だというのに、血の匂いが充満していると感じるのは、些か不思議な感覚といえるのだろう。しかし、今この地で起きている状態を表現するには、それが一番相応しいように思ってしまう。
地面を多い尽くすかのようにして横たわる多数の死体に、川が流れるようにして広がる多量の血液。地獄という言葉を当てはめることも出来るのだろうが、それよりももっと生々しい、狂気にも似た何かをその光景からは感じ取ることが出来た。
世の安定を維持するため、封印と呼ばれる術式を施された世界。その封印を巡って、帝国と連合軍という二つの大きな勢力が、長く争いを続けてきていた。帝国は封印の崩壊によって世界に破壊と再生をもたらすことを目的として、連合軍はそうした帝国の動きを阻止することを目的として。
互いに反する目的を掲げ、剣を交えてから一体どれくらいの年月が経っているのか、それを正確に把握している人物はどれほどいるのか。それくらい長く続いている戦いの果て、遂に帝国は女神の城と呼ばれる地にまで攻め入ることに成功した。
世界を安定させるためには四つの封印を維持する必要があり、内三つは海や砂漠といった場所に施され、残された一つの封印は、女神と呼ばれる女性の身体に施されている。そして、その女神の住まう場所として用意された城こそ、女神の城と呼ばれるこの場所だった。
帝国の兵士は瞳を赤く輝かせ、恐れるものなど何も無いというかのように剣を振るい、その刃を連合軍の兵士の血で赤く染めていく。
帝国に属する者たちは皆、天使の教会という宗教団体の信者であり、瞳が赤く染まっているという特徴があった。本来なら赤く染まることの無い瞳が赤く染まるというその光景は、戦場というこの場において酷く恐ろしい姿として瞳に映し出されてしまう。そして、そんな相手を前に幾度刃を交えようと、恐ろしさから気持ちが一歩引いてしまえば力の面でも差が現れるのは当然のことで、戦況においての優劣は目に見えて明らかなものとなってしまっていた。
城を守っていた兵たちも倒され、今や城内への帝国兵の侵入すら許してしまっているような今の状態。
そんな中、女神の城の中庭で、一人の男が傷つき鎖に繋がれた一頭のドラゴンを前にして刃を振り上げていた。
男の名はカイムと言い、女神と呼ばれる封印を施された女性の兄であると同時に、そんな妹を守るために連合軍に身を投じる兵の一人でもあった。
カイムは、鎖に繋がれ飛び立つことも出来ずにいるドラゴンを前にして、ある取引を持ちかける。このまま命を枯らせて朽ち果てるか、それとも、自分と契約を交わして生き永らえることを選ぶか、と。
人間とそれ以外の種族の者とが、互いの心臓を交換することで成立する契約。それは、契約を交わしたもの同士が運命を共にすることを意味しており、片方が死を迎えれば、もう片方も否応なしに命を落とすというものだった。
契約を結んだ人間は、身体機能を一つ失う代わりに、契約を交わした相手が有している力を手に入れることが出来る。そしてその身体は通常の人間とは違い強靭なものとなり、本来なら人が使うことの出来ない魔の力を使うことが出来るようになるのだった。
そんな取引を持ちかけている間、カイムの身体から流れ落ちる血が、地面へと赤い広がりを作っていく。度重なる戦いで傷を負ったカイムの身体は、最早立っているのさえやっとというような状態だったのだ。
だが、今ここで倒れるわけにはいかない。そんなことになれば、唯一の肉親である妹、フリアエを一体誰が守っていくのか。それに、カイムには果たさなければいけないもう一つの想いがあったのだ。
今から五年前、帝国の黒きドラゴンにより、カイムは両親を失った。そのときから胸に抱いていた復讐心は、五年経った今でも褪せることは無い。連合軍に身を投じながら、復讐を果たせるその時を、今か、今かと待ち続けていたのだ。それなのに、復讐を果たすことも出来ぬうちに息絶えることなど出来るはずが無い。
そうした二つの想いから、カイムはドラゴンへと取引を持ちかけた。
ドラゴンにとって、人間という存在は下等な生き物という認識でしかないのだろう。だから、本来ならこうした一方的な状態での契約というのは酷く不本意なものであり、屈辱的でさえあるのかもしれない。
だが赤きドラゴンは、そんなカイムの言葉に良いだろうと言葉を返すと、自身の心臓を差し出し契約を結ぶことを了承した。
ドラゴンのような種族は、元より人間の持つ負の感情に惹かれる性質がある。そして赤きドラゴンは、両親の死をきっかけにカイルが長く抱き続けていた復讐心、そして生に執着する醜い感情に強く惹かれてしまったのだ。
