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夢ならよかった

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 おこがましい。アニスは思った。先ほどまで隠していた気配を露にし、女性の前に歩み寄る。女性は驚愕の表情でアニスを見つめたが、アニスは蔑むような視線をむけるだけ。


「ガイにはもう、近寄らないで。アンタは、最も言ってはいけない言葉でガイを傷つけたんだから。」


 女性は何も言わなかった。自分よりも年下の少女。だがアニスの存在を知っていたのだろう。彼女もまた、この世界では英雄と呼ばれるのだから。

 言葉だけならば、突如恋する者を奪い取っていく嫌な女にしか見えないだろう。しかしアニスにはガイラルディアに対し、恋愛感情は抱いていない。かといって、友達という関係でもない。友達以上恋人未満だとか、それに近い関係。一番しっくりくる言葉は、戦友。

 アニスは踵を返し、ガイラルディアを追った。その後ろを、足早にジェイドがついていく。彼もまた、女性に一瞥し、視線で語った。ご愁傷様です、と。二人と違い、柔らかな笑みを見せて。それが余計に、女性に惨めだと思わせた。

 そう遠くない場所、噴水前のベンチに腰をかけ彼は佇んでいた。顔を見上げ、空を見つめ。その視線は、何を写しているのか読めなかった。


「自分ばかりを責めるのはよくないよ、ガイ。」


 突然の声に、ガイラルディアは驚いたよう顔を振り向けた。久しぶりとアニスは笑い、ガイラルディアの側に寄る。座っていいと訪ねれば、笑いながら横にスペースを空けてもらえた。あえて離れた位置に座れば、彼は穏やかな笑みをようやく見せた。


「女性恐怖症は相変わらずなわけ?」

「それでも、大分改善されただろ。今だって、震えてはいない。」


 二人の間には人が一人座れる分の空間がある。たしかにねと、アニスも釣られるように笑った。


「……ルークのことは、ガイだけのせいじゃないよ。」

「はは、見てたのか。さっきの。」


 自嘲するような声がアニスの耳に届いた。あえて彼を見ず、アニスは顔を前にむけたままだった。噴水から流れる水が、綺麗だなと思った。


「あいつは、生きたがってたんだよな……」

「……うん、そうだね。」


 なんとも言えない間。傍から見れば気まずい二人に思えたかもしれない。だが二人はその空気をどうにかしようとは思わなかった。

 木漏れ日がまぶしいと言うかのよう、ガイは目を細めた。


「俺は、ルークが好きだった。多分愛していたんじゃないかと、最近ようやく理解してきたんだ。あいつに対する想いってやつ。」


 気持ち悪いかと、ガイは尋ねた。それが同性が同性に愛することだとするのなら、アニスは否定できる。そしてガイが尋ねるのはそういうことであろう。静かに、首を横に振る。否定され、安心したようにガイは微笑み、続きを言葉にした。


「俺は、世界とルークの命を天秤にかけ、世界を選んだ。人々はそんな俺を英雄とか救世主とかいうけれど、その言葉に虚しさを覚える。」

「うん、そうだね。」

「……多分、俺たちは多数の正解を選んだ。世界を存続させるというな。でも、そこにルークの犠牲が付き物だったのなら、俺としては間違いだった。」

「うん……そうだ、ね……」


 アニスの声が震える。彼女はただ、同じ肯定の言葉を紡ぎ続ける。自分たちの命が大切で、自分可愛さで、正義という刃でルークを殺した自分たちを、英雄だなんて思えなかった。自分が死にたかったわけではない。でもそれは、ルークも同じだ。

 けれど、ルークは震えながらもその首を差し出した。生きたいと、切に願いながら、自分たちを生かすために生贄となった。

 それを願った人たちを、誰一人と恨まず、笑っていた。泣きそうな顔で、それでも笑っていた。

 彼との最後は今でも思いだせる。失われた栄光の大地。崩れゆく大地の中心から、天へと昇り行く光はとても美しく、目を閉じれば思い出すことだってできる。まるで彼のために建てられた十字架のような、その光景を。


「だから、彼女の言葉が許せなかった。例えの話だったとしても…な。」

「…うん……そ…だね……」


 アニスにはわかった。彼はそうだった。最初から、世界よりもルークを選びたかった。選べなかった。ルークに選択という名の死への一択を押し付けたよう、彼もまた、ルークを犠牲にするという選択しか与えられていなかった。自分が愛した者が世界に嬲り殺され、また自分もその世界の一員として彼に手をかけた。殺したくないのに愛する者を殺してしまったのだと、アニスは理解できた。

 ガイもまた、間違いなく犠牲にされた人だった。愛するも者を奪い、失った世界は、彼にはどのように見えるのだろうか。先ほどまで見つめた空は、青く澄み渡って見えていたのだろうか。


「今の世の中は、平和だな。アニス。」

「……うん…」

「……これが、夢なら良かったのにな。」


 本当は願っていた。ここに彼もいて笑っている現実を。それはもはや夢にしか成りえない。赤い髪の青年がこの地に戻ってきたことが、彼の生を望んでいた自分たちを夢から覚めさせた。


「……変な話をしてすまなかったな。アニス。」

「…………」


 もう言葉は返せない。代わりに涙が零れた。心の中だけで呟く。でも、夢じゃなくてよかったと。そうでもなければ、自分は罪を償えないとわかっているから。





作品名:夢ならよかった 作家名:三咲 鈴