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207号室の無人の夜

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一年も経てば部屋にものが増える。入寮した際に持ち込んだリュックサックに私物を詰め込んでみたが、教材を別の段ボール箱に詰めてみても、逆立ちしても入りきらない。これが一年の重みか。御子柴百太郎が感心しているところへ、一学年上で新三年生の似鳥愛一郎が段ボールの空箱を持ってきてくれた。
 似鳥とはこの一年間同室だった。今日から寮の部屋割りが変わってルームメイト解消となる。
「ほら、どうせ新しい部屋に移動したらすぐ開けるんだから、どんどん詰めて。詰め切れなかったら積み上げて持ってってね」
「余裕ッス!」
 手当たり次第に箱に投げ込んでいく。新しい部屋も同じフロアだ。
「似鳥センパイ、俺の次の相方ってどんな奴ッスか?一年ッスよね。あー、俺ももうセンパイかぁ!」
 中学でも後輩はいたけど、中学の上下関係は比較的緩かった。その点、高校における先輩後輩関係は一味違う。何がどうということもないが、とにかく中学を卒業したばかりの後輩に先輩風を吹かせたいのだ。ここ、鮫柄学園の寮では三年生は三年生同士、二年生は一年生と二人部屋で生活している。二年生は新入生の教育係というわけだ。これはビュービュー先輩風を吹かすチャンスである。
 期待の眼差しで振り返ると、水泳部部長として部屋割り会議に参加していた似鳥は赤点の答案を返却する時の先生みたいな顔で言った。
「モモくん、人数調整の関係で三年生とペアだよ」
 冷たい風が二人の間を吹き抜けて開け放った扉の向こうへ消えていった。
「えええー?!そんなん聞いてないッスよー!」
「新入生の指導役として一番不安だから満場一致で決まったんだよ」
「俺の何が不安なんスか?!」
「ちょ、カエルの水槽持ちながら迫ってくるのやめてよ!そういうトコだよ!」
 似鳥はカエルや一部の虫が苦手なので、一悶着あって以来、一応目につかない場所へ置く配慮をしていた。でも冬眠中だからノーカンだと思う。
「新入生のことは部活で構えばいいだろ!もう、さっさと移動して!」
 背中を押して追い出されたら新しい部屋へと行くしかない。箱に丁寧に詰めた飼育箱や、結局入りきらずに箱の上に載せた水槽が傾かないようバランスを取って振り分けられた部屋へ向かう。部屋番号は二〇七号室。プレートを確認し、扉が隙間なく閉じられていることを確認し、ふさがった両手の指を蠢かせた。ちょっと頑張ってみてもドアノブに指は掛かりそうにない。
 中にいるのは先輩だし、ノックの代わりにドアを蹴るわけにもいかない。どうしよう。迷っている数秒の間に内側から扉が開いた。相方はエスパーかもしれない。
「遅かったじゃねえか」
「うおっちセンパイじゃないッスか!」
 魚住拓也は扉を全開にして、百太郎を迎え入れ、そのまま扉を閉じた。部屋を出ようとしていたわけではないらしい。
「あれ、もしかして俺が部屋の前にいるの分かって開けてくれたンすか?俺まだ何もしてなかったのに」
 本当にエスパーなのかもしれない。期待に満ちた目の前で魚住はひらひらと手を振った。
「お前と似鳥がギャーギャー騒いでるのなんかいっつも筒抜けなんだよ。似鳥に追い出されたのが聞こえて、すぐに来るかと思えばなかなか入ってこねえから」
 段ボール箱の上の水槽をヒョイッと取り上げて入口側の机の下に置いた。奥の窓際の机にはすでに荷物が置かれている。手前が百太郎の陣地と決めていたらしい。見ればベッドも上段の枕元に魚住の私物らしい音楽プレイヤーが無造作に置かれている。