それが、二人が命を共にすることになったきっかけだった。
初めの内は、契約を結んでいるものの、互いに進んで関心を向けるようなことは無かった。カイルはいつの日か訪れる復讐の日まで生き延び、手に入れた力で本懐を遂げる為に。そしてドラゴンは、人間という自分達にとっては下等としか思えぬ種族の持つ負の感情に惹かれたという、ただそれだけの理由の為に共に居るというだけ。
それがいつしか、戦場を共に駆けることで信頼という感情を持ち始めたことにより、二人の関係が急速に変わり始めていった。
契約の代償として声を失ったカイムは、もう二度と、誰とも声で言葉を交わすことが出来ない。しかし、契約者のみが使える思念のような声を用いて、自分が契約を交わした相手、または自分以外の契約者となら言葉を交わすことが出来、その力を使って赤きドラゴンとは言葉を交わすことが出来ていた。
声を失くした世界で、自分の声を聞き、答え、命を共にする存在。そうした存在である赤きドラゴンにカイムは心を開いていき、ドラゴンもまた、カイムという存在をただの下等な人間としてではなく、カイムという一人の人物として見るようになっていた。
時には、狂乱に支配されるようにして剣を振り回すカイムに叱咤を飛ばし、戦いの最中であろうと何かあればすかさず声を投げかける。復讐心から周りが見えなくなるカイムを心配し、励まし、共に戦ってきてくれた赤きドラゴン。激化する戦いの最中、女神に選ばれてしまったが為に妹であるフリアエが命を落としたときも、カイムの心の支えとなってくれたのは他ならぬ赤きドラゴンだった。
戦争を終わらせる為に、世界の崩壊を防ぐ為に、幾度も剣を振るい続けてきたカイムと赤きドラゴン。そして帝国兵が所属する宗教団体、天使の教会の司教を倒したことで、長く続いた戦争は終わりを告げることとなった。
しかし、戦力を増した帝国によって三つの場所に施された封印も壊され、最後の封印であった女神も命を落とし、このままでは世界は崩壊の一途を辿ってしまうことになる。なんとか崩壊を防ぐためには、新たな女神を選定し、再び封印を施す以外に道は無いだろう。
一刻も早く、女神となる人物を探し出さなければいけない。女神を選定する権限を持つ神官長と共にそうしたことを考えていたとき、赤きドラゴンが自らを封印に使えば良いと、人間にその身を差し出した。
いや、正確には人間にではないだろう。
地面を多い尽くすかのようにして横たわる多数の死体に、川が流れるようにして広がる多量の血液。地獄という言葉を当てはめることも出来るのだろうが、それよりももっと生々しい、狂気にも似た何かをその光景からは感じ取ることが出来た。
世の安定を維持するため、封印と呼ばれる術式を施された世界。その封印を巡って、帝国と連合軍という二つの大きな勢力が、長く争いを続けてきていた。帝国は封印の崩壊によって世界に破壊と再生をもたらすことを目的として、連合軍はそうした帝国の動きを阻止することを目的として。
互いに反する目的を掲げ、剣を交えてから一体どれくらいの年月が経っているのか、それを正確に把握している人物はどれほどいるのか。それくらい長く続いている戦いの果て、遂に帝国は女神の城と呼ばれる地にまで攻め入ることに成功した。
世界を安定させるためには四つの封印を維持する必要があり、内三つは海や砂漠といった場所に施され、残された一つの封印は、女神と呼ばれる女性の身体に施されている。そして、その女神の住まう場所として用意された城こそ、女神の城と呼ばれるこの場所だった。
帝国の兵士は瞳を赤く輝かせ、恐れるものなど何も無いというかのように剣を振るい、その刃を連合軍の兵士の血で赤く染めていく。
帝国に属する者たちは皆、天使の教会という宗教団体の信者であり、瞳が赤く染まっているという特徴があった。本来なら赤く染まることの無い瞳が赤く染まるというその光景は、戦場というこの場において酷く恐ろしい姿として瞳に映し出されてしまう。そして、そんな相手を前に幾度刃を交えようと、恐ろしさから気持ちが一歩引いてしまえば力の面でも差が現れるのは当然のことで、戦況においての優劣は目に見えて明らかなものとなってしまっていた。
城を守っていた兵たちも倒され、今や城内への帝国兵の侵入すら許してしまっているような今の状態。
そんな中、女神の城の中庭で、一人の男が傷つき鎖に繋がれた一頭のドラゴンを前にして刃を振り上げていた。
男の名はカイムと言い、女神と呼ばれる封印を施された女性の兄であると同時に、そんな妹を守るために連合軍に身を投じる兵の一人でもあった。
