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小鳥遊 天音
小鳥遊 天音
novelistID. 55176
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-Everlasting bride-

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何時もより綺麗な白を見た気がした。
季節は6月を迎えようとしている。桜の季節はとうに過ぎて梅雨入りを迎え、少し温かい外気が肌をかすめるようになってきているというのに、君は何時まで経っても季節を感じさせない無表情を保っている。そんな無表情の顔をオレは何時も、何時迄も見ていたくて君の元を毎日欠かさず尋ねる。 重い扉を開けたそこに君は何時も迎えて居てくれる。

『東堂』

この名前を呼ぶのも一体何回目だろうか。
突合して君はオレは何回名前を呼び掛けてくれただろうか。



-Please be an eternal bride.-


「東堂チャン、調子どォ?」

後ろ手で扉を閉め、部屋の中央に置かれたベッドにオレは近寄った。呼び掛けた相手は微動もせず静かに呼吸を繰り返す。

「今日は久々の晴れだヨ。窓を開けよーか」

梅雨入りしてからと此の数日間はずっと雨ばかりだった。
久々に太陽が顔を覗かせ気分が向上したオレはカーテンの開けられた窓に向かいそっと外と繋げる。まだ夏には遠くそれでも温かい空気がふわっと部屋に入ってくる。中途半端に開かれたカーテンが東堂の顔に陰を作り日が当たるようにとさらに開くと直日が東堂の顔を明るくする。少しでも明るさに顔を歪めてくれたらと切望した。

「…こんなに天気良いと御前、山登りたくなっちゃうんじゃナァイ?」

答えてくれないと分かっている。発した言葉がもう叶わないことも分かってる。所詮、独白でも構わない。その少しでも、眠る東堂の耳に入ってくれればと思った。そう言い聞かせてもう長い月日が経ってる。でも、それでも一日でも希望をなくした事なんてなくて、もしかしたらの僅かな切願が叶う日が来るかもしれないとオレは独り言のように話しかけてきた。


落車だった。
東堂がこうして起きなくなった原因はクライムレースで起こった事故だ。ロードに乗ってる人間にとって落車事故が起こるか危機感は持ってはいるものの一度起こってしまった不慮の事故は防ぎようがない。
落車に巻き込まれた東堂は一度は起き上ったそうだ。額を擦った東堂は止血をしようとヘルメットを外したその時後続の選手にぶつかり頭部を強く打ちつけた。 すぐに救急で運ばれはしたもののオレが来院した時はもうすでに今の状態になっていた。


「そうだ、今日はプレゼントを持ってきてやったヨ」

オレは自分の鞄から小さな小包を出した。
東堂に贈り物をするのは初めてではないが久々に贈る為心が躍る。

「本当は東堂自身に開けてほしかったのんだけどォ…」

綺麗に包装された小包を早く見せたくて少し粗めに開けると一呼吸置く。小さな箱から顔を見せたのは1つはめ込まれたシルバーリング。対にはめ込まれていたはずのリングはもうすでに自分の薬指に嵌めてある。
このリングを店に買いに行った時に「彼女さんにプレゼントですか?」と聞かれ、一瞬答えに詰まったが意を決し「相手は男性」とオレは答えた。店員はうろたえ、引くだろうと身構え店を出ようとしたがオレの予測を覆し 、「素敵ですね。いいもの選びましょう」と返し親身になりリング選びをしてくれた。
世の中は捨てたものではない。こうしてオレ達の仲を笑顔で見守ってくれる人間もいる。 例えそれが表向きな挨拶だとしても今のオレにとってはその場限りの科白でさえただ一つの救いと勇気と背中を押してくれるには十分すぎた。


「東堂…結婚しよっかァ…」

もっと綺麗な場所で。素敵な格好で。
世間体なんて関係ない程、いつも以上にカッコつける君を目の前に一緒に笑いたかった。


ずっと…もう結構な回数をこの病室を訪ねるがあれから東堂に触れることが出来なかった。少しずつ、少しずつ口腔から栄養が摂取されず痩せていくその体に触れるのが怖くて暫く東堂の手すら触れていない。久々に触れた東堂の手は痩せてはいるが依然と変わらず温かかった。

「やっぱ…でけェな。ぶっかぶかァ…」

左手の薬指にはめたリングは以前聞いたリングサイズをはるかに下回っている。 下を向ければ外れてしまいそうな隙間のあいたリングはそれでも幸せそうにそこに存在している。オレは暫く東堂の手を見つめた後、視線を上げて顔を見つめた。レースで焼けていた肌は本来の白さを取り戻し、唇は酸素の管につながれかさつき、鼻腔からは経管カテーテルが差しこまれている。
明日、東堂に取り付けられた多くのこの管を外すらしい。その意味が何を指すのかは考えずとも理解出来てオレは肯定も否定もできなかった。
事故のあった日、医師はずっとこのままの状態の確率の方が高いとオレに宣告してきた。それでも、もしかしたら目を覚ますかも知れない。かすかな希望を持ってずっとずっと、途切れることのないように忙しくても疲れていてもいつかまた、あの甲高く煩いが心温まる声でオレに話かけてくれる日が訪れるだろうと必死に祈願して東堂のもとへ来ていたのに…。

「寝る時間が長すぎんだヨ…東堂。んでも、オレの気持ちは変わんねェかんな」

オレは頬がこけても美しいままでいる東堂の髪を梳いた。

「東堂ォ…オレはずっとここにいんぞ。目開けろってェ…」

最後の願いだ。

叩いた。

抓った。

引っ掻いた。

撫でた。
撫でた。
只管…撫でた。

希望を捨てたくない。残された時間は少ないと言うのに御前はオレに婚姻の返事ですら返してくれてない。
東堂の頬を両手で包み、額と額をくっつける。僅かな体温を共有しオレが目を開けても東堂が目を開けてくれることはない。

「東堂ォ…オレは明日来ねェから。てめェの事愛しているからなァ」

東堂の心音が止まる瞬間に居合わせたくはなかった。

「東堂…東堂東堂東堂…ッ…とう、どう…ッ!!!」

眠る東堂の胸元で動かされている心音に呼び掛けるように大きく叫んだ。

「てめェは明日止まんだぞ!?オレのこと愛してるって言ったじゃねェか!なら起きろヨ!オイ!もう愛してくんねェのか!?ッ…起きてくれヨ…」

色んな思いを込めてオレは東堂の乾いた唇に久々のキスをした。

それから日が暮れるまでの間、明日から淋しくない様にと昔話やオレの御前に対する愛情や好きなとこ、嫌いなとこ、うざいとこ、全部飽きるほど言い返せないほど語りかけた。 いつものやりとりである「うっざッ」も昔の様に少々苛立ちげに言い放った。それでも東堂の「うざくはないな!?」は最期まで聞けることはなかった。


数日後。滞りなく東堂の最期は迎えられたと連絡を受けた。
オレはあの日、やはり行けないまま以前同棲していた部屋のリビングの椅子に座りぼーっと外を見ていた。目の前の机上にはオレと東堂の携帯が二つ並べてある。同棲を始めた頃に東堂の我儘で買ったお揃いの携帯でペアのストラップがついている。もうどちらも外界との連絡を絶つように電池切れのままだった。



ピンポーン。

突如、部屋のインターホンが鳴ったが来訪者を迎える気分にもなれずそのまま居留守をしようとオレは椅子から微動もしない。

「靖友!」

外から聞こえてきたのは高校時代の仲間の新開の声だった。扉を乱雑にガチャガチャと回し開けようとする。
作品名:-Everlasting bride- 作家名:小鳥遊 天音