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【青エク】Vague Hearts

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――君にしか頼めない。どうか、手伝って欲しい。
 第一声がそれだった。

 ここは正十字学園の旧高等部男子寮。古びた施設の厨房に、甘い匂いが充満していた。湯銭にかけたボウルの中で、じんわり溶けていくチョコレートとバターがそれと判らないくらいに静かに混ざり合っていく。とろりと姿をなくしていく様子がなんとも言えず艶かしいなんて、変な気持ちになるのはチョコレートだからだろうか。それともこれを特別な日に特別な誰かに渡す、という行為に関連づいているあれやこれやのせいだろうか。
 破廉恥と言うなかれ。そりゃ、上手く行ったらあーでもない、こーでもないと色々考えてしまうのは、人のサガ。仕方ないことではないだろうか。
「そっちどーだ?」
 力強い動きで卵白を泡立てている彼が尋ねた。あっという間に透明な卵白が真っ白につやつやと泡立っていく。チョコレートはもう少しで全部溶けそうだ。
「おー。良さそうだな」
 私の手元を覗いて、うん、と頷く。
 彼は奥村燐。正十字学園高等部一年生。今回のバレンタインにどうしても手作りのチョコレートを渡したい、と言うミッションの為に協力を要請した人物だ。
 少し強い髪の毛が無造作にあちらこちらに向いていて、制服をだらしなく着崩している。調べた限りでは成績は底辺という男子高校生のはずが、こと料理に於いては抜群の才能を持っている。四月に新学期が始まって少しした頃、忽然と調理実習室に現れた幻の食堂「奥村屋」。ワンコインと言う廉価ではありえないほど品数も多く、栄養バランスも申し分ない献立を作り出していたのが彼だ。また、学園祭では豚汁とおにぎりの屋台の前には期間中ずっと行列が途切れず、空前の売り上げを叩き出した。その調理を仕切っていたのも彼だ。
「あんまり温めすぎんなよ。で、ここでツヤが出るくらいきっちり混ぜとくのがポイントな」
 家庭科部の部長を務めながら、もっぱら裁縫ばかり。料理はからきし、と言うより壊滅的な腕前だ。残念な家庭科部部長と言う悲しい評判を背負った私が頼み込んだ彼は、拍子抜けするほどあっさりと要請を承諾してくれた。見知らぬ相手の話だ、即座に断られることも覚悟していただけに、「いーぞ」と後輩らしからぬ口調すらも優しく感じた。
 そしていよいよ明日がバレンタインデーと言うこの日、放課後に男子寮の調理場を借りてチョコレートケーキを作っているわけだ。
「出雲、卵どうだ?」
「砂糖が溶けないんだけど」
 麿眉に漆黒の艶やかな髪をした少女が、思うままにならないのに業を煮やしたのか、怒った口調で訴える。
「こんなもんで大丈夫だって」
「本当でしょうね?」
 少女は少しばかり疑って尋ねた。そう、この場には私だけではなく、他にも女子生徒がいる。神木出雲と名乗った彼女も一年生で奥村少年と知り合いらしい。