カイムは、鎖に繋がれ飛び立つことも出来ずにいるドラゴンを前にして、ある取引を持ちかける。このまま命を枯らせて朽ち果てるか、それとも、自分と契約を交わして生き永らえることを選ぶか、と。
人間とそれ以外の種族の者とが、互いの心臓を交換することで成立する契約。それは、契約を交わしたもの同士が運命を共にすることを意味しており、片方が死を迎えれば、もう片方も否応なしに命を落とすというものだった。
契約を結んだ人間は、身体機能を一つ失う代わりに、契約を交わした相手が有している力を手に入れることが出来る。そしてその身体は通常の人間とは違い強靭なものとなり、本来なら人が使うことの出来ない魔の力を使うことが出来るようになるのだった。
そんな取引を持ちかけている間、カイムの身体から流れ落ちる血が、地面へと赤い広がりを作っていく。度重なる戦いで傷を負ったカイムの身体は、最早立っているのさえやっとというような状態だったのだ。
だが、今ここで倒れるわけにはいかない。そんなことになれば、唯一の肉親である妹、フリアエを一体誰が守っていくのか。それに、カイムには果たさなければいけないもう一つの想いがあったのだ。
今から五年前、帝国の黒きドラゴンにより、カイムは両親を失った。そのときから胸に抱いていた復讐心は、五年経った今でも褪せることは無い。連合軍に身を投じながら、復讐を果たせるその時を、今か、今かと待ち続けていたのだ。それなのに、復讐を果たすことも出来ぬうちに息絶えることなど出来るはずが無い。
そうした二つの想いから、カイムはドラゴンへと取引を持ちかけた。
ドラゴンにとって、人間という存在は下等な生き物という認識でしかないのだろう。だから、本来ならこうした一方的な状態での契約というのは酷く不本意なものであり、屈辱的でさえあるのかもしれない。
だが赤きドラゴンは、そんなカイムの言葉に良いだろうと言葉を返すと、自身の心臓を差し出し契約を結ぶことを了承した。
ドラゴンのような種族は、元より人間の持つ負の感情に惹かれる性質がある。そして赤きドラゴンは、両親の死をきっかけにカイルが長く抱き続けていた復讐心、そして生に執着する醜い感情に強く惹かれてしまったのだ。
それが、二人が命を共にすることになったきっかけだった。
初めの内は、契約を結んでいるものの、互いに進んで関心を向けるようなことは無かった。カイルはいつの日か訪れる復讐の日まで生き延び、手に入れた力で本懐を遂げる為に。そしてドラゴンは、人間という自分達にとっては下等としか思えぬ種族の持つ負の感情に惹かれたという、ただそれだけの理由の為に共に居るというだけ。
それがいつしか、戦場を共に駆けることで信頼という感情を持ち始めたことにより、二人の関係が急速に変わり始めていった。
契約の代償として声を失ったカイムは、もう二度と、誰とも声で言葉を交わすことが出来ない。しかし、契約者のみが使える思念のような声を用いて、自分が契約を交わした相手、または自分以外の契約者となら言葉を交わすことが出来、その力を使って赤きドラゴンとは言葉を交わすことが出来ていた。
声を失くした世界で、自分の声を聞き、答え、命を共にする存在。そうした存在である赤きドラゴンにカイムは心を開いていき、ドラゴンもまた、カイムという存在をただの下等な人間としてではなく、カイムという一人の人物として見るようになっていた。
時には、狂乱に支配されるようにして剣を振り回すカイムに叱咤を飛ばし、戦いの最中であろうと何かあればすかさず声を投げかける。復讐心から周りが見えなくなるカイムを心配し、励まし、共に戦ってきてくれた赤きドラゴン。激化する戦いの最中、女神に選ばれてしまったが為に妹であるフリアエが命を落としたときも、カイムの心の支えとなってくれたのは他ならぬ赤きドラゴンだった。
戦争を終わらせる為に、世界の崩壊を防ぐ為に、幾度も剣を振るい続けてきたカイムと赤きドラゴン。そして帝国兵が所属する宗教団体、天使の教会の司教を倒したことで、長く続いた戦争は終わりを告げることとなった。
しかし、戦力を増した帝国によって三つの場所に施された封印も壊され、最後の封印であった女神も命を落とし、このままでは世界は崩壊の一途を辿ってしまうことになる。なんとか崩壊を防ぐためには、新たな女神を選定し、再び封印を施す以外に道は無いだろう。
一刻も早く、女神となる人物を探し出さなければいけない。女神を選定する権限を持つ神官長と共にそうしたことを考えていたとき、赤きドラゴンが自らを封印に使えば良いと、人間にその身を差し出した。
いや、正確には人間にではないだろう。
作品名:絆 【DOD カイアン】 作家名:みー