雨降り、師走、大掃除
蛇紋にしては珍しく含みのない真っ直ぐの賞賛に、灰が返す言葉を捜せず黙る。
「そうですね。助かりました! さっすが女の子」
「……ぬ」
追撃。
「うむ。無駄がなく、匠の技のようだった」
「……あ」
更に追撃。
「ありがと! かい!」
「……う」
皆から褒められ、灰が言葉を詰まらせ顔を赤くした。見えぬよう仏頂面で背を向け、すたすたと歩き出す。
「……つ、疲れた! 帰る!」
「かい!」
黒耀がその後を追い、その服の裾をぎゅっと握る。
「なんだ、まだ何か片付けでもあるのか?」
「じゃも」
言われ、蛇紋が黒耀を見る。に、と笑ったその顔に、おう、と楽しげに目で応えを返し、蔵の中からがさごそと何かを持ってくる。
「落とすなよ、チビ」
ほれ、と投げたそれを受け取り、黒耀が両手で空に掲げる。途端
「雨……」
ぽつぽつと水滴が弾け、綺麗に片付いた庭に降り注いだ。
「さっき皆で話して決めたんですよ。お礼にって」
いつの間にか傘をさし、琥珀がニコニコと天を見上げた。
「くろ殿が、灰は雨が好きだからと。……レイアウトも準備が出来てる」
石榴が指す庭を指す。見れば、まだ出ているアイテムは露草と露枝垂れだ。しとしとと雨粒が落ち、揺れる。
「じゃー俺達は下がるぜ」
一応これやるよと言って、蛇紋がすれ違いざまに自分が持っていた傘を灰に渡し、すたすたと歩いていく。
「チビ、メシ食うの忘れんなよ」
「うん! 食べるー」
蔵へと戻っていく蛇紋たちを見送る黒耀に、灰が問う。
「11月の雨は冷たいぞ。いいのか」
「へいきー!」
「……そうか」
ぽたぽたとしずくが落ちる。先程戻る前に着せられたレインコートをはためかせ、雨にはしゃぐ黒耀に、灰が少しだけ表情を和らげた。
「ここの島の連中は……」
本当に、お人よしだな。言って、雨を迎えるように傘を畳んだ。
雨の優しい音が窓を叩いている。
久しぶりに奥へと引っ込んだ蛇紋が、貯めていたリヴリータイムズやチラシを暇つぶしに読む横で、琥珀が熱いお茶をすすり、ほうと息を吐いた。
「いやあ、広くなりましたねえ」
「まあ雑魚寝状態なのには変わりねえけどな」
額にばさりと雑誌を落とし、ごろりと転がって仰向けに蛇紋が笑う。
「だが、前のようにぶつかる事もない。整然としていて気持ちも良いしな」
刀を手入れしながら、石榴が静かにそう呟く。ふと奥へ顔を向け、声をかけた。
「ところで、花岡はせっかくの雨に篭っていて良いのか?」
「ええ〜?」
眠そうな声が奥から響く。
「私は今一寸手が離せないから〜。ああ、でももう少し墨磨り用の水が欲しいんだよなあ。一寸出てみようかなあー」
「気分転換したほうが良いですよ、ずっと原稿書いてるでしょ」
琥珀がそう言って、淹れたての茶をはいと渡す。
「いやでも締め切りがねー」
「脳内締め切りなんだから変えちゃえばいいのに」
「いやあそう云う訳にも。流石に」
お茶は有難く頂きます、と深々頭を下げ、花岡がそそくさとまた奥へと引っ込んだ。人型なのに、どことなく元の姿を髣髴させる。
戻る時に、琥珀は戸棚の角で半冬眠している霰の、小さな専用毛布を直してやる。ぼふんとちいさく煙が舞った。
「原稿用紙だけ見てちゃ世の中に置いてかれるぞー。エセ書生」
「似非じゃ無いってばー」
返される不平の声に、
「難しい本ばっか見てねえで俗を知れ、俗を」
言いながら、蛇紋が号外の新聞を手に取る。最新号だ。
「COR開始だってよ」
「あー、もう始まるんですね。早いなあ」
「前に仮想空間で試したやつはもうないんだろ?」
ええ、と返し、琥珀が天井を見る。
「あれはお試し用ですからね」
「ふーん」
消えてしまった時、どことなく寂しそうだったくろの姿を思い出す。最初からちゃんと説明はしてあったのだが、やはりバーチャルでも、先程まで遊んでいた者が急に跡形もなく消えてしまったのはショックだったのだ。
大丈夫か、と聞いた時、黒耀が呟いた言葉が印象的だった。だいじょうぶ、と言った。
「だいじょうぶ、わすれないから」
あの時は随分大人びた表情をしていたと思う。成長かぁ、とぼんやりと呟き、蛇紋が文字を追い、目を開く。
「って、もう始まってんじゃん!?」
「そういえば一昨日からだったな」
「当日は大盛況でサーバ落ちしたり大変だったみたいですけど、もう通常運転してるみたいですよ」
後ろから新聞を覗き込む二人に、蛇紋が一瞬動きを止め、ぎいと振り向く。
「……待て、今度は仮想じゃないんだよな?」
「そうですね。あ、じゃあ外変わってるのかー。見にいこっと」
言って、琥珀がひょいと戸口へ歩いてゆく。
「やばい」
戸に手をかけたところで、え? と、蛇紋の呟きに振り向く。
「何がやばいんだ?」
首をかしげる石榴に、蛇紋が新聞に顔を埋めて呻いた。
「一週間は雨だっつーからあいつにブック全部渡しちまってるんだが……ddも」
「え」
過去のクロムシ食べすぎ巨大化事件やら何やらを思い出し、琥珀と石榴が動きを止める。
「いや、だっていちいち蔵に戻ってくんのめんどくせーし、まさかこんな早く……」
暑くもないのにぽたりと落ちる汗。そして、石榴がばっと窓を見た。
「……今、表で大きな物音がした」
「あら。くろさんの声もしてますねえ。はいはーい、こっちから開けますよー」
戸が開く。雨の止んだ快晴の光が蔵にゆっくりと差し込み、
「……うわああああ嫌な予感しかしねえ。おいっ! ちびくろ! まさかてめえ余計なもん……」
広々とした「部屋」の中に、
「……箱?」
巨大な箱が二つ建っていた。
「ああ、これ、見覚えある。うん、すっげー見覚えある。けど……」
ぱかりと箱が割れ、それぞれに島が出現した。一匹ずつ、くうくうと眠る小さなリヴリーが島で丸くなっている。
「ごきげん! おひさし!」
てってと近づいていた黒耀がうれしげに再開を喜んではねた。
えーっと、そういうことで、と天から声がする。
お子様が二人増えました。くろと一緒にお世話をお願いします。やさしくしてあげてね!
「てめえこの管理者あああ!」
思い出はまだまだ。たからものは、増える。
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プロフィール
・名前:黒耀
・年齢:見た目十ニ歳くらい。
・性別:女性
・外見:瞳孔の見えない白の目。黒髪。ふかふかけもけもな手足。
・性格:明るく元気なお子様。
・備考:
gum島三代目にして初のおんなのこ設定リヴ。
好きなものは甘いもの。すっぱいもの。
柔らかかったりあたたかいもの。買い物も好き。
嫌いなものは苦いもの。辛いもの。暗かったり雷も苦手。
ムシクイーズたちに見守られつつ日々成長中。
まだまだお子様。
作品名:雨降り、師走、大掃除 作家名:麻野あすか