無自覚距離
「影山くん、お疲れさま」
「ども、ッス」
真っ白なタオルを手渡してくれる谷地さんはそれを受け取るだけで嬉しそうに笑う。まるで小動物みたいだと感じる瞬間に、影山は何度も思うことがあった。
こんなに小さかったっけ。
身長差が30センチもあるのは知っていたけれど、真っ直ぐと見上げてくる瞳が、思っていたよりも遠いと感じるようになったのは最近だった。
もう少し、近くで話しても良いんじゃないか。
影山は風の通るドアの近くに座り、遠目で他のチームメイトと彼女のやりとりを眺める。全身をめいいっぱい使って話す日向を見て楽しそうに笑う谷地の姿が目に映った。その二人の距離がやたら近く見える。
俺もあのくらい――。
ぱちり、と目が合った。ぼんやりと考え事をしていたせいで目を反らし損ねて、どうしようと迷っていれば谷地が微笑んだ。マシュマロのような柔らかい表情を、他の誰でもない影山に向けて。
その瞬間、心臓が跳ねるのが分かった。跳ねた余韻で鼓動が速くなってすぐには治まらない。それが緊張に類した動きだと気づけば、及川さんと相対している訳でもないと頭が混乱する。
これは、まずい。
目が合うたびに緊張してしまうなら、バレーに影響が出てしまう。目を合わせないようにしなければ。
けれど、焦る心に反して影山には目を合わせない用にする術なんて知らなかった。
「おい、日向」
「なんだよ」
部室に落ち着いて、着替えようとしていた日向を呼び止める。返ってくるのはぶっきらぼうな言葉と、真っ直ぐな視線だった。
あ、こいつに聞くのは無理だ。影山の直感が、そう告げる。
「やっぱいい」
「なんだよ!?」
「月島!」
誰とでも他の人と目を合わせて話す日向には、きっと答えが分からないはずだ。
「なに。王様がなんの用?」
「王様じゃねぇ。というか、お前、他人と目を合わさないの得意そうだよな。目を合わさないコツを教えてくれ」
「ハァッ!?」
不機嫌な声に負けじと言えば、一瞬にして月島の眉間の皺が深くなる。
「なんなのいきなり。ていうか、キミって他人と目が合うときなんてあるの?」
「あんだよ、文句あんのか!」
「文句とかじゃなくてさ」
「急に谷地さんと目が合ったらぞわぞわするようになったんだ。何とかしてくれ」
目を合わさないようにしようとすればするほど、谷地と視線がかち合って落ち着かなくなる。
今日なんてサーブやトスでミスを生産するばっかりで、日向に揶揄されて縁下に本気の心配をされてしまった。それもこれも、谷地と目が合うせいだ。
言い訳を頭に浮かべれば、目が合ったときに見せられた谷地の笑顔が思い出され、ドクンと心臓の音がうるさく鳴った。
まずい、まずい。
誰でも良いから、今のこの状況を何とかしてくれ。影山は強く叫びだしたかった。