魔法少年とーりす☆マギカ 第二話「ホープ・ダイヤモンド」
『女子生徒が着るもの』。 元来軍服であったにも関わらず、いつからかそんな訳の分からない印象がついて回る衣装。 女生徒の定番という立場も屋台骨が揺らぎ始めているこのご時世で、女子制服、男子制服共にセーラー服が指定されている学校はまず存在しないだろう。
そんな珍しい存在の一つが、この私立ときわ中学校。 男子生徒二人が今正にその校門を抉じ開けている所だ。
創立百年以上の歴史ある私立中学だが、夏休み前に大規模な移転が行われ、全面強化ガラス張り、屋上にはスカイガーデンと最新鋭ソーラーパネルが数十枚単位で並ぶ鉄筋コンクリート。 周囲の半端な商業ビルよりも新築の仰々しさを強烈に主張する新校舎は、本来の省電力化云々に効果を発揮しているかはともかく。 勉強漬けの日々に鬱屈していた生徒達を、心機一転させるだけの転機とはなっただろう。
「あっ… もう、もう、居るよね…」
トーリスはヒーローの空想世界から完全に追い出され、気まずさを隠さんとする面持ちで見知った姿を見つけた。隣に女子も居る。 知らない顔。 茶色がかっているが、色が淡く茶髪と断じて良いのか悩む微妙な髪色である。 スカートはそう短くは無い。 上履きのラインは緑。 トーリス達のそれと同じ色だ。 正面玄関で待っていた面子の表情は、予定を大幅に狂わされた困惑と言うより、生き別れた子と再会の叶う親の安堵。 似た様な光景をトーリスはここ最近のニュースで見た覚えがあった。
「フェリクスちゃん!」
知り合いの生徒に声をかけるより前に、女子生徒は親友を呼んだ。 駆け寄るフェリクス。 大した距離でも無い。 なのに何故か、トーリスは親友がまた、手の届かない、何処か遠くへ行ってしまったような錯覚を覚える。
「一時間近い遅刻ですが… まあいいでしょう」
知り合いは思っていた程怒ってはいない。 それどころか表情には労いさえ窺える。 トーリス達の事情を、先の厳しい戦いを、既に察して居るかのように。
紫がかった独特の焦げ茶を、本人から見て右の分け目からやや後ろに流す小洒落た髪型。 実は単なる癖でしかない跳ねた髪束も、ファッションにさほど関心の無いトーリスにはお洒落の一環のように見えた。 レンズの下半分を枠で囲った、高そうな眼鏡越しに見える、やや赤みを帯びる紫の落ち着いた眼差し。 クラスメイトなのだから同学年の筈なのだが、ローデリヒは生まれた世界が違う。 学生ながらに彼はそう感じざるを得なかった。
「アッ、ごめんなさい。 ヘーデルヴァーリ・エリゼベータ。 エリゼベータって言います」
自分達だけで盛り上がっていた事を詫びるように、傍の女子生徒は会釈の後右手をそっと差し出した。 トーリスも右手で応える。 緩やかなウェーブにぱっちりとした深緑の瞳。 前髪は左分けで本人から左側に花をあしらった髪飾りが可憐だ。 背丈はフェリクスと大差なく、強いて言えば彼女の方がやや低いだろうか。 とても同い年とは思えず、よくよく見ずともかなりの美人と解る。 大きな胸につい視線が行くが、女子の胸をまじまじと見るのも失礼だ。 結局彼はエリゼベータの目元をじっと見つめるしかなかった。
「エリゼベータはフェリクス、つまり貴方の友人と交流が深いんです」
ローデリヒが業とらしく咳き込む。 先の挨拶に何かまずいところでもあっただろうか。
「私は彼女と旧知の仲でして。 ああ、もちろん恋仲とかそういったものではなく、あくまで昔馴染みの友人と言う意味ですよ? 誤解されては困ります」
トーリスよりやや線の細い手は熱弁の身振り手振りを披露する。 仮に大して知らぬ相手同士が付き合っていようと、こちらに何か困った事が起きるわけでもないのだが。 トーリスは眉を顰め、フェリクスとエリゼベータは悪戯っぽく笑った。
「あの、さ。 結局勉強会では、なにを」
「勉強会ですか。 そ、そうですね、自由研究のテーマ。 それを今日中に探しましょう」
この場に色恋に関心のある者など居ない。 やっとそれに気付いたローデリヒは、勉強会のノルマを提示しながらずれた眼鏡を左手でかけ直し、昇降口の下駄箱に向かった。
中指にライラック色の石が収まった、やや幅の広い銀の指輪。 不意にトーリスは目が行った。 チープではないが、今まで見たローデリヒの印象や趣味嗜好とはどうにも一致しない重苦しいデザイン。 そもそも、育ちの良さそうな彼が夏休み中とは言え、学校に指輪などつけて登校するだろうか。 中指の爪にだけ、ネイルアートのように浮かぶ十六分休符のシンボルを横目に、拭いきれない違和感を覚えながら、トーリスはローファーから上履きに履き替えた。
