雨降り、師走、大掃除
そうだ、確かに言った。数年前、まだGLLのスタンプでアイテム枠増設もなく、墓二つ、カタツムリ、黒巻貝と蛇紋(後の花岡と灰である)がいたところを、珍しく申し訳なさそうに黒耀が近寄ってきたのだ。後ろ手にしずく雨を抱えて。
「まあ、俺は雨は嫌いだしなー。……で、なんだよ、それが何?」
唐突の会話の始まりに訳が分からず、とりあえず黒耀を地面へ下ろし、蛇紋が問う。
「うたうたってたら、カイとオカがきたよ」
言って、すっと黒耀がしずく雨を置く。にわか雨が止み、空に虹が掛かった。
丸まったラグマットに駆け寄る。
「じゅーたん」
ぽんぽんと叩き、ニコニコ笑って続けた。
「チョコだとちょーどだったけど、いつものガムとーだと、ぜんぜんみえなくて、あんまつかわなかった。」
「……松の木は地面の面積が広いからな。確かに、角くらいしか見えないだろう」
応えを返す石榴を見返し、そうそう、と黒耀が頷き、今度はマットの影からひょいと、今度はラジオを持ち上げる。
「てんとーらじお」
天道虫のデザインのかわいらしい赤いラジオは、そう、ラグマットと一緒に買ってきていた、と蛇紋はうっすら残っている記憶をたどる。主が全財産のddを持たせて好き勝手に買い物に行かせたせいで、割りと閑散としていたはずの蔵が、日に日ににぎやかになったのだ。……こいつのせいで。
「ざくは、らじおはニガテなんだよね」
見上げて首をかしげる黒耀に、ああ、といつもより若干腰の引けている様子で石榴が応える。いつの間にかラグマットを盾にする形で黒耀と向き合っており、その様子に堪えもせずに琥珀が噴出した。
「えーっと、えっと」
先程の追いかけっこで散ったアイテムの中を駆け回り、黒耀が緑のつるを引っ張り出す。
「ガジュマル、はしあわせのはっぱで、きじむながいるんだよね? はく」
「……ええ、そうですね。そういえばそんなこと前に話しましたっけ」
目を細めて微笑む琥珀に笑い返し、黒耀が次々に鉢を指してゆく。
「クローバーは、はっぱがよんまいだとしあわせ。コスモスのはなことばは、なごころ!」
「な、じゃなくてま、な。まーごーこーろ」
蛇紋が律儀に言い直す。なーごーこーろ! と笑って、今度は先程まとめ終えた背景のアイテムのほうへと向かう。
「もものはな!」
レイアウトを変えたらしく、ふわりと暖かい風と共に花びらが舞う。
「白くてふわふわ。マルルのきといっしょで、じゃもっぽかった!」
「!?」
ぎょっと目をむいた蛇紋に、黒耀がにーと笑い、桃の花を閉じた。花が止む。
「月並みですけど、思い出プライスレスって感じでしょうかねー」
くすりと琥珀が笑い、落ちた花びらを拾った。
「思い出す過去を持ったというのは、くろ殿も成長したということだ」
うんうんと石榴が頷く。
「けっ、たいしてかわんねーよ」
「そんなこと言ってー」
毒づく蛇紋に、琥珀がにやにやと含み笑いをして指を指す。なんだかんだ言いつつも、蛇紋は誰よりも近くで、黒耀の成長を感じているはずだ。なんと言っても彼は、保護者第一号なのだから。
「くろ殿にとって、これらは一つ一つ思い出深いものなんだな」
石榴が、膝を付き黒耀と視線を合わせて、彼にしては珍しい柔らかい表情で問う。
「うん! みんなたいせつ!」
黒耀が元気一杯に頷いた。微笑み返し、石榴がぽつりと呟く。
「捨てなくても、いいんじゃないか?」
「俺達が覚えていられることは多くないが、物があれば、思い返す事も出来る」
