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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第二話「ホープ・ダイヤモンド」

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ときわ中新校舎の間取りは至って単純明快だ。 昇降口を入ってすぐの、床と天井を除き四方が完全に透けた壁と扉で構築された各クラスの教室。 プライパシーや防音施設その他諸々を考慮して、他校同様不透過な壁が設けられた男子女子、何がしかの事情のある生徒や教員用のトイレと更衣室、そして音楽室や家庭科室が最奥に位置する。 目的の図書室は不可視な奥、可視の手前の中間だ。
【ときわ中魔術部】の粗末な張り紙が貼られた空き教室を後目に、先頭のローデリヒはそそくさと図書室の扉を開ける。 魔術部員は三人のみで、厳密には部ですらない。 何度通りかかっても部員達はただ一つの机を囲んで話し込んでいるようにしか見えず、活動内容を把握している部外者は恐らく皆無。 オカルティックな噂が絶えず、たまに興味を持った生徒が見学に入っては、すぐさま退屈そうに立ち去っていく様は、この場の四人のみならず沢山の生徒が目撃している筈だ。 これと言った問題は起きておらず、野球部やサッカー部と言った花形的立場でも無い為か、特に勧告の類も出ず学校側からは黙認されているようである。
ほんの少し前に本物の魔法― もちろん確証は無く、魔法と呼ぶ他に相応しい呼び名が無いが故の、便宜上のものであるが― 確かにそれを目撃したトーリスは、表には出ないが冷ややかな気分で手書きの張り紙を見届ける。 本物の魔法が使えるなら、それは皆の為に使うべきだ。 こんな非公式な場でしょうも無い魔法ごっこに使う為のものじゃない。 アニメのスーパーヒーローの影響か、それとも本能的な何かが自分にそうしろと語って来るのか。 特に誰の為でも無く、彼は私欲の為の奇跡を切り捨てた。 まだまだ自我とそれ以外の区別が不明慮な中学生は、傍から見るとどうにも理解しがたい自己肯定と他者の否定を良く繰り返す。 それは特に可笑しな事ではない。 無暗に表に出して他人を攻撃するから問題視される。 良くも悪くも、何処の社会でも同じ事だ。

自我の曖昧な英雄もどきも、やがて図書室に足を踏み入れた。 順風満帆な学校の経営状況が豊富な蔵書数から見てとれる。 三階までの吹き抜けの空間が広がり、新旧綯い交ぜの書物の森が、所狭しと生い茂っている。 何せ市営図書館にも負けない十万単位の本が此処にはあるのだ。 きっと宿題の良い材料も見つかるだろう。
 「良い本が見つかったらここに戻りなさい。 後でまた会いましょう」
ローデリヒは冷房の具合が一番良い机を指し、エリゼベータと一緒に音楽史の本棚へ向かった。 トーリスはある重大な事に気がついた。 このごろは親友探しに躍起で、夏休みの宿題など露ほどにも頭に無く、ましてや自由研究のテーマ、研究材料など何一つ決めていなかったのだ。 彼にとっては、丸々一週間遅れの長い休み。 皆揃って満喫する為にも、片付けられる宿題は片付けられる内に何とかしておきたい。 もう少し交流が深ければ、ローデリヒ達に相談するのも有りだったかもしれないが…。
 「これは? これなんかまじ可愛くね?」
友人の悩める様に堪えるかのごとく、抑えた声でフェリクスは親友の鞄をつつく。 ジッパーを開けると… 先ほどの卵型の緋色をした宝石が覗く。
 「宝石…?」
悪くないかも知れない。 昆虫採集なんて子供じみた研究に興味は無いし、…先ほど他でもない自身が昆虫標本紛いにされかけた厭なトラウマが出来たが、宝石は見た目も良いし、すぐ傍の商業街に行けばデパート、小売店。 売っている店は山ほどある。 写真を使っていいかの是非を問うのもネットで画像を探すよりはクリアで、業界の人しか知らない裏話も聞けるかも知れない。 共同研究とのたまって面倒な調査を丸投げされる予感もしたが、消息を絶っていた親友が何事も無く戻って来た歓喜で、トーリスはそういった不穏には盲目となっていた。
地球科学、鉱物の本。 手当たり次第に、彼らはそれらしい本を棚から取り出す。

