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【弱ペダ】Talk, Tease, and Shut Up!

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「壁ドン?」
「そうだ。壁ドンだ」
 新開隼人の言葉に、はっはっは、と高笑いをする東堂尽八が前髪をふわ、と払いながら言った。言ったと言うより、何か決定したことを天下に広めるみたいな感じに思えるのは気のせいだろうか。
「なんです? それ」
 真波山岳がシャツのボタンを全部外した格好で、ジャージにも着替えずにだらりとロッカーのベンチに座り込んでいる。今日も途中から授業をサボってあちこち走り回ってきたらしい。真冬の箱根にもかかわらず汗みずくで、白いシャツに汗のシミが出来ていた。泉田が汗を拭け、とタオルを投げつけるのをあっさりと受け取って、わぁ、ありがとうございます、としれっと言うのだからたいしたものだと思う。
「壁ドンとはな、今女性が一番ドキドキするシチュエーションらしいぞ」
 尽八が真波に近付くと、きょとんとしている後輩の顔の近くにドン、と壁に手をつく。こう言うことだ、とどうだと言わんばかりの顔で新開を見た。
「東堂先輩の顔が近いです」
 あっはっは、と真波が笑った。
「ではよく見ておけ、真波。顔が良くて、トークもキレて、山を登らせたら早い。天が三物を与えた顔だぞ」
「あ、ローラー混んでますよね、きっと。泉田さん、僕もう一本走ってきていいですか?」
 流石に天然、わが道を行く不思議ちゃん、と言う評価の真波も閉口したらしい。
「後でちゃんとやれよ。基礎がなければどんなに走れても意味がない。そもそもロードレースに適した筋肉と言うのはだな……」
「はぁい。ありがとうございます」
 泉田の筋肉の話も聞かず、そそくさと部室を出て行った。
「その結果鍛えに鍛え上げたこの俺の大胸筋を見ろ、って、真波? あれ?」
「走ってくると言って出て行ったぞ」
 東堂の言葉にがっくりと肩を落とす。
「僕、こんなんで部長が務まるでしょうか……」
「なに、おまえは良くやってるよ」
「真波が自由すぎるのだろう。あやつはあれが走りそのものにも出るからな」
 ばしばし、と東堂と新開で元気付けるように泉田の肩を叩く。真波は自由に走るからこそ、あれだけのクライムが出来る。逆に型に嵌めてしまっては、あの走りは出ないかもしれない。それにハコガクの自転車競技部は強豪であるがゆえに厳しいけれども、一律に均すのが強くなる事だとは考えていない。一方で部員をまとめる立場の泉田の気持ちも判らないでもない。
「さ、部活始まるぞ」
 少しは元気が出たのだろうか、気持ちを切り替えたのか。失礼します! と大きな声で挨拶をすると泉田はロッカーを出て行った。
 三年生である自分たちは既に大学受験のピークを迎えている。引退した身で部室に居座るわけにも行かないが、勉強ばかりだと気が滅入ってくる。たまに気分転換として、現役の部員たちの邪魔にならない程度にトレーニングマシンやローラーをやりに来る。もちろん、自分のバイクを持ち込んでメンテナンスをしたり、その後に走りに行ったりもする。
 今日は走りに行こうと部室に顔を出したら、東堂が先に来ていたのだ。
「で、尽八。オメさん、その壁ドンとやらをやったのかい」
 久しぶりの練習ジャージを羽織りながら尋ねる。何もなくてこんな話を振ってこない。何か話したいのだろう。
「それだ、隼人」
「どれだい?」
 一瞬何の事か判らなくて聞き返した。
「バレンタインだよ」
 ふ、と東堂が笑う。
「記念撮影だと言ってな、女子生徒たちにリクエストされたのだよ」
 バレンタインデーには文字通り山のようなチョコレートを送られる。部室には彼の貰ったチョコレートがぱんぱんにつまった紙袋が幾つも置いてあった。東堂ファンクラブなるものが存在するこの男は、妙にサービス精神に溢れているので、受け取ると同時に記念撮影にも気軽に応じる。今年もやったらしい。
「知っているか? 壁ドンはな、耳元で『好きだ』と囁いて完璧な壁ドンだと言えるのだそうだ」
 そんな事は初耳だ。と言うより、壁ドンとやらをするシチュエーションが、そもそも思いつかない。一体どういう流れでそんな体勢になるのだろう?