そんな珍しい存在の一つが、この私立ときわ中学校。 男子生徒二人が今正にその校門を抉じ開けている所だ。
創立百年以上の歴史ある私立中学だが、夏休み前に大規模な移転が行われ、全面強化ガラス張り、屋上にはスカイガーデンと最新鋭ソーラーパネルが数十枚単位で並ぶ鉄筋コンクリート。 周囲の半端な商業ビルよりも新築の仰々しさを強烈に主張する新校舎は、本来の省電力化云々に効果を発揮しているかはともかく。 勉強漬けの日々に鬱屈していた生徒達を、心機一転させるだけの転機とはなっただろう。
「あっ… もう、もう、居るよね…」
トーリスはヒーローの空想世界から完全に追い出され、気まずさを隠さんとする面持ちで見知った姿を見つけた。隣に女子も居る。 知らない顔。 茶色がかっているが、色が淡く茶髪と断じて良いのか悩む微妙な髪色である。 スカートはそう短くは無い。 上履きのラインは緑。 トーリス達のそれと同じ色だ。 正面玄関で待っていた面子の表情は、予定を大幅に狂わされた困惑と言うより、生き別れた子と再会の叶う親の安堵。 似た様な光景をトーリスはここ最近のニュースで見た覚えがあった。
「フェリクスちゃん!」
知り合いの生徒に声をかけるより前に、女子生徒は親友を呼んだ。 駆け寄るフェリクス。 大した距離でも無い。 なのに何故か、トーリスは親友がまた、手の届かない、何処か遠くへ行ってしまったような錯覚を覚える。
「一時間近い遅刻ですが… まあいいでしょう」
知り合いは思っていた程怒ってはいない。 それどころか表情には労いさえ窺える。 トーリス達の事情を、先の厳しい戦いを、既に察して居るかのように。
紫がかった独特の焦げ茶を、本人から見て右の分け目からやや後ろに流す小洒落た髪型。 実は単なる癖でしかない跳ねた髪束も、ファッションにさほど関心の無いトーリスにはお洒落の一環のように見えた。 レンズの下半分を枠で囲った、高そうな眼鏡越しに見える、やや赤みを帯びる紫の落ち着いた眼差し。 クラスメイトなのだから同学年の筈なのだが、ローデリヒは生まれた世界が違う。 学生ながらに彼はそう感じざるを得なかった。
「アッ、ごめんなさい。 ヘーデルヴァーリ・エリゼベータ。 エリゼベータって言います」
自分達だけで盛り上がっていた事を詫びるように、傍の女子生徒は会釈の後右手をそっと差し出した。 トーリスも右手で応える。 緩やかなウェーブにぱっちりとした深緑の瞳。 前髪は左分けで本人から左側に花をあしらった髪飾りが可憐だ。 背丈はフェリクスと大差なく、強いて言えば彼女の方がやや低いだろうか。 とても同い年とは思えず、よくよく見ずともかなりの美人と解る。 大きな胸につい視線が行くが、女子の胸をまじまじと見るのも失礼だ。 結局彼はエリゼベータの目元をじっと見つめるしかなかった。
「エリゼベータはフェリクス、つまり貴方の友人と交流が深いんです」
ローデリヒが業とらしく咳き込む。 先の挨拶に何かまずいところでもあっただろうか。
「私は彼女と旧知の仲でして。 ああ、もちろん恋仲とかそういったものではなく、あくまで昔馴染みの友人と言う意味ですよ? 誤解されては困ります」
トーリスよりやや線の細い手は熱弁の身振り手振りを披露する。 仮に大して知らぬ相手同士が付き合っていようと、こちらに何か困った事が起きるわけでもないのだが。 トーリスは眉を顰め、フェリクスとエリゼベータは悪戯っぽく笑った。
「あの、さ。 結局勉強会では、なにを」
「勉強会ですか。 そ、そうですね、自由研究のテーマ。 それを今日中に探しましょう」
この場に色恋に関心のある者など居ない。 やっとそれに気付いたローデリヒは、勉強会のノルマを提示しながらずれた眼鏡を左手でかけ直し、昇降口の下駄箱に向かった。
中指にライラック色の石が収まった、やや幅の広い銀の指輪。 不意にトーリスは目が行った。 チープではないが、今まで見たローデリヒの印象や趣味嗜好とはどうにも一致しない重苦しいデザイン。 そもそも、育ちの良さそうな彼が夏休み中とは言え、学校に指輪などつけて登校するだろうか。 中指の爪にだけ、ネイルアートのように浮かぶ十六分休符のシンボルを横目に、拭いきれない違和感を覚えながら、トーリスはローファーから上履きに履き替えた。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第二話「ホープ・ダイヤモンド」 作家名:靴ベラジカ