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Tick-Tuck

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トニーの寝室で目を覚ますなど、別段珍しくもない朝だった。 しかし、昨夜自分が男の眼前で、平素からは想像もつかない乱れた有り様をさらしたと思うとひどく苦々しい気分に陥り、早くこの部屋から逃げ出したくなってくる。 重々しい体に鞭打って時計が居座るサイドテーブルへ手を伸ばしたブルースだったが、深く抱き締められているせいで爪の先さえ届かなかった。不意に背後から太い腕が緩やかに伸びてきて、時計のパネルに親指を押し当てるとベルのマークがふっと消える。半ば以上も瞼の落ちた双眸でその様子を眺めながら上体を起こそうとすると、つかんだ時計を足元へと放り投げたトニーの腕が柔らかくブルースの動きを阻んだ。首筋に顔を埋めキスで皮膚をなぞり、男はあくびを一つして大きく息を吐く。

「……ブルース、どうした?」

肩口へと滑り落ち、肌に触れたままの唇がいかにも眠たげな口調で問う。
「起きるから……離して……くれ」
トニーのキスがくすぐったくて、ん……っと小さく呻いて両肩を縮めながら理由を返すと、何故だと即座に疑問符を突きつけられた。生憎、寝起きが良いとは言いがたい自分には、男の質問を脳内で噛み砕いて即答できるような余裕はまだない。
「何故って……」
大学へ行かないと目をこすりながら言いよどむと、どうやら頭を持ち上げ投げ捨てた時計の表示を確認したらしいトニーが、うん? と訝しげに声を上げ一層深くブルースの四肢を引き寄せた。
「今日は休みのはずでは?」
「そう……だったかな」
確認したくとも、もう時計は目の前にはない。ぼんやりと散らかる記憶を一つ一つたどっていると、ダーリンという苦笑いとともに溜息がうなじを擦り抜けた。

「祝日だよ」

簡潔な答えを与えられても、即座に納得できず眉根を僅かに寄せる。自身の人生経験上、ほとほと稀なぐらい単調で凡庸な毎日を過ごせているせいか、どうもここ最近は日時の感覚が曖昧になってしまうのだ。
「……本当だろうね?」
「寝起きとはいえ君を騙したいなら、もっとマシな嘘を考えられる」
軽く笑って応じたトニーに、今度は心中で、確かにそうだとすぐさま頷いた。 出勤より二時間早めの時刻設定は、とりもなおさずトニーの引き留め工作をかわすために毎朝ブルースが要する時間でもある。身長こそ大差ないものの、男と自分のあまりにも絶望的な体格差は腕力や体力で補えるようなしろものでは到底ない。結果、巧みに屁理屈や方便を用いて自分をベッドにとどめ、あわよくば朝一番、軽い「運動」を望むトニーから逃れるには、口頭および所作を駆使した妥協と論破が不可欠となる。

勿論、緑の巨人に交替すれば男を振り切ることなど造作もないが、既に幾度も修繕を重ねたタワー内において破壊活動を行うのはさすがに忍びない。だが、自分がうまく立ち回れば済むと考えていたブルースの抵抗をことごとく打ち負かすために、男もまた巧妙な手口で細工を施すのだった。 もっとも理解に苦しむのは、そんなやり取りを自分が楽しんでいることだ。しかし、悔しいのでトニーには永遠に黙っておくことにしている。 今朝方はどうやら事実を口にしているようだと判断し、ブルースは、ふう……と小さく吐息した。

「それじゃぁ……僕は寝るよ」

昨夜といっても実質は今朝まで、男の白熱を受け入れていた痩身は疲弊し、純粋に睡眠を欲している。祝日ならば定刻に起きずとも職務怠慢ということにはならないので、早々に二度寝という選択をとった。トニー、君は? と尋ねると男は、さも分かっているだろうと言わんばかりに短く笑う。
「夢の中まで君のエスコートを」
「遠慮願いたいね……」
「遠慮か、相変わらず慎ましいな。だが、奇妙な夢で君が迷子にならないよう、先導役が必要だとは思わないか」
思わないよと応じるのは簡単だったが、自分がどのような返事をよこしてもトニーが折れることはないと熟知しているので、眉を微かにひそめて微苦笑するにとどめた。寝起き直後でよくも舌が機敏に回るものだと、むしろ感心すらする。
「時計は元の場所に……」
戻しておいてくれと続けたつもりが、柔らかく男の指先に唇をふさがれ語尾は口腔で薄れて消えた。足元へ放ったことを忘れて起き上がる際に落としたら壊れてしまう。トニーが自分のために作った時計だ。できれば長く使い続けたい。

トニー・スタークお手製のデジタル時計は、USBあるいは無線を使って音楽ファイルをインストールすれば自由にアラーム音を変更できる仕様になっており、また、プレイヤーを接続すれば小型のスピーカーとしても活用できる。市販に流通すれば、そこそこ販売実績を獲得できるであろう品物を、アナログ時計のアラームが騒々しくて気に入らない、などという理由で作るのは合理的とは言いがたい。男のもっともらしい嘘は、けたたましい騒音が自分に肝の冷えるような寝覚めを与えないための気遣いも含まれているとブルースは知っている。
「ゆっくり休んでくれ」
囁く声音はあやすように優しく、しかし、油断のならない笑みを含んで鼓膜に心地よく触れる。 もしや、トニーは自分が起きるより早く既に目を覚ましていたのではないかと胡乱に思いもしたが、この男を相手にIFの可能性を考えるなど、はなはだ意味がない。自分とのプライベートにおいて、予測の範疇を超える言動をことごとく取り続けてきた相手に、今更何を詮索したところでてのひらの上であることに変わりはないのだ。職務や趣向の点に置いても十二分に破天荒ではあるが、わざわざ自分などを選んで愛を捧げること自体が尋常ではない。それとも、常人とは異なる感性を持ち得るからこそ、ある種のカリスマであれるのだろうか。

ブルースは次第にかすみかがる意識に熟慮も億劫になって一、二度ゆっくりとまばたきをしてから睫を伏せた。しかし、思いついて体をもぞもぞと反転させるとトニーの胸に頭を預ける。大きなてのひらが癖のついた後ろ髪を優しく撫でつけ、腰を抱いていた手が大腿の裏側に回り、僅かに開かれた両脚の合間へ巨躯が遠慮なく割りこんでぴたりと密着した。脚と脚が絡み合い、男の堅い太ももが尻の柔肉に食いこむ。たぐり寄せられるまま身を任せると、大きく開かれた片脚が持ち上げられ、トニーの体躯に据えられた。茫然と、自分は今、恐らく平常ならば羞恥で拒否するようなあられもない体勢を取らされていると理解できたが、なだめるように肩をさする手のぬくもりに抗えず、沈むように眠りへと引きこまれてゆく。眉間をなぜる唇とともに鼻梁をかすめる髭のざらつきは、最早慣れ親しんだ感触となり、くすぐったさ以上に喜びが肌を伝った。

我ながら、甘ったれた人間になったものだ。

心の奥でそう嘲笑いながらも、噛み締める愛しさは確かに自分を強く抱き締める目の前の男へと流れ落ちる。愛することは多々あっても愛されることは稀であった自分に、溺れんばかりの情熱をなみなみと与え注ぎ、更にはブルースの情愛をねだりゆすり求めてくる、恐ろしく豪胆で怖いもの知らずな男。
作品名:Tick-Tuck 作家名:雷電五郎