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【青エク】Vague Hearts

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「死んでしまったのに、物に触れて、食べられるって変だな」
 しかも味まで判るのだ。奥村少年がくれたクッキーを一つ頬張る。チョコレートチップが入った香ばしい生地がさっくりと口の中で砕けた。
「私は幽霊と思われていたのかな?」
 こっくりと奥村少年とメガネをかけた少年が頷いた。
「もしかして皆に見えてる?」
「まぁ、な。俺たち祓魔師だから」
「えくそしすと……?」
「この世に、えーと。み……、味醂を残した? ヤツを……」
 奥村少年がしどろもどろで喋る。
「未練だろ。要は貴方のように迷った人を導く仕事です。兄はまだ候補生ですけれど」
 メガネを掛けた少年の言葉に私は驚く。兄って誰? オレオレ、と詐欺のような言い方で奥村少年が自分を指差した。まさか兄弟だとは思わなかった。そう言われれば何となく似てるような似てないような。
「二卵性ですから」
 私の表情を読んだのか、雪男の方が苦笑いしながら教えてくれた。
「神木さんも?」
 双子が気まずそうに頷いた。そんなに構えなくても良いのに。むしろ、この身を恐れたり気味悪がったりしないで、普通に接してくれただけでも感謝している。
「アイツも俺と同じ候補生。祓魔師とか候補生ははっきり見えるんだ」
「実は暫く前から噂になっていました。学園内に生徒の幽霊が出ると。ここ最近になって訴えの頻度が上がり、依頼が来たんです」
 どうやら在校生たちに恐怖を与えていたようだ。自分ではそんなつもりもなかったけれど。だけれど、それももう終わりにしなければなるまい。
 何かが自分を引っ張るような気がする。何となくそれが意味するところが判る気がした。
 例え自己満足でも気持ちを伝えることが自分にとって意味があるならそれでいいのだと、自分の気持ちを肯定してくれた出雲には申し訳ないが、結局自分では決着をつけることは出来なかった。救いはこのままにしておいてはいけないと気付くことが出来たことかもしれない。
「大丈夫。何となく行かなきゃいけないところは判っているんだ」
 そうか、と兄が神妙な顔をして頷いた。うん、と私も頷いた。ありがとう、そう言った次の瞬間に眩しい光に包まれたようになって、意識が光に溶けた。

 食後の皿を雪男の前に置く。
「チョコレートケーキだ」
「おー」
 コーヒーを入れたカップも添える。雪男がチョコレートを大量に貰ってきたので、ケーキは少し薄めに切った。それでもずっしりしっとりとした濃いから充分だろう。そしてこのケーキにはコーヒーが似合う気がする。
「まさか本人が兄さんに接触してくるとは思わなかった」
「俺もビックリした」
 雪男がケーキをフォークで切り、口に運ぶ。一日置くと、焼き立てよりも落ち着いて更にしっとりする。
 正十字騎士團が、たびたび学園に姿を現す幽霊《ゴースト》の祓魔を決めたのはつい数日前のことだ。候補生たちの実践任務として雪男を監督役として、燐、そして神木出雲が指定された。どう接触するか、様子を伺っている内にその張本人が燐にチョコレート菓子作りを手伝って欲しいと言って来た。
 この三人を、特に出雲と燐を指定した誰かは、幽霊の事も燐たちのことも全てお見通しなのじゃないか。思わずそんな疑念が湧くほど、的確な人選だったような気がする。
 燐もケーキを一口口に運ぶ。ずっしりとした重量感のある生地なのに、あっという間に解けて無くなる。料理が出来るようになって何度も作ってきたケーキだ。雪男だけじゃない。養父も修道士の皆も好きで喜んでくれた。なのに、今年は何故かこの特徴的な食感が寂しかった。
 頼りない目に見えない気持ちみたいだ。それなのに、人はそれに縋り付いて、なかなか手放すことができない。燐だって人のことを言えない。自分が弟をそれ以上の存在として好きなのだと気付いてから、兄弟だとか男同士だとか色々考えても、どうしてもそれを諦める事が出来なかった。黙っていれば、距離を置けばいつか忘れられる、なんて生易しいものではない。自分の中で気持ちが荒れ狂って、制御すら出来なくなるのが厄介なところなのだ。
「アイツ、スゲーな」
 想いだけが強く凝れば悪霊《イヴィルゴースト》と化す可能性もあった。自分の身に置き換えてゾッとした。幸い弟も自分と同じ気持ちだったけれど、もし雪男の方がそんなことを思っても居なかったら。そんな中で燐が悪魔の力に目覚めていたら。
「きっとどこかでは判っていたんじゃないかな。凄く冷静な人だったみたいだし」
 それまではただぼんやり姿を現すだけだった幽霊が、理性と意思をもって人に接触するようになるとは驚きだ。
「それなのに、なんで幽霊になんてなっちまったんだか」
「だからこそ、じゃないかな。今でこそ少しは理解されてきてるみたいだけど、それでも同性同士ってまだ色々難しいだろうし」
 それも不思議なところだ。幽霊は男だった。それも女と見まがうような優しげな風貌ではなく、どちらかと言うと相当にがっしりしたガタイの持ち主だった。調査部によれば生前は空手を習っていたらしい。それが、不慮の事故に遭って肉体はこの世を去ったが、魂は心残りに引きずられて長くこの世に留まっていた。
 雪男が言うように、何処かでこのままではいられないと気付いていたから、けじめをつけるために燐にチョコレート菓子を作る協力を頼んできたのだろうか。では、こんなにも長く留まる原因になった気持ちは、どうなったのだろう? 今となってはもう判らないけれど、溶けるように姿を消したと言うことは、悪魔として滅されたのではなく、人として行くべきところへ行ったと言うことだ。だから、それが答えだと考えても良いのかも知れない。ならば少しは彼を救うことが出来ただろうか。
「悪魔として祓わなくて済んだ。」
 物思いに耽る燐に、雪男がごつんと額をぶつけてくる。
「だから、それで良いんだ」
 くしゃくしゃと雪男が燐の頭を撫でる。目に見えない想いはあやふやで不確かだ。それでも確かに感じられる時がある。今も触れてくる雪男の気持ちが判る気がした。きっと同じことを想っているだろう。伝えられないまま終わっていく気持ちは幾つあるんだろう。気持ちを伝えても相手もそれに答えてくれるとは限らない。互いが同じ気持ちで居るのは奇跡に近い。自分たちのような立場では尚更だ。それだけに大事にしなければいけない気がした。
「お前ナマイキ」
 髪の毛をぐしゃぐしゃにし続ける手を除ける。そのまま離せなくて手を握った。雪男も力強く握り返して来る。
「もっとナマイキなこと、してもいいかな」
 雪男の唇が頬に柔らかく触れる。どちらからともなく、相手の体を引き寄せた。


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作品名:【青エク】Vague Hearts 作家名:せんり