「あー!俺ベッドは上が良かったのに!」
「うっせーな。こういうのは先着順だ。それにお前寝相悪そうだし、高いところから寝ぼけて落ちたらえらい騒ぎだぜ」
「落ちませんって!でも去年はずっと上だったし、下も秘密基地っぽくていいか。ここらへんに布で目隠しして……」
 こだわりがあるようでいて何でもいい。物は見ようだ。小学生の頃に二段ベッドを持っている友だちがいて、歳の離れた兄が一人部屋に移って空き家になった下段を好き放題改造していたのを思い出した。それが羨ましくて親にねだってけんもほろろにつっぱねられたものだ。
「そういうのは後にしてさっさと荷物片付けろよ」
「はーい」
 そっと床に箱を置いて上から順に物を取り出し並べていく。服、ペンケース、コツコツ集めたおもちゃ、おやつ、ゲーム、漫画、丸めたプリント、学校のロッカーに入らなくて持ち帰った資料集、便覧。出すだけだして片付けないのであっという間に手の届く範囲内の床がもので埋まった。それを見かねた魚住が勝手に机に収めていく。
 昨年度の相方だった似鳥ではこうはいかない。似鳥は真面目そうな見た目に反して部屋が汚い。片付けは苦手だと言っていた。百太郎と組んだことで部屋を綺麗に保とうとする意志はますます消え失せ、この春に卒業していった先輩に叱られたことも何度もあった。懐かしい怒声を思い出してテキパキ動く魚住の姿に頼もしさを感じる。
「ん、これ何だ?」
 片付けの途中、魚住が床に並べられた中から茶色いものの詰まった瓶を掴みあげた。中身は土に似ているが、よく見るとおがくずのようだ。傾けて眺め回していると、振り向いた百太郎が大慌てで飛びついてきた。
「わー!ダメっす!ダメ!それは慎重に扱ってくださいよー!」
「だから、中に何が入ってんだよ」
「幼虫ッス。クワガタの!」
「幼虫?どこに」
 瓶を奪い返した百太郎が慎重な手つきで瓶を回しながら、わずかに白っぽい幼虫の体が見える場所を探しだした。特徴的な頭部分は内側に向かっていて見えないが、たしかに幼虫の背中のようなものが見える。
「へー、結構でけぇな」
「今年はちょっと自信あるンすよ」
 得意気に鼻の下をこする。
「こういうの結構難しいんだろ?意外とマメなとこあるんだな」
 飼い主の意向に従って丁寧な手つきで瓶を掲げてじっくり眺める様子に怯えはなく、似鳥との違いを新鮮に眺めた。
 似鳥は成虫ならいいが、幼虫は断固として拒否だ。卒業していった先輩も、折角立派に育て上げたクワガタを手渡した途端に逃すなんて言うので、それはもう胸を痛めたものだ。先輩曰く、高校生にもなって昆虫に大騒ぎするやつは百太郎ぐらい。三歳年上の兄もクワガタの価値を分かってくれると言い返せば、御子柴兄弟は特殊なんだと言い切られた。
「うおっちセンパイはクワガタ好きなンすか?」
「んー、どっちかっつうとカブト派だけどな。実家にいた時には近所に小学生の従弟がいたから一緒に捕りにいってやったもんだ」
「マジっすかー!」
「実家が材木屋だから虫かごに入れとくおがくずもたくさんあったけど、幼虫育てようと思ったことはねえなあ」
「楽しいっすよ!昆虫採集でデカイの捕まえるのとはまた違った楽しみで……」
「わかったからお前は片付けの続きやれよ。ミーティングの時間まで余裕ねえんだから」
 前のめりの額をぐいっと押し戻された。まだまだ話し足りないが仕方ない。これから一年間、朝も晩も同じ部屋で過ごすんだから時間はいくらでもあった。素直に返事をして振り分けられた収納スペースに服を詰め込んでいく。預けっぱなしのクワガタの幼虫が入った瓶は、音も立てないぐらい優しく百太郎の机の上に置かれた。
作品名:207号室の無人の夜 作家名:3丁目