「おース。げ、東堂……」
 荒北靖友がロッカーに入って来て、嫌そうな声を上げた。
「げ、とはなんだ、荒北! 俺に会いたかったのならば、素直に喜ぶが良かろう」
「うっぜ! 別に会いたかねーよ!」
 荒北と東堂のやり取りが始まる。荒北の乱暴な言葉と、それを受け流し言い返す東堂のやり取りは口げんかのようにも思えるが、嫌っているわけではない。
「ったく、オメーは着替えもしねーで何してんだよ! 走りに来たんじゃねーのかよ」
 今日は荒北と走りに行こうと約束していたのだ。
「いや、今日は用事があってな。ついでに部室に顔を出したまでだ」
 ついでと言うには随分長々と部室に居たような気がするが。ではな、とあっさり出て行った扉の方を見送って荒北が呆れたような溜め息を吐く。
「ったく、台風かアイツは。大体何しにきたんだよ」
「さぁ? 久しぶりに皆の顔が見たかったんじゃないかな」
「ハッ! そんなシュショーなタマかよ」
 ばさばさと勢いよく服を脱いでジャージに着替えていく。久しぶりに見た荒北は、相変わらず細くてもしっかりとした筋肉がついている。勉強との両立は大変だっただろうに、定期的にトレーニングしていたらしい。
「さて、今日はどのコースを走ろうか」
 新開の言葉に、ニヤリと野獣が牙を覗かせた。

 結局学校を出てから箱根湯本経由で小田原へ下り、また箱根湯本へ戻って来てそのまま学校を通り過ぎると芦ノ湖の周りを走った。箱根は冬に入ると雪が何度も降り冬の外練習が制限されることもあるが、今日は除雪もされて自転車でも走れるくらいになっている。道の状態は学校のパソコンから、ウェブカメラで道路状況を確認できるウェブサイトでチェックしておいた。これは箱根学園で自転車競技部に入った部員が習い覚える習慣だ。
 秋に引退してから、練習量が落ちたとは言えこの程度の距離はまだ充分に走れる。それでも、大学でも自転車競技を続けるつもりなら、これで満足しているわけには行かない。
 大学も別になる荒北は、どうかな、と言いながらも大学でも自転車競技を続けそうな雰囲気だった。新開と福富が同じ大学に行き、そこでも自転車を続ける、と言うと、レースなら会えるな、とぼそりと言ったからだ。新開としては、そこはレースじゃなくても会いたい、と言って欲しいところだ、と腹の中で少し拗ねる。
「今度は敵同士か」
 面白そうだとそう呟いた顔が、獲物を狙う狼みたいで、そんな小さな不満も忘れた。今までは力強い味方だった荒北が、今度はライバルとして一緒にレースを走る。荒北とは気持ちを確かめ合って、身体を繋げた。それに加えて互いに本気で競い合うことになると考えただけで、余計に興奮を覚えた。
 口にはしなかったが、しつこくどこまでも獲物を追い喰らいつく野獣と、必ず相手をしとめてきた直線の鬼が互いを相手にどれほどの走りが出来るか、ワクワクしていた。荒北も口にはしなかったけれど、同じ気持ちだろう。互いにそれが待ちきれなくて、たまにこうして走っている、と言うこともある。
 芦ノ湖へ抜けて学校へ帰る途中のコンビニでドリンク休憩にした。夕方だったが、まだ陽のあたる壁際に自転車を止めた。