卒業旅行
ひるなかの流星【卒業旅行】
今日卒業式が終わった。
高校の卒業式は、人生の一大イベントであるかのように思うが、残念ながらすずめは他のことで頭がいっぱいで、どうやって友人たちと別れたかも覚えていないのだった。
“卒業旅行でも行かないか…二人で”
馬村が卒業式の1ヶ月前に言った。
すずめは友人たちに鈍いだの、馬村君が可哀想だの言われるが、その手のことを考えない訳ではない。
馬村が言う“旅行”が何を示しているのか、それぐらいは分かっている。
嫌なわけじゃない。ただ経験したことのない怖さがある。
馬村はきっと怖いと言えば、何もしないだろう。でも、そうやってまた彼を待たせるのか。心の準備が出来るまで?どうしたら心の準備は出来るのか。
その場で行くと返事をしたものの、それ以来旅行のことばかり考えてしまう。
ゆゆかには悩んでいることはいつものごとくバレバレだったが、どう相談すればいいかも分からずに、卒業式も終わってしまった。
(せっかくの旅行だし、楽しむしかないかっ!)
ゆゆかの協力なしでは、この旅行はそもそも行くことすら出来ないわけで。
根掘り葉掘り聞かれることを覚悟して、メールを打った。
《馬村と旅行に行くから、ゆゆかちゃんと行ってることにして》
ゆゆかから即行で電話が来たのは言うまでもない。
『馬村~!ごめん!遅れた~』
いつものごとく、遅刻してきたすずめに苦笑すると、すずめの額をコツンと叩く。
『ばーか、遅れると思って待ち合わせ時間早めにしといた。つーか飛行機の時間あんだから、本当に遅れたらヤバいだろうが』
『へっ?そりゃそうか…』
馬村はすずめの旅行バッグを当たり前のように持ち、スタスタと歩いていく。
今回どこに行くのかを決めたのは馬村だったが、行き先が北海道と聞いて、こういう彼の優しさがやはり好きだと思う。
すずめが魚介類が好きだから、雪国育ちだから、きっと選んでくれた。
当たり前のようにしてくれる優しさに慣れてはいけない。でも甘えられるのが好きな彼でもあるから、断ってもいけない。
『ありがとう』
笑ってそう言うと、馬村も口の端だけで笑って頷く。
東京から2時間ほど飛行機に乗り、新千歳空港に着くと、驚くほど冷たい空気が肌にあたる。
この時期関東は暖かい日も増えてくるが、やはり北の大地は寒い。
2人は荷物の中から、冬物コートを取り出すとそれを羽織った。
『こんなに気温違うんだね~』
両手を擦りながらすずめが言う。
『もう夕方だから余計に寒いのかもな。てかおまえ雪国育ちだろ…慣れてんじゃねぇの?』
『最近どっぷり都会の暖かさに慣れてしまいまして…』
『ふっ…そんなもんか…。ところで、疲れてないか?』
『いや…全然!』
『そうか、じゃ札幌まで電車で行くか』
馬村はすずめの手を取ると、2階の到着ロビーから地下のJR乗り場まで歩いた。
行きは荷物をほとんどもってもらい、馬村こそ疲れているのではないかと思う。
(今日はホテルでゆっくりご飯食べよ)
札幌駅近くのホテルに着くと、馬村が手際よくチェックインを済ませる。
部屋に荷物を届けてくれるように頼むと、そのままレストランへと向かった。
『馬村…なんかカッコいいね…』
『はっ!?…なに?』
顔を赤くした馬村が、驚いたように振り返る。
『え…なんか、エスコートの仕方が大人の男の人みたいだよ?』
『…別に、親父の真似してるだけだから、カッコよくもなんともねぇよ』
ぶっきらぼうに、だけど正直にそう言う馬村は、やっぱりカッコいいと思う。
背伸びはするけど、無理はしない。
そんな彼に釣り合う女性になれるだろうか。時間は掛かるかもしれないが、少しずつ大人になっていければいいなと思った。
ホテルの2階にあるレストランは、ランチもディナーもビュッフェ形式のようで、10代の2人でも気軽に入れる値段で提供されていた。
その割には、新鮮な魚介類を使った寿司や、ラム肉のグリルやホタテのソテーなど、和洋中どれをとっても美味だった。
『美味しい~!』
『明日は市場でも行くか』
