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ゴーストハント 車椅子麻衣シリーズ 始まりの時 1

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ナルの手の中にある鏡が、ピシっ、パシっと嫌な音を立てる。
ちょっと覗いてみると、酷いヒビが入って、今にも壊れそうだ。
どうしよう。
内心焦る麻衣。
そして気づく。
窓ガラスに映ったユージン――ジーンの姿に。
「ナル!窓ガラス!」
麻衣の言葉に、窓ガラスを振り返ったナルは、ただ一言
「役立たず」
確かにナルの立ち位置からは、いくら手を伸ばしても届かない。
麻衣は意を決して、ナルの手を取った。
「何を――」
「あたしがジーンとナルの間を中継する!早くトスして!」
「却下だ。お前の体がどうなるかわからない!」
その瞬間、ナルは一瞬息をのむ。それほどまでに美しい笑顔だった。
「今、ナルにできる事をしないと、後悔するよ?あたしは後悔したくない。だから、自分ができる事をするだけだよ」
それは麻衣の本質なのだろう。
人一倍ドジだが、それなりに仕事をする。
人付き合いが苦手な自分に、依頼人との架け橋を作ってくれるのも彼女だ。
「……わかった。限界が来たら手を離せ。わかったな」
「OK.ボス」
黒い塊がナルと麻衣を食らおうと向かってくる。
ダンッと窓に手をついた麻衣は、伸ばされたナルの手を握る。
――行くよ!――
聞きなれた声と一緒に、右手のナルから光が左手のジーンに向かって流れる。
熱さと重さに眉をしかめる麻衣。
それを何度も繰り返して、ちょうどいい大きさの青白い球体になるまで繰り返したナルは、するりと麻衣とつないだ手を解き、黒い塊に向かって、両手を組んで一気に手を振り下ろした。
白い球体が当たった瞬間、部屋は強い光に照らされて、黒い塊がザラリと砂のように崩れていくのが見えた。

「麻衣!大丈夫か!?」
「ン……なんとか」
ふらふらしながら書斎のデスクに両手をついた麻衣。その時――
ピンッ
「え?」
スローモーションの様だった。
麻衣の真後ろにあった、天井まである書棚の安全金具が全てはじけ飛び、麻衣の華奢な体に覆いかぶさってきたのだ。
手を伸ばそうとしても間に合わない。
PKを使ったばかりなのでまともに動けない。
「麻衣―――!!」
ナルの叫び声は屋敷中に響いた。



目を覚ましたのは、柔らかな風が吹く病院のベッドだった。
かろうじて動ける右腕を動かし、ナースコールを押そうと思ったら、黒い袖の白い手が伸びてきて、あたしの代わりにナースコールを押してくれた。
『ナ――?!』
声が……でない。
「麻衣……」
いつもなら絶対ありえない、ちょっと困ったような微笑みを浮かべて、ナルはあたしの髪を撫でた。
「覚えているか?お前は書棚の下敷きになったんだ。打ち所が悪くて、声帯をやられて、脊椎を損傷した」
それって……
〈もう……しゃべれないし、歩けないってことなんだね〉
ナルが驚いた風な顔をした。
「お前、テレパシーが?」
あたしはふぅっとため息をついて目を閉じた。
〈出来るような気がしたの。霊視の能力も上がってる。今、この部屋に8人いるよ。上の階にもたくさん。さすが病院だね。『死にたくない』って気持ちがいっぱい。きっと過去視も確実にできるし、誰かに教えてもらえば除霊もできる〉
そうこうしているうちにお医者さんと看護婦さんが来て、ナルは部屋の外に行ってしまった。


「彼女の力は、確かに上がっているように見受けられます。テレパシーは私にもつながりましたし、滝川さんたちにもつながったようです。まだ絶対安静なので確実ではありませんが、もしかしたらPKの能力を開花させた可能性もあります。どうしますか?」
どうしますかとは、ハンデのある麻衣をこれからどう扱うのかと言う事だ。
きっと来るであろう質問に、すでに僕の気持ちは決まっていた。
「僕としては、麻衣をSPRの調査員として、本国に正式に登録したいと思っている。声が出ない。強いPK、ESPの能力。このままいくとコントロールを知らない麻衣は駄目になる」
リンが僕のことを苦笑いしながら見ていた。
「貴方が彼女のことを心配で、の間違いでは?」
そんなこと知るか。僕は心の中で呟いた。


今あたしはSPRの近くの公園に来ていた。
公園の入り口には、ぼーさんたちイレギュラーズとリンさん、ナル、安原さん。
「麻衣!手を使わずに車椅子は動かせるか?」
〈うん〉
あたしは両手を膝の上に置いて、軽く念じる。
すると、からからと車椅子はひとりでに動き出して、Uターンも完璧にすることができた。
そのままからからと入り口近くまで行くと、ナルが車椅子の右についてくれて、手を使っていないか確認してくれた。
「次はこれだ」
ナルが見せたのは子供が遊ぶようなゴムボール。
「空中で制止させろ。いいな?」
〈うん〉
ポーンとボールが放り投げられる。
あたしはボールを目で追う。
放物線上に投げられたそれを、ちょうど下に落ちかけたところで制止させる。
〈できたよー〉
笑って手を振ると、みんながあたしのところまで走ってきた。
「もう!あんたってば退院したばっかりなのに、もうこんなこき使われちゃって!」
綾子にかいぐり、かいぐりされて、真砂子には手をぎゅっと握られた。
「ハンデは負っても、生きていてくだされば、あたくしはそれだけで十分ですわ」
「そうでおます。生きてさえいればいいことありますよって」
ふんわり笑ってくれるジョン。そして、ジョンはポケットからロザリオを出して、あたしの首にかけてくれた。
「麻衣さんの為にお祈りしましたですよって。お守り代わりに持っといてください」
ぼーさんがふと思い出したようにポケットからシャラリと何かを出した。
それに続いて綾子も、リンさんもなにか輪のようなものを出してくれる。
「力が強くなった分、霊に気づかれやすくなります。護符は多く持っていた方がいいですよ」
そういってリンさんがあたしの手首にはめたのは、ガーネットの埋め込まれた細いブレスレット。
よく見ると、輪の部分全体に守りの言葉が彫ってある。
「あたしのは、護符と、木の神様から直接いただいてきた枝が入ってるのよ?きっと守ってくれるわ」
綾子が差し出したのは、朱色に綺麗な金糸で刺繍がされたお守り。
それがすごい力を持ってるものだってことは、よく分かる。
「右に同じ。数うちゃ当たるじゃねぇが、必ずどれかに引っかかるからな」
ぼーさんが、後ろに回ってそっと金具を付けてくれる。
それは可愛らしい花と蔦の絵柄の、細い筒状のペンダントヘッドのネックレスだった。
「中に護符が入ってるからな。定期的に入れ替えてやるから、安心しろよ」


「で?これからどうすんだ?麻衣」
〈どうするって?〉
草原にレジャーシートを引いて、皆でお昼ごはん。
車椅子からはナルが降ろしてくれて、腰がいかれちゃって自力で座れないあたしを、胡坐をかいた足の上に座らせてくれた。
〈足、痛くない?〉
「このくらい大丈夫だ。それにお前は怪我をする前よりも軽くなった」
ナルはそう言いながら、ポテトサラダのサンドウィッチを口に運んだ。
あんなに食事させるのが大変だったのに、あたしが怪我してからあんまりわがまま言わなくなった……。
あたしが怪我したせい?