夢ならよかった
何も知らず、ルークを傷つけ。何も知らないふりして、ルークを殺した。その自分たちに与えられたのが、彼がいない平和な世界だというのなら、それは十分に罰に値する奈落ではないか。その奈落を維持し続けるのが償いな気がすると、アニスは涙した。
しばらく時間がすぎ、先に動いたのはガイラルディアのほうであった。またあとでと、いつも通りの笑みを浮かべ、宮殿のほうへ立ち去る。そのころには涙も止まっていた。止まっていたが、彼に声をかけられず、ただ後姿を見つめた。
そんな彼女の横に、入れ替わるよう近づく男がいた。それが誰かなんて、見なくてもわかる。
「……大佐。」
「彼もあなたくらい泣ければいいのですがね。大人になると、泣きたいことは多くなるのに泣けなくなるのですよね。」
何気なくかけられた言葉だろうが、それがジェイドの優しさなのだとわかった。泣きたいのなら泣けばいいと言われているようで、アニスは笑うことしかできなくなった。
「そうですね。でも、彼は泣いちゃいけないんですよ。」
かつて彼が愛した少年は決して泣かなかった。だから、彼は涙を流せない。アニスは思う。
「……でも、その言葉を借りるなら、ルークは誰よりも大人だったんですね。アニスちゃんよりもお子ちゃまだと思っていたけど、ルークは泣かなかった。私が泣いたとき、優しく慰めてくれた。」
泣くことを恥ずかしいことだとは思わない。でも、自分の泣き顔は嫌いだった。それは、子供だった自分を受け入れたくなかっただけなんだと、今なら理解できた。今泣いているのは、そんな自分を受け入れたのと同時に、この現実を受け入れたくないという表れなのだろうか。
「ルークが泣かなかったのに、彼は泣けるはずもないんですよ。大佐……」
「…………」
誰も、何も言わなかった。なんのために涙を零すのか、誰にもわからないけれど、意味など必要ないと思った。たとえそれがあったとしても、何も変わらない。現実も、己の犯した罪も。過去もなにも変わらない。彼の想いも、きっと。
目の前の光景は美しく、色が無いものだと思った。噴き出す水のよう、全てが流せるのなら、どんなによかっただろう。
もう、泣けない。