no title
「全部わかってて、気づいてないふりをしてるんじゃないの」
ほぼ断定するように言うと、黒尾はベッドに顔を埋めたまま、くぐもった声で小さくぼやいた。
「そうなのかなー……」
「俺に訊かないでよ」
ようやく腕の力が緩んだので、孤爪は黒尾の体を押し退けて、ベッドから立ち上がる。
黒尾はごろりと寝返りを打ち、仰向けになって孤爪を見上げた。その顔には、普段の彼があまり見せることのない、やわらかな笑みが浮かんでいて、その事実に、孤爪は心のどこかでホッとする。
「とにかく、用は済んだし、もう帰るから」
「答えは訊かなくていいのか?」
黒尾が言っているのは、話のはじめに孤爪が投げかけた問いのことだろう。自分が言ったことなのに、すっかり忘れていた。
「……いいよ。知りたかったのは、答えそのものじゃないから」
「ふうん?」
持ってきたゲーム機を拾って、孤爪が部屋の扉に手をかける。だが、部屋の外に一歩踏み出したところで、いつの間にか背後に立っていた黒尾に呼び止められた。
「待てよ、研磨。せっかくだし、ウチで飯食ってけよ」
「え、いいよ。帰るし」
「今夜はシチューだって言ってたぜ。お前好きだろ」
「嫌いじゃない、けど……」
とっさに正直に答えかけたところで、黒尾は言質を取ったと言わんばかりに、にいっと笑みを浮かべた。
「じゃあ決まりな。かーさん! 研磨、夕飯食って帰るから!」
すかさず階下の母親に向けて大声で言う辺りが、抜け目ない。台所にいた黒尾の母親からも機嫌の良い返事が返ってきて、すっかり退路を断たれた孤爪は、己の油断を呪った。
「勝手に決めないでよ……」
恨みがましく傍らの幼なじみを見上げれば、彼はどこ吹く風と、飄々とした笑みをたたえて嘯く。
「関係ないとか言われて傷ついたので」
「……めんどくさ」
掛け値なしの本音を深い溜め息と共に吐き出しながら、孤爪はそのまま階段を降りていく。
台所から漂ってくる温かなシチューの匂いに、くん、と鼻を鳴らす。匂いが呼び水となったか、思い出したように、きゅう、とお腹が鳴った。
(まあ、でも……、シチューに罪はないか)
しかたがないので今は思惑通りにほだされてやるか、と。孤爪は観念したように、こっそりと笑った。