すずめの満面の笑みを見て、ふと築地に行ったときのことを思い出す。
ゲソからの食べ過ぎで、馬村はあまり寿司が食べられなかったが、すずめと大地は普通に寿司も一人前以上食べていた。
食べてる時が一番幸せそうだなと、北海道の美味しいスポットを中心に探した甲斐があった。
『お腹いっぱい~食べ過ぎた~!』
『おまえ…いつもそれだな』
実は、食べ過ぎなほどの量をお皿に取っていなかったことを馬村は気が付いていた。このあと部屋に行くことをなるべく考えないように、なるべくいつもどおりにしようとしていることも。
馬村は、すずめがこの旅行に来てくれた、それだけでいいと思っている。
もちろん健全な男であるゆえに色々思うところはあるが、彼女が自分を受け入れようとしてくれていることだけでも充分だ。あとは自分と同じ気持ちになるまでは待とうと思う。
だから、そんなに緊張する必要はないと言ってやりたいが、自分なりの男としてのプライドやほんの少しの期待もあるため、流れに任せようと決めた。
フロントで、チェックインの際カードキーを受け取っていた為、そのままエレベーターに乗り込む。エレベーターは5階で止まり廊下を歩いていく。
『部屋ここだ』
馬村がキーを開け案内された部屋は、デラックスツインタイプで、大きめのベッドが中央のサイドテーブルを挟んで置いてある。
ダブルだったらどうしようと思っていたすずめは、覚悟を決めて旅行に来たはずなのに、心の中でホッとする。
『もう疲れただろ?明日市場行くなら朝早いし、風呂入っちゃえば?』
馬村は、荷物の整理をしながらそう言うと、携帯でアラームのセットをする。
『う、うん』
(普通だなぁ馬村…なんか…意識してるの私だけみたい)
すずめも着替えを荷物から出し、お先にと声をかけて風呂に入る。
どうなるかなど分からないのに、何度も何度も体を洗ってしまう。
その時、部屋のドアがガチャッと開けられる音がする。
(馬村…どこ行ったんだろ…)
すずめが、風呂から出て髪の毛を乾かしている間に、またドアを開ける音が聞こえた。コンビニでも行っていたのだろうか。
『馬村~お待たせ、あがったよ?ってなにそれ?』
『うん?ちょっと飲みたくて。買ってきた』
部屋の冷蔵庫にビールと思われる缶を、何本も入れていく。コンビニじゃ未成年には売ってくれないはずで、どこで買ったのかと聞くと、自販機と何でもなさそうに答えた。
『ほら』
すずめにそのうちの1本を投げる。
『おまえは、酒でも入らなきゃ緊張しっぱなしだろ…』
そう言うと、着替えをもって風呂に行ってしまう。
やはり、馬村には全てバレバレだったのだろうかと、真っ赤になりながらベッドに突っ伏してしまう。
(もう~どうにでもなれ!)
缶を開けるとゴクゴクとビールを半分くらいまで飲み、サイドテーブルに缶を置いた。
馬村が風呂から上がる頃には1本を飲み干していて、強いわけではないのに一気に飲んだ為かすずめは頬を赤くしていた。
『馬村~この部屋暑いよ~』
今日卒業式が終わった。
高校の卒業式は、人生の一大イベントであるかのように思うが、残念ながらすずめは他のことで頭がいっぱいで、どうやって友人たちと別れたかも覚えていないのだった。
“卒業旅行でも行かないか…二人で”
馬村が卒業式の1ヶ月前に言った。
すずめは友人たちに鈍いだの、馬村君が可哀想だの言われるが、その手のことを考えない訳ではない。
馬村が言う“旅行”が何を示しているのか、それぐらいは分かっている。
嫌なわけじゃない。ただ経験したことのない怖さがある。
馬村はきっと怖いと言えば、何もしないだろう。でも、そうやってまた彼を待たせるのか。心の準備が出来るまで?どうしたら心の準備は出来るのか。
その場で行くと返事をしたものの、それ以来旅行のことばかり考えてしまう。
ゆゆかには悩んでいることはいつものごとくバレバレだったが、どう相談すればいいかも分からずに、卒業式も終わってしまった。
(せっかくの旅行だし、楽しむしかないかっ!)
