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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第一話「ラピス・フィロソフォラム」

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遠くから、声がした。 あの手が伸びる。 黒い真珠色が世界を塞ぐ。

本当にこの世は残酷だ。 でも仕方が無かったんだ。 友達の居ない世界に耐えられなくて、俺が我儘を言って
そこから逃げようとしたから、きっと罰が当たって。

何もかもが潤んで歪む。 溢れる涙を堪えられず、動かぬ手足と共に、彼の心も軋んでいく。
口の開いた鞄から、卵の宝石が転がった。 澄んだ緋に、傷だらけの自分が映り込む。

これが、本当のお守りだったら。 せめて、せめて友達は、みんなは、フェリクスは守って。 俺はどうなったって構わない。 どうか、どうか。 俺が居なくなった時の代わりになって。
弱り果てた右の腕を伸ばし、トーリスは一抹の望みを掴み、

彼は応えた。

緋の宝石は眩く輝き、全てを緋に染め上げる。 それは哀れな子羊への施しか、死に逝く兵への暴虐か。 帯状の光は、息も絶え絶えの少年の身を包み、羽根と埃に塗れた制服を、清めの装束に作り替えていく。 最後に宝石はシャープ記号型に姿を変え、トーリスの喉元右に装着された。
「…トーリス!」
英雄の誕生を異形達は待ちはしない。 動きを止めたトーリスは淀んだ真珠の烈風に完全に呑まれる!
しかし十分だった。 虐げられた子羊が、狼共に牙を剥き、瀕死の兵が死力を尽くし身を擡げ、最期の雄叫びを挙げ… 反逆の狼煙を上げるだけの猶予があった!
 「「「ヴェェエエェエエエ!!!」」」
幼い子供の様な悲鳴の後、薄汚れた黒の珠に大穴が開く。 緋を帯びた右腕が唸り、仮面の化生は翼を捥がれ数匹が転げ落ちた。 革鎧の如く堅牢に編み上げられたコルセットの様な装束を身に纏い、下らない漫画を読んだ時のように、訳も分からず彼はそこにいた。 しかし如何すべきかは分かった。 この場から逃れるには如何すべきか、この化け物を如何倒すべきかは!
 「ら、ラアァアアアッ!!」
不自由な左腕と右足にトーリスは全力を注ぐ。焼けた鉄板に水を放つかの如く、淡い虹色は砕け呪縛は解かれた! 空中魚群を強引に撥ね退け、親友を抱え着地、勢いのままV字の異常軌道で赤のカーテンに飛ぶ! 軌道上の異形は大きく肉を抉られ、力なく石畳に落下した。

