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【弱ペダ】クライマー、クライマー

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 僕が小野田坂道、と言う先輩を知ったのは総北高等学校に入学してからだ。
 校門を入った真正面に見える校舎の壁に、「自転車競技部」、「優勝」、そして「小野田坂道」の名前を書いた垂れ幕を見たのがきっかけだ。自転車競技部が何をする部活なのかも知らず、ただ名前を出されるほどの人がどんな人なのか、それが知りたくて見学に行った。
「小野田先輩って?」
 入学初日からそうナマイキな口調で聞いた僕に、手嶋部長が壁際の人物を指差した。そこに、居心地が悪そうにソワソワとして明らかに挙動不審な、背の小さな先輩が居た。メガネを掛けたその人こそが、小野田坂道だった。
 正直に言おう。
 落胆した。
 がっかりだ。
 て言うか、あの人が本当にロードレーサーなんて自転車に乗って、インターハイなんてレースで優勝し、全国の高校生の頂点に立った人とは到底思えない。
 良くてマネージャー、最悪で入部したものの、力も無くてただ雑用をこなすしか出来ない、使いっ走りにしかみえない。
 そんな人が、インターハイで個人優勝? 何の冗談だ、と半ば本気で思った。
 だが、部長は彼のことを「昨年のインターハイ総合優勝者」だと紹介し、今年も連覇を目指すと妙に自信に溢れた口調で言い切っていた。新入生の僕をからかおうって言う、先輩のタチの悪い嫌がらせか何かなのか?
 僕は告白、いや告解か。いや、懺悔。そう、懺悔せねばならない。
 小野田坂道を見て、僕は総北高等学校の自転車競技部をバカにした。いや、むしろ自転車競技全てを見下した。これなら僕の方がもっと強い。こんな人が乗れる自転車なんて、大したことないんじゃないか。彼が一番強いなら、他の部員も強いわけがない。そこまで思った。
「他をゆっくり見てから決めてくれてもいい。ただ、今年も俺たちはインターハイ優勝を目指してるし、ウェルカムレースの結果次第では、実力があれば一年の初心者だろうがレギュラーも考えてる」
 部長の手嶋がそう言って、『ウェルカムレース』とやらの日を教えてくれた。僕は考えておきます、なんて偉そうに言って、数日かけて他の部も見て回った。そして、そのレースの日当日に自転車競技部に入った。
 事実を認めるのは難しい。だが、正直になろう。
 僕はアサハカだった。
 実に、実に、浅はかで、軽率で、思い上がった愚かな人間だった。
 それが判ったのは、ウェルカムレースが始まってからだ。

 僕と言う人間は、そこそこ恵まれた人間だったと思う。
 高校入学時点で背は平均。だが、学力と身体能力は高かった。中学では特に運動系の部活動をしてなくても、体育でも運動部の奴らと遜色ない、時には彼らをあっさり負かしてしまうこともあったくらいだ。それ故、うちの部活に入れ、いや入ってくれと三年間いろんな運動部から頼まれていた。
 今思うに、僕が他の部を選択せずに、自転車競技部に入ったのは最初に感じた『大したことない』と言う印象だけではない。他の運動部は皆強すぎたのだ。見ただけで練習はきつそうで、上下関係が厳しく、そして僕以上の実力を持っていたからだ。見学して僕はそれを感じ取ったからだ。
 僕の実力はこんなところじゃ発揮できない。腹の中で呟いた言い訳は、ただの負け惜しみでしかない。本当に自分に実力と言うものがあるなら、どんな運動部だって選べたはずだ。ここじゃない、なんて選び方はしなかった。消去法で残った部活に入部するなんてこともなかったはずだ。
 その上、自転車をただの移動手段としてしか見ていない僕には、恥ずかしながら自転車競技とは、なんて知識は皆無だった。それと第一印象だけで思い込んでしまったのだ。
 せめて自転車競技とはなにか、調べるくらいしとけよ! 高校生だからと親にねだって変えたスマホは、一体何のためにあるんだ。僕は頭の中でナメくさっていた当時の僕を、ボッコボコのタコ殴りにして、襟元を掴んでゆさゆさと揺さぶる。
 あの時点でちょっとでも調べておけば、今こんなことになっていなかったかも知れなかったのに!
 無知とは恐ろしいものである。いや、無知とは罪だ。
 そう、罪深くも無知であった僕は、己の本当の姿を見誤った。その結果、自分なら自転車競技部に入ってもあっさり好成績を収めることが出来るだろうと思っていた。むしろ、こんな僕が入ってやってもいい、そして、自分の実力に同級生はおろか、先輩たちも驚くとともに、自分が入部してくれてこんなに心強いことはない、くらいの歓迎を受けると思っていた。マネージャーだと言う、目が大きくて胸も大きい、可愛い先輩も「プライベートで君の専属マネージャーになりたい……」なんて真っ赤になって恥らいながら告白してくれる妄想までした。
 今思えば、とんでもなくアホな告白文句だ。この程度でうっかり鼻血を出すほど興奮した過去の僕の延髄を、止血代わりに思いっきり蹴り飛ばしてやりたい。アホか、アホか、アホか!
 ああ、そうだ。
 なんと愚かな、下らない考えだっただろう。
「キリキリ走んねーと、回収されんぞ!」
 バンの運転席から男性が柄悪く怒鳴って、ぶぉん、とエンジン音を響かせながら追い越していった。後部座席で小野田坂道が心配そうな顔をしていたのだけがはっきりと見えた。そっと後ろを振り返ると、三年生だと言う背の大きな先輩が、静かに迫って来ている。
 そう、僕は最後尾だった。

 この僕が最後尾!

 自転車の補助輪は、幼稚園に上がる頃には取れていた。誰よりも早く自転車を乗り回し、近所の子供たちの尊敬を一身に受けていた。今は学校までギア付きのMTBで自転車通学をしているし、飛ばせるところは原チャリだって追い抜かせる。そんな僕が、最後尾!
 ここまでくれば、もう恥ずかしい事など何もない。だからもっと言おう。
 僕はロードレーサーで三本ローラーにすら乗れなかった。ペダルが一回転する間もなく、ローラー台から自転車ごと転倒した。今泉と言う二年生が僕を助け起こしながら「最初から三本ローラーに乗れるヤツなんて居ない」と言ったが、そのお前も小野田坂道に負けたんだろ、と思うと悔しくて小さな声ではい、と呟くことしか出来なかった。ド派手な赤い髪をした背の低い先輩、鳴子がかっかっか、と耳障りな笑い声をあげて、「無理せんとこっち乗っとき」と、使った記憶すらない補助輪のような固定ローラーの金具をつけさせられた。
 初心者の新入生たちと一緒に、固定ローラーでアップをさせられた。その内の一人が、入学初日に入部したが、未だに三本ローラーに乗れない、と慰めるように声を掛けてきた。お前のような運動音痴とは、僕はワケが違うんだよ! そう怒鳴りそうになったが、辛うじて押しとどめた。
 はっきり言って、屈辱だ。冗談ではない。この僕が。
 そうだ。この時点でも、僕が何の根拠もない自信を持っていたことに気がついていなかった。後になって思うと、もう恥ずかしさに穴でも掘って自ら埋まってしまいたいくらいだ。いや、大声でワケの判らないことを叫びながら、ダムの周りを何度でも周回したい。ああ、もう恥ずかしい! この時の僕のバカバカバカ!
 レース前に小野田坂道が「頑張ってね」と新入部員一人一人に声を掛けてくれた時ですら、今に見ていろ、と言う気持ちで居た。