ゆゆかの協力なしでは、この旅行はそもそも行くことすら出来ないわけで。
根掘り葉掘り聞かれることを覚悟して、メールを打った。
《馬村と旅行に行くから、ゆゆかちゃんと行ってることにして》
ゆゆかから即行で電話が来たのは言うまでもない。
『馬村~!ごめん!遅れた~』
いつものごとく、遅刻してきたすずめに苦笑すると、すずめの額をコツンと叩く。
『ばーか、遅れると思って待ち合わせ時間早めにしといた。つーか飛行機の時間あんだから、本当に遅れたらヤバいだろうが』
『へっ?そりゃそうか…』
馬村はすずめの旅行バッグを当たり前のように持ち、スタスタと歩いていく。
今回どこに行くのかを決めたのは馬村だったが、行き先が北海道と聞いて、こういう彼の優しさがやはり好きだと思う。
すずめが魚介類が好きだから、雪国育ちだから、きっと選んでくれた。
当たり前のようにしてくれる優しさに慣れてはいけない。でも甘えられるのが好きな彼でもあるから、断ってもいけない。
『ありがとう』
笑ってそう言うと、馬村も口の端だけで笑って頷く。
東京から2時間ほど飛行機に乗り、新千歳空港に着くと、驚くほど冷たい空気が肌にあたる。
この時期関東は暖かい日も増えてくるが、やはり北の大地は寒い。
2人は荷物の中から、冬物コートを取り出すとそれを羽織った。
『こんなに気温違うんだね~』
両手を擦りながらすずめが言う。
『もう夕方だから余計に寒いのかもな。てかおまえ雪国育ちだろ…慣れてんじゃねぇの?』
『最近どっぷり都会の暖かさに慣れてしまいまして…』
『ふっ…そんなもんか…。ところで、疲れてないか?』
『いや…全然!』
『そうか、じゃ札幌まで電車で行くか』
馬村はすずめの手を取ると、2階の到着ロビーから地下のJR乗り場まで歩いた。
行きは荷物をほとんどもってもらい、馬村こそ疲れているのではないかと思う。
(今日はホテルでゆっくりご飯食べよ)
札幌駅近くのホテルに着くと、馬村が手際よくチェックインを済ませる。
部屋に荷物を届けてくれるように頼むと、そのままレストランへと向かった。
『馬村…なんかカッコいいね…』
『はっ!?…なに?』
顔を赤くした馬村が、驚いたように振り返る。
『え…なんか、エスコートの仕方が大人の男の人みたいだよ?』
『…別に、親父の真似してるだけだから、カッコよくもなんともねぇよ』
ぶっきらぼうに、だけど正直にそう言う馬村は、やっぱりカッコいいと思う。
背伸びはするけど、無理はしない。
そんな彼に釣り合う女性になれるだろうか。時間は掛かるかもしれないが、少しずつ大人になっていければいいなと思った。
ホテルの2階にあるレストランは、ランチもディナーもビュッフェ形式のようで、10代の2人でも気軽に入れる値段で提供されていた。
その割には、新鮮な魚介類を使った寿司や、ラム肉のグリルやホタテのソテーなど、和洋中どれをとっても美味だった。
『美味しい~!』
『明日は市場でも行くか』
すずめの満面の笑みを見て、ふと築地に行ったときのことを思い出す。
ゲソからの食べ過ぎで、馬村はあまり寿司が食べられなかったが、すずめと大地は普通に寿司も一人前以上食べていた。
食べてる時が一番幸せそうだなと、北海道の美味しいスポットを中心に探した甲斐があった。
『お腹いっぱい~食べ過ぎた~!』
『おまえ…いつもそれだな』
実は、食べ過ぎなほどの量をお皿に取っていなかったことを馬村は気が付いていた。このあと部屋に行くことをなるべく考えないように、なるべくいつもどおりにしようとしていることも。
馬村は、すずめがこの旅行に来てくれた、それだけでいいと思っている。
もちろん健全な男であるゆえに色々思うところはあるが、彼女が自分を受け入れようとしてくれていることだけでも充分だ。あとは自分と同じ気持ちになるまでは待とうと思う。
だから、そんなに緊張する必要はないと言ってやりたいが、自分なりの男としてのプライドやほんの少しの期待もあるため、流れに任せようと決めた。
フロントで、チェックインの際カードキーを受け取っていた為、そのままエレベーターに乗り込む。エレベーターは5階で止まり廊下を歩いていく。
『部屋ここだ』
馬村がキーを開け案内された部屋は、デラックスツインタイプで、大きめのベッドが中央のサイドテーブルを挟んで置いてある。
ダブルだったらどうしようと思っていたすずめは、覚悟を決めて旅行に来たはずなのに、心の中でホッとする。
『もう疲れただろ?明日市場行くなら朝早いし、風呂入っちゃえば?』
馬村は、荷物の整理をしながらそう言うと、携帯でアラームのセットをする。
『う、うん』
(普通だなぁ馬村…なんか…意識してるの私だけみたい)
すずめも着替えを荷物から出し、お先にと声をかけて風呂に入る。
どうなるかなど分からないのに、何度も何度も体を洗ってしまう。
その時、部屋のドアがガチャッと開けられる音がする。
(馬村…どこ行ったんだろ…)
すずめが、風呂から出て髪の毛を乾かしている間に、またドアを開ける音が聞こえた。コンビニでも行っていたのだろうか。
『馬村~お待たせ、あがったよ?ってなにそれ?』
『うん?ちょっと飲みたくて。買ってきた』
部屋の冷蔵庫にビールと思われる缶を、何本も入れていく。コンビニじゃ未成年には売ってくれないはずで、どこで買ったのかと聞くと、自販機と何でもなさそうに答えた。
『ほら』
すずめにそのうちの1本を投げる。
『おまえは、酒でも入らなきゃ緊張しっぱなしだろ…』
そう言うと、着替えをもって風呂に行ってしまう。
やはり、馬村には全てバレバレだったのだろうかと、真っ赤になりながらベッドに突っ伏してしまう。
(もう~どうにでもなれ!)
缶を開けるとゴクゴクとビールを半分くらいまで飲み、サイドテーブルに缶を置いた。
馬村が風呂から上がる頃には1本を飲み干していて、強いわけではないのに一気に飲んだ為かすずめは頬を赤くしていた。
『馬村~この部屋暑いよ~』