一難が去り、疲れ果てた身体をカーテンに委ねて二人は足下を見下ろす。 身体に比して小さな翼ではそう長くは飛べないらしく、不気味な仮面の個体差が判るよりも前に、仮面の化生は力尽き、石畳に不穏な染みとなって粘着質な衝撃音を辺りに響かせている。 トーリスは一息つき、カーテンを掴む側とは逆の腕で胸を撫で下ろす。
化け物からの逃げ方は分かった。 後は早く出口を探して、こんな最悪な世界から出て行こう。 そう思案した矢先、劈くような轟音が、この場を一斉に轟いた。
 「なんなん、なんなんよ、あれ」
次の一難は傍に差し迫っていた。 彼らが思っていたよりもすぐ傍に。
五メートル近い巨大な純白の人形は、バイブルの様な古びた書物を一心に振り下ろしている。 背表紙には大量の重厚な刃。 それは動く石畳を化け物諸共粉微塵に、順序正しく粉砕していく。 動く歩道などと生易しいものではなかったのだ。 さながら自動の断頭台、高価な昆虫標本を奪う強盗犯、吊り下げられた家畜を平等に殺める屠殺場…。 先ほどまで彼らは此処に居たのだ。 この一方通行の、地獄のベルトコンベアーのライン上に!
トーリスは間違ってはいなかった。 小さな仮面の異形達から逃れるにはこの赤い光芒に縋り付く他は無い。
だがカーテンが垂れ下がるのは背表紙ギロチンの目の前だ。 しがみ付いて居られる今は良い。 しかし両の腕に限界が来たら? 頼みの綱を掴む気力も尽き、化け物達の後を追い、冷たく無慈悲な染みに変わる羽目になったら―?
 「っ!?」
考える余地はない。 極度の緊張で手が汗ばんでいた二人は少しずつ、しかし確実に石畳に、死へと近づいていく! トーリスは覚悟した。 フェリクスを肩に背負い、垂れ幕を…離す!
 『俺は、日常を、友達を、家族を、皆を、守る!!』
保護の光が、円陣が、彼の足下、落下地点に何重にも重なり、衝撃を受け流し、周囲へと解き放ち― 針路上の障壁を、邪魔者を、異形を悉く肉塊へと変えていく!
「「「「「ヴェェエエェエエエェエエエエェエエエ!!!!!」」」」」
小汚い天使の悲鳴が合唱となって反響する。 必死でしがみ付く親友に気を配り、異形何匹かを踏み台に、彼らは初めに居た辺りに戻って来た。 英雄のように生まれ変わったトーリスは徐々に思えてきた。 あの巨大な人形は倒すべき相手なのだと。 何故かはわからない。 友達を守るために倒す。 今はそれだけでいい!
使い方の分からなかった力も、その身には既に馴染んでいた。 生まれた時から持っていたかのように。
石畳は再び巨大な人形の元に彼らを導いていく。 だが、屠殺場に運ばれるがままの羊はもう居ない。 今居るのは、死に瀕し決意を固めた餓える狼だ!
策など無い。 だが此処に居ればいずれ死ぬ。 ならば前に進む他は無い、前へ、前へ! 大人程は足りず、幼い子供ほどは欠けていない半端な思慮深さが彼らを今まさに突き動かしている! 迫る化生、だがこれしきに怯える時間は無い! 金属音と共に迷わずトーリスは右ストレートを放つ!
 「ヴェェエエェエエエ!」
袖から現れた三連の槍は衝撃を一直線に引き延ばす! 出遅れた個体諸共絵具くずれは磔刑に処された! 左から新手! ラリアートで受け止め槍を発射! 二軍も磔刑! 金髪の少年は友を信じる他に道は無い。 若き英雄は両腕を振り下ろす。 映画の銃撃戦で聞いたそれに似た装弾音が、自身の代わりに、背後の華奢な少年の問いに答えた。 そんな気がした。 ついに処刑人形が眼前に現れた。 執行人は真正面に両腕を構え、放つ。
 「ぁあ、あぁああぁあ!!!!」
雄叫と機関銃の如き一斉掃射! 猛烈な槍の雨が、欺瞞の救いも、天使の皮を被る悪魔も、偽りの指標も何もかも、轟音と共に砕け散る! 絶えず受刑者の命を奪ったギロチン人形の腕は拍子を狂わされ、遂にベールの下のべとついた本体を晒し出す! だがもう手遅れだった。 もう手番は終わったのだ。 新たな執行人は叫んだ。
 「とどめッ!!!!」
緋の光は彼に応じ、今までにない巨大な槍に姿を変え、人形もどきの異形を貫いた。

化生は弾け飛び、屑肉や血反吐と共に世界を切り裂き… 彼らは、元の世界に、
灰色の連絡通路に、立ち尽くしていた。
フェリクスに怪我は無い。 トーリスは安堵と共に座り込む。
再び緋の光が彼を覆い、衣服は元の制服に、しかし汚れ一つなく。

喉元の宝石は卵型の姿に戻り、何事も無かったかのように、元の場所に戻った。
 「な、なんだったんだろう。 アレ」
死線を彷徨った強い恐怖と共に、ほんの僅か、だが確実な快楽。 トーリスは戸惑ったようで、少し笑っていた。
 「俺達、助かったんだし。 生きてるなら何でも良くね?」
脱力したフェリクスを見る。 そうだ、俺は親友を助けたんだ。 しかも最高にかっこいい、映画のヒーロー見たいに。 オタクっぽいけど気の良いクラスメイトが勧めてくれた、バトルアニメの主人公みたいに。 彼は笑いを堪えつつ親友に答え、心の中でこう思った。