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声帯を痛めてから、あまり熱い飲み物が飲めなくなったあたしは、自分用の水筒からアイスティーをコップに注いで、ゆっくりと喉を潤す。そしてナルを見上げる。
〈迷惑なら捨てていいんだよ？一人でも生きていけるから。それが当たり前だったから、甘えちゃってるけど、ホントは他人だもんね〉
あたしは背中をナルに寄り掛けて、ナルにだけ話しかけた。
〈ナル、あたしの怪我は誰のせいでもないんだよ？ナルが責任を感じてるのならあたし、SPR辞めてもいいんだよ？今まで一人で生きてきたんだから、一人に戻っても平気。ありがとね〉
するとこつんとナルがあたしの頭を小突いた。
え？なに？なんで？混乱しているあたしに、サンドウィッチを食べ終えたナルが呆れたように言う。
「そういうお前が、一番自分のせいだと思ってるんだろう？それに階段があるから、今までの処には住めない。車椅子が入れるくらいの間口がある、バリアフリーの部屋をお前はどうするつもりだ？」
う……言い返せない。
「その上、お前は１８。学校の方は設備が無いから特別に、通信で卒業単位はもらえることになったが、進路はどうするつもりだ？」
うう……みんなの視線が痛い……。
「言っておくが、どちらかのハンディキャップならばなんとかなるだろうが、下半身不随に声が出ないなんて、二重のハンディキャップで仕事ができると思うのか？」
〈じゃあどうすればいいのさ！〉
「こうすればいいんだ」
ナルはリンさんが出した何枚かの紙を、バスケットを片づけたシートの上に広げる。
「まずは、SPRの保険が全額降りる。これがその書類だ」
ナルはペラリとその紙を拾い上げてリンさんに渡す。
「次に、障碍者年金。麻衣は形式的にはアルバイト扱いだったが、調査員になった時点で、非常勤の職員にしてあるから年金はしっかりかけてあった。SPRは厚生年金を使ってるから、完全な下肢不随の麻衣は１級。それだけでもそれなりの額にはなる」
またペラリと紙をリンさんに渡すナル。
「それと、僕の家のゲストルームが一つ空いているんだが……」
ナルはにやりと笑う。
「外人用に作られているから車椅子も入れる。現に車椅子で生活している人間も少なくない。バリアフリーの工事を少しすれば、快適に暮らせると思うんだが？」
つまり……
「家に来い。麻衣」
〈ええーっ？！〉
思わず絶叫すると、みんなにうるさいと怒られてしまった。
〈でも、あたし、何もできないよ？〉
「キッチンもバリアフリー化してもらえば、いつもと変わらずに料理が作れるぞ」
ぐっ
「それに仕事が全て力仕事じゃない。PKでできるような、軽い配線の接続と調整をリンに教えてもらえ。安原さんの助手として資料の整理もある。それに――」
ナルはあたしを姫抱きにして車椅子に座らせるとにやりと笑って、
「身内に強力な霊視能力者がいれば、こちらも助かるからな」
うにゅぅ……
〈じゃあ、一つだけお願いがあるの〉
「なんだ？」
「どうしましたでおますか？」
「どうしたの？麻衣」
「どうしましたの？麻衣がお願いなんて」
「どうしましたか？谷山さん」
あたしは前から考えていたことを口に出した。
〈陰陽道の修行がしたい〉
驚いてるみんな。
ずっと思ってた。
みそっかすじゃない、誰かのために何かができる人間になりたい。
「谷山さん。陰陽道は、巫蠱道と同じく、とてもきつい修行だと伺っています。退魔の術が知りたいのなら、ここに居るみなさんの教えを乞うことでも十分では？」
あたしは笑う。
心配性のリンさん、娘って言ってくれるぼーさん。
今にも泣きそうな顔をしてる綾子と真砂子。
ただ茫然とあたしを見てる安原さん。
一人優しく微笑んでくれているジョン。
そしていつもより優しいナル。
〈この中で唯一足りないのは陰陽道でしょ？みんなの補助がしたいの。だから――〉
「一年だ」
みんなの視線がナルに行く。ナルはポンとあたしの頭に手を乗せて、言い放った。
「ナル、危険です」
「だから僕も行く」
みんなが耳を疑った。
ワーカホリックで、活字中毒で……そんなナルが一緒に行ってくれるの？
「……リン、どうする？」
ナルの静かな声。
リンさんは大きなため息をつくと
「お付き合いしましょう。二人ともまだ庇護の対象ですからね」
「庇護つったってこいつ等１８と１９だぞ？」
リンさんは優しく微笑んで
「精神年齢的にはまだまだですよ」
と言った。
「さて、知り合いに陰陽道の師をしている者がいます。連絡を取ってみましょうか」
リンさんは早速携帯電話でどこかに電話をかける。
そして、２週間後、あたしとナル、リンさんは陰陽道の発祥の地、京都へと旅立った。