黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 21
大悪魔に仕え、身も心も捧げ、その者の命のまま非道の限りを尽くしたシレーネは、最早新たな何かに転生することなど、叶うはずもなかった。
イワンはシレーネに突き付けた、血の滴る刀を下げ、その血を払い、鞘に納めた。
そしてシレーネに背を向ける。
「っく……! 殺さ、ないのかい? あたし、が、憎いん、じゃ、ないの……?」
イワンは振り向かない。
「ギアナの人々の仇は、取りました。もうあなたに用はない。そのまま消えてください」
イワンは一言告げると、シレーネのもとを立ち去ろうとする。すると突然、シレーネは笑い始めた。
「アハハハハ……! 甘い子ね……、敵と言えど、殺すのが怖いのかしら……!?」
イワンは妄言と考え、相手にしない。
「ごほっ! ……あたし、知ってるのよ。あんたの、その力、大切な、お姉さんが、死ん、だと、思ったから、生まれた、んだってね……」
イワンは立ち止まった。
「いつ、までも、姉離れ、できないか、ら、あたしの体を見ても、なん、にも、感じなかった。……違うかしら?」
シレーネはまくし立てるように言う。
「アハハ……! ひょっとして、お姉さんを、一人の女として愛してるとか? アハハ! 笑えるわ。気持ち悪い弟を持ったばっかりに不幸になった女なんて、アハハハハ! ハっ……!」
シレーネの胸に、刃が突き立てられた。
「姉さんを、悪く言うな……!」
イワンは怒りに任せ、刀でシレーネの胸をめった刺しにする。
「お前なんか、お前なんかぁ!」
「んっ! がっ! はっ!」
「うわああああ!」
最後に姉を侮辱した口を刺し貫いてやろうと、イワンが刀を振りかぶると、後ろからその腕を掴まれた。
「もう止めろ、イワン!」
ジェラルドが駆け付け、怒り狂ったイワンを止めたのである。
「離してください、ジェラルド! こいつだけは、こいつだけはボクの手で殺す! ギアナの人達、姉さんの恨み、晴らすんだぁ!」
イワンは暴れるが、ジェラルドの力には敵わず、握られた腕を離させる事ができない。
「自分の顔を見てみろ、イワン! 刀に映っているその顔を!」
イワンは暴れるのを止め、血に染まった刃に映る、自分の顔を見た。
完全に瞳孔が開き、血走った目をしているせいで、薄紫色の瞳は赤紫になり、頬には沢山の返り血を浴びている。
「そんな顔してちゃあ、どっちが悪魔か分からねえだろ!? もう止せ、イワン! これ以上自分を追い詰めるな!」
「あ、あああ……」
刀がイワンの手からこぼれ落ち、カラカラ音を立てながら地に転がった。
イワンが刀を離したと同時に、ジェラルドは掴んでいた腕を離してやった。イワンは力なくその場に崩れる。
「イワン、帰ろう。もうそいつは間違っても生き返らない。終わったんだ……」
ジェラルドはイワンの背に手をのせ、優しく諭した。
「うう……、っく! ボクは、ボクはっ……!」
イワンは泣いていた。
ジェラルドは布を取り出し、イワンに差し出した。
「分かってる、悔しかったんだよな? 自分に力がないからって。でも、お前は十分に強い。オレなんかより、ずっとな」
イワンは布を受け取ろうとしないので、ジェラルドはイワンの顔に付いた血を拭ってやる。
そして地に転がった刀を拾い上げ、その布で刀身を拭うと、イワンに差し出した。
「ほら、スサから貰った大事な剣だろ? しまっとけ」
今度は受け取ってくれた。
イワンは刀を鞘に納めると、立ち上がった。
「ぐすっ。ごめんなさい、ジェラルド、落ち着きました。行きましょう。ボク達の戦いは、これで終わりではありませんから……」
イワンはもう一度鼻をすすると、祭壇のような物に奉られた、黒ずんだマーキュリースターを取りに行った。
イワンは、マーキュリースターを取ると、表面を良く見た。
暗黒の力で黒くなってしまっているが、マーキュリースターからはたゆたう水の力を感じた。
「暗黒錬金術、これだけは絶対に阻止しなくては……」
イワンはギアナ村のような悲劇が、この世界のどこにも起こらぬよう、祈り、そして決意するのだった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 21 作家名:綾田宗