その言葉に、琥珀も同意をこめて笑い返し、蛇紋を見た。
「ま、いざとなったら詰め込めば入りますしね。もともと蔵の中にあったわけだし」
「大掃除した意味は全くねえけどな、それ……」
蛇紋が呻く。三対一で分は悪い。が、
「にしたって、この量、やっぱ少しはどうにかしねーと狭えよ。いっそ蔵増設するか?」
「うーん、なんか新しく機能が増えるとかっていう話は出てますけどねえ」
どうしたものかと思案していると、ざり、と砂を踏む音がした。黒耀が気づき、その名を嬉しそうに呼ぶ。
「かい!」
現れたのは、淡い茶髪の色素の薄い少女だった。腰に手を当て半眼で吐き捨てるように呟く。
「なんだ、この大惨事。久しぶりに雨が降ったと思ったら、何をやっているんだ」
「片付け」
短くそう応えを返した蛇紋につかつかと近づき、半眼を更に細め眉根を寄せた。
「嘘を言え。前より散らかってるじゃないか」
「量が多すぎんだよ。今片付けてんだ」
ちょっとは蔵にしまったんだぞと戸を開く。途端、僅かな間の後、灰が呻く。
「……なんだ、これ」
「蔵です」
琥珀が応え、
「な、ん、だ! これ!」
「……アイテムだ」
石榴が返し、
「馬鹿か、だから男所帯は嫌なんだ! どうしてこうなった!」
蛇紋が怒鳴られる。
「なんで俺にだけ向かって言うんだよ!」
「お前が一番近いからだ!」
「不条理だろそれ!」
蛇紋の言葉は無視し、灰ががさがさと蔵の中へ入る。キッと振り向いて外の人々をにらみつけ、叫んだ。
「なんで縦置きできる装飾をわざわざ一番天井の高い棚の中に横置きするんだ! 上のデッドスペース考えろ!」
言いながら、くるくると器用に棒状のアイテム類をくくり、蔵のつぼに刺す。
「同じ種類を重ねるのはいいが取る時全部出さないといけないくらいぎゅうぎゅうにするな! 阿呆か!」
「床に物を置くな! 基本だろうが!!」
「箪笥にしまうならリストを作るなりなんなりしろ! というか詰め込むな! それは片付けとは言わないぞ!」
「ああああもう!! だから男所帯とガキは!」
悪態を付きながらも、見る見るうちに蔵の中が整えられてゆく。
「そこの白いの!」
「えっ? あ? ま、また俺かよ!」
急に呼ばれ、ぽかんと蔵の中を眺めていた蛇紋がうろたえつつ応えを返す。
「高さが同じ小物を持って来い。赤いのはこっち来て壁紙を一番上の棚に置いていけ。僕じゃ届かない」
「……承知した」
頷き、石榴が黙々と作業に移る。結構な重量を持つそれを軽々と放り、並べてゆく。
「黄色は植物類を蔵の外へ壁沿いに並べろ。どうせ水やりするんだ。水道がある外の方が楽でいい」
「ああ、そうですね。そっか、外でも良いのかー」
すたすたと琥珀が蔵から出てゆき、
「めーんどくっせー」
入れ違いに蛇紋ががさがさとアイテムを持って蔵へと戻ってきた。パンプキンの口からびょいんとお菓子が飛び出し、思わず近くにいた黒耀がはしっと両手で掴む。
「おら、邪魔すんな。壊れるだろうーが」
「おーーっ」
「おーじゃねーよ、おーじゃ。もーお前が持ってけそれ。あと手伝え」
「うん!」
そうして、数時間。昼を少し過ぎたところで、山は消え、僅かに数個を残すのみとなった。
「おおお……すげえ、なんか片付いた」
感嘆の声を上げる蛇紋を睨み、灰が呻く。
「片付いたんじゃない、片付けたんだ!」
「いや、でもすげえなお前。ちょっと尊敬した」
「む……」
作品名:雨降り、師走、大掃除 作家名:麻野あすか