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Tick-Tuck

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アラームは毎朝6時ジャスト。

定刻に鳴り響くのは、忙しい電子音でも金属音でもないので覚醒直後のゆるんだ心臓にはありがたい。だが、起きるべき時間を知らせるのは涼やかなクラシックミュージックなので、驚きはしないまでも目覚めはあまりよろしくなかった。なんでも、ペールギュント組曲からオーソドックスに朝の祈りを選んだそうで、アラームをわざわざ再度眠りたくなるような音楽に設定した当の本人は、無論ぴくりとも起きる気配はなかった。 8時にアベンジャーズタワーを出れば勤務している大学へは徒歩でも十分間に合う。なので、6時に起きるのは早すぎると言えば早すぎるのだが、出勤までの二時間は身支度を整えるためだけに設けた余地ではなかった。

ブルース・バナーは淡く浮き上がる意識の端で、快いぬくもりに包まれたベッドのシーツに軽く爪を沈める。 毎朝同じ時刻に起きることを自身に課しているせいか、アラームが鳴らずとも数分前には自然と薄く目覚めるのが常だった。そろそろ時計が6時を知らせてくれると感覚の底で分かっていたので、眠気を助長する音楽が流れ出す前にアラームの設定を解除しなければならない。振り払えない眠気のせいではなく、いまだ気だるさを残す痩躯を億劫げに身じろがせ、ベッドのかたわらにあるサイドテーブルに目を向けると、音もなく点滅する青いデジタル数字が判然としない視界の中に浮かび上がる。

黒い台形の電子時計は時刻と日時が表示されるブラックパネルの他、金属で作られた台座はダークブラウンに塗装され、表面は陶器のような細かい凹凸が施されており、時刻の横にはベルのマークが点灯していた。アラームを止めるスイッチはなく、パネルに触れれば指紋認証で設定が解除される仕組みになっている。ブルースとしては針のあるアナログ時計の方が親しみを持てるのだが、この部屋の主である男がけたたましい金属音は耳障りだと、わざわざ自ら時計を作って持ってきたので我を通す訳にもいかなかった。とは言いつつも、ブルースの部屋にある時計もいつの間にか同型のデジタル時計に差し替えられており、同じ曲をインストールしておく丁重さを含めて、心底抜け目のない男だと手際の良さに溜息が出る。

認証される指紋は、どちらの時計も男と自分のものだけだ。しかし、勘違いをすべきではない。二つの同じ時計に二人だけが干渉を許される設定は、はなから寝室にブルース以外の、そして、男以外の人間が朝まで滞在することを想定していなかったための遺漏ではない。

逆なのだ。

ブルースが他の人間を寝室へ招くことなど断じて許さないという言葉なき牽制であり、そして、宣誓でもあった。男もまた自らのマスターベッドルームにブルース以外の人間を連れこむことはパタリとしなくなった。火遊びには事欠かない男の器量ならば、自分に知られることなく数多の劣情を手に取り甘苦しい一夜を堪能するなど訳もないだろう。だというのに、そんな男が自分の信頼と愛情を独占するために不真面目な痴情のすべてを見事に斬って捨ててみせた。何よりも端的で簡潔な手腕を用いて、男が無心に請うたのはブルースの体と心、そして、それらに伴うすべての愛だ。

気さくで陽気な性分と端正な顔貌、屈託なく笑いを浮かべれば爽やかささえ感じさせるブルー・アイは、多くの場面でブルースにとっても好ましい印象を与える。しかし、快活に輝く男の双眼は自分を熟視する程に貪欲な願望を色濃くにおわせ、獲物を見定めた獣のように苛烈な熱度をたぎらせて止まない。気づかなかったのは自分の認識不足が招いた結果だ。今更悔やんだところで手遅れであったし、諦めで同性に体を許す程ブルースとて寛容な性情ではない。 恭しくひざまずいて情熱的な口説き文句を囁く誠実さに欺かれ、自分は男の望む通りこの腕に繋がれただけだった。物欲から生じる浅ましさならば容易に退けられたものを、そうではないから拒絶できない。せめて、心の中で男をタチが悪いと断じるぐらいの身勝手は許容してもらわねば、注がれる熱さで不用意に満たされてしまう自分を叱りつけることができなかった。

細作りの背を包みこむ体温はブルースのそれよりも幾分熱く、ベッドカバーから裸体がほとんど剥き出しになっていても、完備された空調とのコンビネーションで寒さを感じることはまったくない。 厚い筋繊維に覆われた巨躯に深く抱きこまれた体は、鉄格子に遮られたようで微かな身動きさえ封じられてしまうのに居心地の悪さは感じなかった。腰を抱く片腕が横向きにベッドへ身を預けたブルースのへそのあたりをくすぐるみたく撫で、下腹の柔らかい茂りをいたずらに幾度も指先でかすめる。枕の代わりに頭を乗せていたもう片側の腕は、投げ出された細い手を甲から包みこみ、指の合間へと節ばった指先をからめて汗ばむ程強く握り締めた。 尻の双丘は男の股間にすっぽりと収められ、今は萎えた雄の器官がやわく臀部に触れて、居残る温度を感じると背筋が些に総毛立つ。僅かばかり九の字に前屈した体躯はまるきり無防備だったが、何故こうも安らかに男の腕へと心身をゆだねて眠れるのか、その理由は自身、痛切に分かっていた。

鷹揚に瞼を上下させると、癖のない自身の髪が頬を流れ鼻や唇をなぜてシーツへと落ちる。ブラインドの落ちた寝室は薄暗く、ゆったりとした目覚めを堪能するには心地よい環境だったが、ブルースの怠惰を叱責するかのように差し入る白い朝日が睫をかすめた。日に透かされて一層甘やかなキャラメル・ブラウンに染め上がる己の髪を茫然と目端にとらえ、下腹をさわる大きな手に指先を添えると、長いひとさし指がてのひらの皺をなぞる。ふと、襟足をかきわけて耳殻の裏側へキスを見舞う男の唇に僅か首をすくめ、堅い髭のこそばゆさに眉間へ薄く皺を刻んだ。

昨晩さんざんに挑まれた痩躯に余力はほとんど残されていなかった。制止を請うてもとめどくなく打ちこまれる雄の高ぶりが、体の真芯にひりつくような火照りを残し、自身のさらした痴態を忘れたくともかき消すことができなくなってしまう。自分を骨の髄まで貪り尽くした男は、頑健な巨躯に見合うだけの持続力でもってブルースの奥底を存分に乱して狂わせ、理性が爆ぜて散る濃厚な悦楽を全身に刻み続けた。欲と熱にまみれた夜をこの腕の中で過ごすうち、よく知るぬくもりに焼かれただけで男のために体が開かれるのを実感する。抗っても逃れても、繰り返される行いに自分の躯幹は、ただただみだりかましく順応していった。男の指と唇、吐息でさえも、素肌の真下で微かに甘くうずく感覚を暴いて事あるごとに思い出させる。自分を飽きることなく何度も押し開き、そして、今ブルースを抱擁して眠るトニー・スタークという男の存在を。
作品名:Tick-Tuck 作家名:雷電五郎