二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

あなただけ今晩は

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
兄には元来とっぴな行動を好むところがあり、それはいつだって俺を混乱させ、動転させ、ついには彼が次々に繰り出すひらめきという名の理論の飛躍――俺でなくともあの厄介なインスピレーションに苦労した人間は多いのじゃないだろうか――が理解できないことを、まるでこちらが悪いのではないかと錯覚するまでに至った。というのも、彼の気まぐれには神の啓示とでも言うべき奇跡が付きまとい、どれだけ無茶な行動から周囲に騒動を広げても、見かねて口を出した側が割を食う羽目になるのがお決まりのパターンだったのである。
 兄の起こす奇跡の大部分が偶然の連なりであることに気付いたのは、たしか遅い声変わりを終え、一足飛びに彼の背丈を追い越した頃のことだった。もしこんなことを大っぴらにしてしまえば兄の人となりを知る者には笑われてしまうだろうし、そうでなくても『どうしてそんな時まで』と疑問に思われるのかもしれない。しかし幼い時分の俺は彼のことを本気で偉大な聖人か何かだと思い込んでおり、ただ言われるままに軍隊ばりの服従をしても毛の先ほども疑いはしなかった。身内びいきだとか妄信的だとか言われればそれまでだが、兄は弟を心酔させるくらいには魅力的であり、何とも抗いがたいカリスマ性にあふれていたのだ。
 これが普通の兄弟ならば兄の素性を知った時点で派手な反抗でもするのかもしれないが、俺の場合は一般のケースとは少し違い、本格的な思春期が訪れても彼を疎ましく思うことはなかった。それどころかあの兄に対して明確な反感を抱いたこともなかったのだから、なんとも救いようがない話だ。それは兄に恋愛感情を抱きはじめていたからというのもあるのだろうし、何やかやの揉め事を起こしても最後には綺麗に解決してしまう手腕をどこかで尊敬していたというのもあるのだろう。そんな兄への依存は今でもいくらかの名残りを残していて、兄の無粋さはむしろ好むべきものとなり、気まぐれに発せられるわがままは彼を知るよすがに変わった。
 これがいまだに兄離れの出来ない頼りない弟の、くだらない笑い話にしかならないのは分かっている。兄は私生活じゃあ壊滅的に頭の悪い男だし、使い込まれたフライパンで殴られるのが分かっていても、自分に見向きもしない女にちょっかいをかけずにはいられない種類の人間だ。けれどそれでも、彼の力技でまとめあげてしまう辣腕ぶりは驚嘆に値するものなのじゃないだろうか。
 事実ギルベルト・バイルシュミットという男は(たった一つ、普段のだらしない生活を除きさえすれば)多くの場面で有能で、こと戦争に関しては俺の知る誰よりも卓越した能力を発揮した。しかしそんな男でも不始末をしでかすことは勿論あって、彼の場合はもしひとたびケチがついてしまうとそれまでの奇跡のツケが回ってきたかのように酷い結果になるのが常だった。彼がやらかす度に奔走しなければならないのは面倒だったし、いささか辛いものがあったのも事実だ。押し付けられた後始末に普段の余裕をなくし、好き勝手に振る舞う兄を憎らしく思ったこともある。けれど「なぁヴェスト、頼むよ」と首を傾げて拝まれたなら、たった一人の兄弟を助けないわけにはいかなかった。俺は物心ついた頃から兄にこっぴどくやられてしまっていて、たとえ直面する困難が兄の致命的なミスからくるものだとしても、そうやって微笑まれれば手を差し伸べずにはいられなかったのである。
 だから現在の俺たちが置かれているややこしい状況の原因は、その何とも悩ましく、格別に厄介な習慣から来ているのだろう。土砂降りの雨が降る田舎道のど真ん中で車を止めてにらみ合っているのも、さっきまではたしかに兄の手にあったはずのメープルシロップの瓶が些細な喧嘩を経て足元にぶちまけられているのも、カーラジオから流れるバイオルン放送の英語講座がノイズまみれなのも――あぁそうだ、巻いたばかりの腕時計がいつの間にか午後十一時を指しているのも、多分彼に手を差し伸べることが習慣化してしまい、兄のわがままが際限なくなってしまったからに違いない。
作品名:あなただけ今晩は 作家名:時緒