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絆 【DOD カイアン】

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 赤きドラゴンは、初めて信頼を寄せることの出来たカイムの為だけに、その身を捧げ出したのだ。世界の崩壊は即ち、カイムが生きる世界が消え去るということ。そうなってしまって、大切な者を守る為にと剣を振るったこと全てが、無意味なものになってしまう。
 そんなこと、今の赤きドラゴンには耐え難いことだった。
 人間などどうなろうと知れたことではない、と口にしていた赤きドラゴンが、一人の人間の為にその身を捧げる。劣等種は滅ぼすよう本能的に刷り込まれているドラゴンがそんなことをするのは、内に刻まれた血の記憶に反する行為かもしれない。
 だが、カイムの為にと想う気持ちがドラゴンの血の記憶を上回り、自らが犠牲になることを申し出たのだ。
 当然、カイムはそうした赤きドラゴンの申し出に酷く驚き、何故だと声を掛ける。だが、赤きドラゴンは穏やかに微笑むようにして瞳を細めるだけで、それ以上何も言葉を告げることは無かった。
 そして、神官長の手によってその身に封印の刻印が刻まれたとき、痛みに声を震わせながらも、赤きドラゴンが首筋にしがみ付き涙を流しているカイムへと向かい声を掛ける。

 アンヘル。それが、自身の名である、と。

 気位の高いドラゴンが、人間風情に名を明かすことなど本来はありえないこと。だからこのとき、赤きドラゴンは自身の名前を初めて人へと告げたことになる。
 その言葉を聞いたカイムは、思わずアンヘルから顔を背け、悔しげに唇を噛み締めた。
 封印を施さなければ、世界は崩壊し人の住める土地では無くなってしまう。多くの人が死に絶え、生き物すら消え去った死の土地となることだろう。
 そんなことはわかっているのに、それでも、何故アンヘルが犠牲とならなければいけないのかと考えてしまう。
 自分と出会わなければ、契約を結ばなければ、アンヘルがこの戦争に深く関わることはなかったかもしれない。これからも大空を高く舞い、ドラゴンの誇りを保ったままで生き続けていられたかもしれない。
 だが、アンヘルの力が無ければきっと、この戦争を終わらせることは出来なかっただろう。フリアエを攫われ、助けに行くことも出来ぬままに、志半ばで死に絶える。人間という小さな力しか持たぬ身では、幾ら頑張ったところで限界があるのだ。契約によって強靭な身体と力を得たからこそ、戦争の終わりをこの目で見ることが出来た。
 何が正しく、何が間違っていたのか。それすらもわからず、カイムは噛み締めていた唇へと更に強く力を込める。
 そして不意に、カイムの瞳から一滴の涙が頬を伝って零れ落ちた。度重なる戦いの最中、親友が消え去り、妹が息を引き取ったときでさえ涙を流さなかったカイム。いや、流すことの出来なかったカイムが、ようやく流すことの出来た涙。その中でも一際大きな一滴が、頬を伝って落ちていく。
 そんなカイムの姿を瞳に焼き付けるようにして、アンヘルが僅かに瞳を細めて息を漏らした。
 下等なる存在である人間の中で、たった一人、命を共有する存在であるカイム。復讐という果ての無いものの為に己を殺し、手を血で染め、その身の内に負の感情を滾らせた哀れな男。それでも、アンヘルにとってカイムは、酷く大切な存在であった。
 ドラゴンといえど、恐れる者が何も居ないというわけではない。この戦争の中でも、聖なるドラゴンと呼ばれる存在を前にし、その身を恐怖に震わせたこともあった程だ。そして、もう戦うことなど出来ないと心が折れかけたとき、大丈夫だと言う様にしてそっと鼻面を撫で、共に恐れる存在へと立ち向かってくれたのは、他ならぬカイムだった。
 元より寡黙である為に口数は少ないが、それ故に、掛けられる声は酷くわかり易いものばかり。契約を交わしたばかりの頃は、ただ先に進むことばかりを考えているのか、気遣いの言葉一つ掛けられることは無かった。
 それが次第に、傷を負えば心配をし、励まし、些細なことでも言葉を掛けるようになってくる。無関心であったはずのアンヘルへと心を開いていく、その様を感じ取ることが出来るようになっていた。
 そして、そんなカイムの様子を感じ取りながらアンヘルもまた、カイムへと心を開いていく。ただの契約者から信頼を寄せる友人に、そして、気付けばそれ以上の存在へとカイムという一人の人間へと向ける感情が変化していく。
 そうした心境の変化を不思議だと思いながらも、アンヘルが涙を流すカイムから顔を背け、空高く首を伸ばしていく。
 誇り高きドラゴンの末路が、人間の為に身を捧げることだなど、馬鹿げた話なのかも知れない。しかしアンヘルは、自らが封印となることを決めたその決断を後悔することなど無かった。
 これからもカイムが、この地で生き続けていくことが出来るなら、自分が守ったこの世界に存在し続けることが出来るのなら。それだけで、アンヘルは幸せだった。

 世界を安定させる為の封印が、一体いつ頃から必要とされるようになったのか。人間同士の争いが、初めは何をきっかけとして始まったことなのか。そうしたことを全て理解し、説明をすることの出来る人間など、この世には一人も居ないだろう。
 当時を知るものなど居るはずもなく、長きを生きる種族のもの達でさえ、そんなことを知るものなど残っているわけは無いはずだ。もしかすると過去にも、今回のように封印を破壊しようとする戦いが起こったことがあったのかもしれない。そしてその為に、多くの者たちが犠牲になるということも。
 それでもこの地に生きる者たちは、平和の為にと争い血を流し、多くの犠牲を払いながらも封印を守り続ける。これから先、この地に生きる者たちが存在する限りずっと。

 そして今、アンヘルがその身を犠牲にしたことにより、崩壊しかけた世界に再び平和な世が訪れたのだった。

 月日は流れ、戦争終結後から幾年かの月日が経ったある日のこと。両親を殺されたことで生まれた激しい負の感情がやっとのことで薄れ始めてきた頃に、再びカイムの中で激しい怒りの感情が渦巻き始めていた。
 人の為にとその身を犠牲にしたアンヘルが、人の手によって深く傷つけられている。そのことを知ってしまったからだ。
 女神として選出された者は皆、幽閉に近い形で女神の城に閉じ込められる。代理とはいえアンヘルも例外ではなく、女神の城で他人と会うことも許されぬ状態を強いられていた。
 その為に、カイムは契約者と言えどもアンヘルと会うことが許されず、今一体どんな状態で居るのかということを、声を用いて感じ取るのみ。そしてその声の様子から、離れ離れとなっている寂しさを埋めることが出来ていた。
 だがあるとき、その声が唐突に聞こえなくなってしまったのだ。何度呼びかけても返ってくる声は無く、日が経とうと息遣いさえ聞こえて来ることは無い。
 後に知ったことだが、アンヘルの声を感じることが出来なくなった原因は、女神を守護する神官長であり、アンヘルへと封印を施した男にあるということがわかった。
 本来、人間の女性から選出されることになっていた女神という役割。それを、ドラゴンであるアンヘルが請け負ったことから、神官長の中で小さな恐怖が生まれていたのだ。
作品名:絆 【DOD カイアン】 作家名:みー