「友チョコです」
 初めて顔を合わせた時に、顔を真っ赤にしてそう言った。偶然にも彼女も協力を依頼していたらしい。
「ギリチョコじゃねーの?」
「は? 義理チョコ? 誰に渡すのよ」
 奥村少年の問いに、少女は噛み付きそうな勢いで否定の言葉を吐き出す。
「誰って、勝呂とか、志摩とか、子猫丸とか」
 誰だか判らない名前が三人ほど上がったが、恐らく男子生徒だろう。そして一人名前が増えるごとに目に見えて出雲の機嫌が悪くなっていく。
「知り合い程度で簡単にチョコレートが貰えるとか思ってるワケ?」
 針山のような彼女の言葉に、燐がえ、俺ら仲間じゃねーの? と驚く。互いの関係性について、認識に相違があるようだ。
「軽々しく仲間とか言って、ホント恥ずかしくないの?」
 だって仲間だろ! と燐が微塵も疑っていなかった事をひっくり返されて、相当にうろたえた口調で言い募る。
「じゃぁ、友チョコってなんだよ?」
「女の子同士って言うか、友達同士であげるチョコレートよ。だから……っ」
 噛み付くような勢いだったのが、途端に言い淀んで再び顔を真っ赤にした。
「朴とアイツ……には世話になったし。別にっ、アイツのこと友達とか……。つまりっ、折角だから手作りがいいかなって……」
 最初は随分つっけんどんな少女だと思ったが、人見知りでツンデレさんらしい。面倒くさそうだと思った印象がさっぱり消えて、友達のために手作りしたいと顔を真っ赤にする彼女は、むしろとても可愛らしかった。
「先輩は? 本命ですか?」
 急に口調を変えて鋭く突っ込んでくるのには閉口したけれど。私はそれでもおずおずと頷いた。私にはこれが最後のチャンスだから。相手は学園祭の打ち合わせでほんの一言喋っただけの人だ。それでも私は随分前から彼を知っていて、ずっと憧れていた。言葉を交わした日は余りのことに舞い上がって、眠れなかったくらいだ。真面目だけれどカッコイイし、男女分け隔てなくどんな人にも優しい。残念な家庭科部部長、と揶揄されていた私を唯一笑わなかった人だ。おまけにちゃんと彼女が居る。最初から可能性なんかないと判っている。それでも、伝えたいと思ってしまったのだ。
 もちろん、上手く行かなくても良い、と言ったら嘘になる。だけれど、彼女を押し退けてまで自分を選んで欲しいとも思わない。要は気持ちを伝えた、と言うただの自己満足なのだ。そう言うと、少女は素っ気ないほどの口調でいいんじゃないですか、と言って、すぐに言葉を継ぐ。
「伝わらなきゃ何も変わらないし。例え自己満足でも、先輩にとっては意味がちゃんとあることでしょ」
「お前、良いこと言うな」
 奥村少年は痛く感銘を受けたらしく、それはそれは真面目な顔で言ったのだが、出雲は顔を真っ赤にするとうるさい、と一言怒鳴った。
 こんな可愛らしい少女が、何故奥村少年に協力を要請したのか。理由はすぐに判った。彼女も調理の腕は壊滅的なのだ。卵を割る仕事を振られていたが、黄身と白身に分けるどころか、まず分離が可能な状態で卵が割れなかった。かく言う私も同様だ。同士が居るって心強いものだなぁ、と不思議な感慨を覚えた。
 ほんのり熱を伝えてくるチョコレートがボウルの中でてろりと灯りを弾く。全て溶けたようだ。少年が私の手からゴムベラを取って蕩けたチョコレートをかき混ぜて溶け具合を見る。
「よし、じゃぁ卵と混ぜよーぜ」
 別の新しいボウルを大きな調理台に出すと、ほい、とステンレスの網を手渡された。チョコレートと砂糖を混ぜた卵をこれで濾すのだ。溶けきれなかったチョコレートやバター、砂糖や取りきれなかった卵のカラザなどを取り除き、口当たりを良くすると言うことらしい。チョコレートをヘラで丁寧にかき集めながら淡々と語る奥村少年の口調は、経験で得た自信に満ちていた。
「アンタ、料理の時は奥村先生みたいな口調になるのね」
 卵を濾しながら、出雲が若干呆れたように溜め息を吐く。そうか? と出雲の言葉に疑わしそうに答えて奥村少年がゴムベラを私に手渡してくる。混ぜろという事らしい。出雲があらかじめ計っておいた小麦粉を篩いにかけている。底からひっくり返すように、と言う少年の手つきに頷いて卵とチョコレートを混ぜていく。次第にもったりとしたツヤのある生地に変わった。
「じゃ、次粉な」
 出雲が篩った小麦粉を生地へ加えた。
「しっかり混ぜていいぞ」
作品名:【青エク】Vague Hearts 作家名:せんり