【オペラの歴史】【やさしい作曲入門】など、興味を惹いたものは粗方読了し、ローデリヒは溜息をついた。
「トーリス達はどこに行ったのです? このお馬鹿さんが」
「ここから出て行ったのなら、ローデリヒさんか、私か。 どっちかが気付いてた筈です」
彼らが座るのは、一番冷房の具合が良い机、一番眺めが良い席。 そして図書室への出入りに対し、違和感なく警戒し続けていられる席だ。 トーリス達は気付いただろうか。 彼らを、『彼らを含めた自分達四人』の何かを狙う存在に。 ローデリヒには追跡者になんとなく心当たりがあった。 だが確証など何一つない。 無暗にトーリス達に情報を明かし、予想外の動きをされても困る。 やっと見つけた味方『より』のエリゼベータに、不安材料を見せつけるなど以ての外だ。 ローデリヒは、警戒を続ける他に良い手立てを見つけられずにいた。 以前図書室を訪れた時は此処まで蔵書は豊富ではなく、あちこちに小さな視界の窓が開いていたのだ。 これならいっそ、警戒出来る域の一部を捨て、三階相当のテラスを集合場所にした方がよかったか―

先に察知したのはエリゼベータだった。ローデリヒのそれと同じ指に嵌めた同じ指輪。 しかし彼女の指輪には琥珀色の石が収まっており、中指の爪にはパーセント記号を反転した様なシンボルが浮かんでいる。
 「…近くです! いったい何処に」
応える前にローデリヒは消えた。 彼女が感じ取ったそれとは違う何かを聞き取り、それを追う為に、駆けた。
 お陀仏だ。 こいつは回収出来ない。 処理は連中に任せるのだ。
 危ないよ。 アイツラが新入りだったらどうすんのサ。
 やもいねい。 ひとわぁな?
 おい、誰か…
複数人。 聞き取れない声もあるが三人以上。 いや四人か? ローデリヒは一直線に向かう。 ここから奥は行き止まりだ。 窓はあるが一枚一枚が巨大で、窓枠から鍵までとても一人では手が届かない。 しかしまた予想は外れた。 そこには、人影がただ独り。 広大な図書室だが昼間は照明が付いておらず、夏の日差しが孤独な影を強調する。 目深に被ったパーカーで顔は伺えないが、彼には見当がついた。 この背格好で、この猛暑日に、汗を一つもかかず。軽い傷一つ嫌い、全身の肌と言う肌を覆い隠すその人物に、心当たりがあった!
 「お待ちなさ…」
ローデリヒは声を荒げる。いや、荒げようとした。 自身の口の前に人差し指を立てた人影と共に、ローデリヒも同じように指を立てていた。
 「…!!」
口を出すな。 声には出さず、侵入者は唇を静かに動かした。 ローデリヒも同様に唇を動かし、同じ体勢のまま、―同じ体勢を強制されたまま、逃亡劇を見ている他なかった。 わずかな一瞬が、数秒に、いや何時間にも引き延ばされたよう。 何者も触れる事無く窓の鍵は容易く開き、闖入者はゆらりと身を擡げ消えた。 けたたましい蝉の鳴き声が、空しく図書室に響き渡る。
  「ローデリヒさん!」
急な騒ぎの音にエリゼベータは駆け付ける。 しかしもう遅かったのかも知れない。
 「トーリスと、フェリクスが。 ―危険です」
呪縛の解けたローデリヒは、ただそう呟いた。 呟くのが今の限度だった。